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僕と一夜漬けの代償



 今日は月曜日。ブルーマンデーなんて言われているけど、ノンノン。そんな事は関係ない。だって僕、杉村道隆にとっては朝日が目に染みたり睡眠時間が全く無いだけの、輝かしい朝だからねっ!グッジョブ!



「はははははっ、道隆っ!君ならやれる、君なら出来るっ!だって私達はこの試験勉強という名の鉄のカーテンを共に乗り越えれたのだからっ!さあ行くぞっ、794年鳴くよウグイス平安京!」


「そうだよな、ニア!このいつもよりちょっぴり楽しい気持ちは僕の副交感神経のせいだけじゃないもんな!ひゃっほう!等速直線運動!」



 あはははは、うふふふふふ、と僕とニアは手を繋いで回っている……っ!朝食?なにそれおいしいの?



「さあ、学校でガツンとかましてくるんだ!人生万事ぃ!?」


「塞翁が馬!!じゃあニア、僕は学校に行くっ!後は頼んだぁ!」


「正解だ!行ってらっしゃいにゃーん!」



 今なら空も飛べる気がする。さあ、テストなんて一切合切徹頭徹尾完膚なきまでに攻略してやるよ!



 僕は無意味に走って学校へ向かった。




□□□□□□□□□□□□□□□





 眠い。疲れた。蒸し暑い。太陽が憎い。

 上がった後は下がるしかない。朝のナチュラルハイから一転、僕のテンションは20m程地面にめり込んでいる。テストはどうにか乗り切った。だから一刻も早く家に帰って眠りたい。

 僕は今、テストが終わりいつもの帰路を歩いている。僕の通う県立旗江高等学校のテスト期間はいつもより早く帰れるので、まだ日は高く爛々と照りつけて体力を奪う。汗が気持ち悪い。



 家に帰り着く。鍵を開け居間に入ると、ニアはなんとも気持ちよさそうに僕の布団の端で寝ていた。ぷすーっ、と寝息が聞こえる。空腹や汗、制服のままなんて事を無視して布団に転がる。目の前にニアが居る。

 僕はそれ以上何も考えられず、泥のように眠った。









 目が覚める。



 外は暗く月明かりの支配する部屋。妙に寝起きが良く、頭の中には雑音一つ無い。とりあえず起き上がる。



「お目覚めか?おはよう、というよりこんばんは、というべきか。」


「ん。どっちでも良いだろ。とりあえずおはよう、ニア。」


「ああ、おはよう、道隆。」



 何処からか聞こえて来る女性の声。澄んだ声。あまり意識した事はないが、こいつメスなんだよな、と思った。



「なあ、道隆。私は何だと思う?」


「やけに唐突だな。そりゃ、『特別』な猫なんじゃないのか?」



 本当に唐突だな、と思いながら返す。



「猫……。うん、猫か。」



 少しの沈黙。途切れながら声は続く。



「……だけど、私は本当に猫と言えるのかな?普通の猫のように……野良猫のようには生きれない。多分、道隆に拾われてい無かったら……そう考えるとぞっとする。」



 そして何よりも、と声は続く。



「猫はこんな事で悩まない。」



 再び静寂が場を満たす。何て頭の良い馬鹿な猫だ、と思って僕は言う。



「ニア、猫と人の境界線はどこにあると思う?」


「境界線?姿形か…心の有無、もしくは生物学上とか……。」


「僕は境界線なんて、文字通り『線』でしかないと思ってる。」



 こんな事を言い出すのは、きっと夜のせいだ。



「どこかのお偉いさんが引いた猫と人を分ける線。大体の人はその線を参考にして、自分達と動物に線を引く。僕だってそうだ。でも、線は線でしかない。必要なら消して、曲げて、上を通り抜けてもいい。僕の中でのニアの位置は、ちょうど線の上を跨いだ所だ。」


「微妙な位置だな。」


「ああ、微妙だ。猫だけど喋るし、僕より勉強出来るし。正直、猫より人の方が近い気がする。」


「ぐっ!……私はそれが嫌なんだ…。」



 猫なのに人に近い。それがコンプレックスらしい。そんな事を言われても、僕にはニアを人間の姿にする事も、その心を猫にする事も出来ない。だから言う。



「それでも、僕はおまえが喋ったから拾った。その線の上に立ってるから部屋に連れてきた。おまえが来てからまだ一週間も経ってないし、パンと牛乳の減りは早くなったけど、話し相手が出来てそれなりに良かったと思ってるよ。」


「……そうか。うん、そう言って貰えると少し心が軽くなる気がするよ。」



 でもやっぱり、出来る事なら猫になりたいな、とぽつりと声が呟いた。こういうものは他人には解決しづらい。手助けは出来ても、最終的には結局本人の問題なのだ。



「まあ、これも何かの縁だ。幸い僕は健康だし、おまえより先には死なないだろ。おまえが良ければ、死ぬまで養ってやるよ。僕は結構おまえの事好きだし。」


「っ!……そうかそうか。こんなにも想われているなんて、ニアちゃん感激!プロポーズとして受け取ってやろう。」


「はいはい。」



 良かったね、と言いながら窓を見上げる。満月と黒い影が見えた。黒い影のしっぽは楽しそうに揺れている。



「道隆、私も君の事は結構好きだぞ。」



 そうかい、と返して再び布団に転がる。生活のリズムが狂ったせいか、また眠くなってきた。一夜漬けの代償だ。



 鼻歌が聴こえる。女性の声だ。案外上手いな、と思いながら目を瞑る。意識がどんどん沈んでいく。





 最近の黒猫は、喋るだけではなく子守歌まで歌うらしい。







僕と一夜漬けの代償    了

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