婚約破棄された公爵令嬢ですが、浮気した元婚約者と略奪女を地獄に落とし、隣国王子に溺愛されて人生逆転します
――ああ、そう。
それが貴方の答えなのね。
煌びやかな舞踏会の中央で、私はただ静かに立っていた。
周囲のざわめきが耳に痛いほど響く。
「エルフィリア・アルディナ。君との婚約は破棄する」
そう言い放ったのは、私の婚約者――王太子レオンハルト。
そして、その腕にしなだれかかる女。
ミレイナ・ローゼン。
……ええ、知っているわ。貴方が最近“忙しい”理由も、その女と逢瀬を重ねていたことも。
「彼女こそが真に愛する女性だ。君のような冷たい女ではない」
「は?」
思わず声が漏れた。
冷たい?
誰が?
私が?
――笑わせないで。
「冷たいのではありません。貴方が愚かなだけです」
会場が静まり返る。
ミレイナがわざとらしく涙ぐんだ。
「ひどい……やっぱりこの人、怖いですわ……!」
いや、その芝居、下手すぎるでしょ。
私は一歩踏み出す。
「では確認させてください。婚約破棄の理由は“私の性格”ですか?」
「ああ、そうだ」
「違いますよね? 本当はその女と不倫していたからでしょう?」
ざわっ、と空気が揺れた。
レオンハルトの顔が一瞬だけ歪む。
図星ね。
「証拠ならありますけど? 夜会の裏口、庭園の東側、離宮の寝室。全部記録済みです」
「なっ――!?」
「全部、見てましたから」
私は微笑む。
静かに、冷たく。
もう、何も失うものなんてない。
「……ですが、婚約破棄は受け入れましょう」
「な、何?」
「その代わり」
私はドレスの裾を払って、はっきりと言い放った。
「貴方の人生、終わらせて差し上げます」
――その瞬間、空気が凍った。
数日後。
王都中に噂が広まった。
王太子の不貞。
そして、その相手であるミレイナの数々の男遍歴。
証拠は完璧だった。
手紙、記録、証人。
全て、私が揃えたものだ。
「エルフィリア様、さすがです……」
侍女が震えながら言う。
「まだ終わっていないわ」
私は窓の外を見つめる。
――これは始まりに過ぎない。
その時だった。
「面白い女だな」
背後から、低く落ち着いた声が響く。
振り返ると、そこにいたのは――
「隣国の王子、アレス・ヴァルディア様……?」
「初対面だが、君のことは知っている」
彼は迷いなく私の前に立つ。
そして、いきなり――
「結婚しないか?」
「は???」
思考が止まった。
いや、ちょっと待って。
「話が飛躍しすぎてますが?」
「いや、合理的だろう。君は有能で、しかも復讐心が強い。私の妃に最適だ」
「褒めてるんですかそれ!?」
何この人。
頭おかしいの?
「それに」
彼はふっと微笑む。
「君の顔が、好みだ」
「軽い!!」
思わずツッコミが出た。
……でも、その目は冗談じゃなかった。
「君は、あの程度で終わる女じゃないだろう?」
「……当然です」
「なら、共に来い。復讐も、未来も、全部手に入れろ」
――その言葉は、あまりにも真っ直ぐで。
私は、少しだけ笑った。
「……いいでしょう。乗ってあげます、その話」
それからの展開は早かった。
アレスの後ろ盾により、私は完全に守られた立場となる。
一方で――
レオンハルトは王太子の座を追われた。
ミレイナもまた、社交界から完全に追放。
だが、それで終わりではない。
「まだ甘いですわね」
私は呟く。
「どうするつもりだ?」
アレスが楽しそうに聞く。
「二人とも、二度と這い上がれないようにします」
「いい顔だ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私は書類を差し出した。
「これで、彼らの資産も全て凍結されます」
「徹底してるな……」
「当然です」
私は静かに言った。
「私を裏切った代償は、高くつきます」
そして、最後の日。
没落した二人は、私の前に跪いていた。
「た、助けてくれ……!」
「エルフィリア様……お願い……!」
みっともない。
本当に。
「お断りします」
即答だった。
「貴方たちは、私の人生を壊そうとした」
私は冷たく見下ろす。
「だから、私は貴方たちの人生を壊した。それだけの話です」
ミレイナが泣き崩れる。
レオンハルトは何も言えず、ただ震えていた。
「さようなら」
私は背を向けた。
もう、振り返ることはない。
「終わったな」
「ええ」
アレスが隣に立つ。
「で、結婚は?」
「しつこいですね!?」
「いや、もう決定事項だろ?」
「誰が決めたんですか!」
「私」
「横暴!!」
……でも。
不思議と嫌じゃなかった。
「まあいいです」
「いいのか?」
「その代わり」
私は彼を睨む。
「浮気したら、同じ目に遭わせますから」
「安心しろ」
アレスは即答した。
「私は君しか見ていない」
――ずるい。
そんな真顔で言われたら。
「……バカ」
「知ってる」
「開き直るな!!」
思わず笑ってしまった。
ああ、本当に。
人生って、何が起こるかわからない。
でも――
「悪くないですね」
「だろう?」
私は、彼の手を取った。
復讐は終わった。
そして、ここからは――
私が幸せになるための人生の始まりだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「エルフィリア」
「はい?」
「子供が欲しい」
「唐突すぎる!!朝の挨拶より先に言うことそれですか!?」
ある日の朝食。
パンをちぎりながら、アレスは真顔でとんでもないことを言い出した。
「いや、計画性は大事だろう」
「その前に段階ってものがあるでしょうが!」
「例えば?」
「例えばって……えーと……こう……普通の夫婦っぽい会話とか!?」
「してるじゃないか」
「してません!!」
この男、本気でズレている。
いや、知ってたけど。
「じゃあ今のはなかったことにする」
「そうしてください」
「改めて」
「やめなさい」
「子供が欲しい」
「リピートすな!!!」
机を叩く音が屋敷に響いた。
数分後。
「エルフィリア」
「まだ何か?」
「手を繋いでもいいか?」
「……普通に聞いてくると逆に調子狂うんですけど」
「嫌か?」
「嫌じゃないですけど! なんでそんな真顔なんですか!」
「真剣だからな」
「温度差!!」
私はため息をつきながらも手を差し出す。
すると――
「……柔らかいな」
「感想がジジイ!!」
「いや、純粋な感想だ」
「もっとこう!ロマンチックに言えないんですか!?」
「じゃあ」
アレスは少し考えてから言った。
「君の手は、戦場で握る剣よりも心地いい」
「例えが物騒すぎる!!!」
その日の午後。
「エルフィリア」
「今度は何ですか」
「料理をしてみたい」
「え?」
嫌な予感しかしない。
「任せろ。妻のために腕を振るう夫、完璧だろう」
「その発想はいいんですけど不安しかない!!」
「大丈夫だ」
「何を根拠に!?」
「料理本を読んだ」
「それフラグ!!!」
一時間後。
「……これは何ですか?」
「スープだ」
「色がおかしい!!!紫って何!?」
「栄養価は高そうだろう」
「毒っぽさも高いです!!」
「試食してくれ」
「イヤです!!」
「愛があればいける」
「愛で毒は無効化できません!!」
アレスは真剣な顔でスプーンを差し出してくる。
「ほら」
「圧が強い!!」
私は恐る恐る一口。
「…………」
「どうだ?」
「……まずいです」
「正直だな」
「優しさを出す余裕がないレベルです!!」
夜。
「エルフィリア」
「まだあるんですか……」
「今日も一日、君が好きだった」
「日報みたいに言うな!!!」
「明日も好きだ」
「それはまあ……知ってますけど……」
なんだろう。
この人、本当に。
バカみたいに真っ直ぐで。
「……私もですよ」
「知ってる」
「そこは照れなさいよ!!」
「なぜだ?」
「普通は照れるんです!!」
「なら」
アレスは少しだけ考えて――
「……照れた」
「遅いわ!!!しかも棒読み!!!」
思わず笑ってしまう。
もう、本当に。
「エルフィリア」
「はいはい、今度は何ですか」
「幸せだな」
「……そうですね」
「だから」
「だから?」
「子供が欲しい」
「話戻すなああああああ!!!」
屋敷に再びツッコミが響き渡る。
――そんな毎日が、続いていくのだった。




