第6話 魔王、握りの良さに感動して仲間になる
魔王城、玉座の間。
漆黒の甲冑をまとった魔王ヴァルガロスは、玉座から身を乗り出した。目の前には、たった一人で城門を突破してきた男、ジャンが立っている。
「貴様が噂の神匠か。我が軍を退けた力、見せてもらおう」
「いや、戦いに来たわけじゃないんです。ただ、これだけは見ておいてほしくて」
ジャンは腰からハイパワーを抜き、弾倉を抜いて安全を確かめると、グリップを魔王に向けて差し出した。
「握ってみてください。撃たなくていいので」
「ふん、人間の玩具など……」
そう言いながらも、魔王の巨大な手は、気づけば鋼の握りを包んでいた。
その瞬間。
「…………っ!?」
魔王の全身が、びくん、と跳ねた。
「あ……が……っ。な、なんだ、これは……! 手の中に……吸いつく……っ!」
親指の付け根が、バックストラップの曲線にぴたりと沈み込む。人差し指は、トリガーガードの前で、あるべき場所を知っていたかのように落ち着いた。ごくりと、魔王の喉が鳴る。
「指の……一本一本の位置が……最初から、そこに決まっていたかのような……っ。ぐ、ぬ……おおお……っ!」
「後ろの傾斜と、グリップの断面形状です。掌の肉に、きれいに収まるでしょう?」
「やめろ、解説するな……っ! 余計に……余計に感じてしまう……っ!」
魔王は玉座の上でのけぞり、片手で顔を覆った。もう片方の手は、握りを離せない。離そうとするたび、指が勝手に吸い寄せられてしまうのだ。
「ま、魔王様が……」
「玉座の上で、もだえておられる……!」
「あの鉄の筒に、一体どんな呪いが……!?」
「呪いではありません。人間工学です」
「こ、これが……人間工学……っ。千年……我は千年、数多の魔剣を握ってきた……。だが、どれもただ重いだけ、ただ殺すためだけの冷たい鉄だった……。それがどうだ、この……この、掌を迎え入れてくれる、やさしさは……っ!」
魔王の瞳が潤み、角の先まで、ふるふると震えている。
「だめだ……手を、握りが……放してくれぬ……! いや、放したくないのだ、我が……っ。はぁ……っ、ああ……もう、もう我は、これなしでは……!」
「魔王様、いったん落ち着いてください」
「落ち着けるものか……! この安心感、この一体感……! 貴様、なんというものを作ったのだ……っ!」
ジャンはにこやかに、そっと弾倉を外したまま、握りの底を指でとんとんと叩いた。
「あ、ここ、少し膨らんでるでしょう。小指が収まる場所です」
「ひぐっ……!? こ、小指まで……っ! そこまで……考え抜かれて……ううぅぅ……っ!」
ついに魔王は、玉座から崩れ落ちた。四天王たちが慌てて駆け寄る。
「魔王様ぁぁぁ!」
「お気を確かに!」
「私にも一度握らせてください!」
「おい、ずるいぞ貴様!」
床に倒れ込んだまま、魔王はハイパワーを胸に抱きしめ、恍惚の表情でつぶやいた。
「……我が千年の侵略は……すべて、この握りに出会うための旅であったのか……」
「いえ、違うと思います」
ジャンの冷静なツッコミが、静まり返った玉座の間に響いた。
その後、魔王は丁重に銃を返却し、片膝をついて宣言した。
「神匠ジャンよ。我は侵略をやめる。代わりに、我が軍の武具すべてを、貴殿の設計で作り直してはもらえぬか」
「ええっ!? いいんですか?」
「頼む。あの握りを、我が兵たちにも味わわせたいのだ……!」
城門の外で待っていたマルゴは、出てきた二人を見て、耳をぺたんと伏せた。
「ジャン様……。魔王様、なんだか顔が真っ赤で、息も上がってますけど……何をやっちゃったんですか……?」
「握ってもらっただけだよ?」
「それが一番、怖いんです……」
こうして、千年続いた魔王軍の侵攻は、一丁の拳銃の握りやすさによって終結した。
城門の外で待っていたマルゴは、出てきたジャンと魔王を見て、耳をぺたんと伏せた。
「ジャン様……また、何かやっちゃいましたね……?」
「うん。今回は、ちょっとだけ、やっちゃった」




