ゆうしゃのやど
「お前はこっちの部屋な。俺はもう宿とってあるから、あっちの部屋にいる」
「……」
「もう面倒をかけるのはここまでだぞ」
ハルは自室の前で、じーっとこちらを見て立ったままのヒヨコにそう言った。
「俺は元は旅人。だがこの村の女の子たちが皆可愛いからここしばらくは滞在してるんだ」
「ミンナ、カワイイ」
「そう、可愛い。だが、お前は魔王を倒すっていう大層な目標を掲げている旅人だ。さっさと次の町に行ってお仲間を見つけた方がいい」
ヒヨコは聞いているのか聞いてないのかわからない顔をしている。ぽけっとした間抜けな顔にハルは青筋を立てたが、しかし怒ったら泣かれるだろうと一旦冷静になって息を吐き出した。
「じゃあな、ガキは早く寝ろよ」
バタンと扉を閉めて、取っていた部屋に入ると、ハルは扉に寄りかかってため息をついた。
どうしてこんなに世話を焼いているんだろう。あんなガキみたいなやつ、どうでもいいはずなのに。
ハルの頭に過ったのは、ヒヨコと同じようにめそめそ泣く幼い頃の自分。
そしてその自分の手を引いてくれる、優しい兄の手のぬくもり。
「……嫌なこと思い出しちまった」
ハルは舌打ちをひとつこぼして、背負っていた杖を床に下ろした。
「きゃああああああ!」
女性の悲鳴とともにハルは飛び起きた。真夜中、ただ事ではない悲鳴が聞こえ、寝ぼけたまま杖を掴んだ。部屋の窓を覗いた瞬間、ハルの頭は一気に目覚める。
町が燃えている。魔物が、攻めてきたのだ。
この町は女神像の加護があり、見張りの兵士だっているのに、一体なぜ。
ハルは舌打ちを溢し、急いで魔物たちのいるところに向かった。
隣の部屋にいるヒヨコのことは、すっかり頭から抜けていた。
犬のような顔をしたモンスター、溶けた人間のような顔をしたモンスター。どれも大して強くない雑魚どもだ。しかし、戦闘経験のない町の人々は逃げ惑うしかない。
戦って負傷したらしい兵士が、地べたに這いつくばっている。その兵士の頭を、モンスターは踏みつけにしていた。
「う、ぐぐ……」
「愚かな人間どもめ! げへへ、この町は俺様たちが頂いたぜ!」
神父は、シスターとともに魔物たちの元に向かっていた。立ち去りなさいと、毅然とした顔で立ち向かう神父と、怯えながらも逃げることをしないシスター。犬の顔をしたモンスターが、こん棒を振り上げた。
が、そのこん棒は急に炎に包まれ、燃え上がる。
「うぎゃっ! なんだ!? 魔法か!?」
「あの人間だ! あいつの魔法だ!」
ハルは杖を振り払い、モンスターに向かって炎の呪文唱えた。するとモンスターたちの身体が一気に燃え上がり、その苦しみにモンスターたちは悲鳴を上げる。
「うぎゃああああ!」
「あつい! あついいいい!」
燃えカスになったモンスターに目もくれず、ハルはシスターたちのところに駆け寄った。神父は負傷した兵士の傷を癒そうとしており、シスターはその手伝いをしようとしている。
「ひどい傷です。はやく運びましょう」
「俺も手伝います」
神父とともに兵士を運ぼうとした、その瞬間。
背筋も凍るほどの殺気が、ハルたちの背後から現れた。
「アタシの可愛い部下たちをコロしたのはだあれええええええ!!」
振り返った瞬間、杖で守る間もなくハルは吹き飛ばされた。5mほど吹っ飛ばされ、民家の壁に背中を強く打ち付ける。あまりの痛みに一瞬意識が飛びそうになるが、どうにか身体をよじってその場から抜け出すと、モンスターの毒液がハルのいた場所の壁を溶かした。
「あら、残念……」
しゅるる、と細長い舌を出している、白い蛇のモンスター。その大きさは教会とほぼ変わらない。大口開ければハルを一飲みしてしまいそうだ。月すら覆い隠して影を落とすモンスターに、シスターも、神父でさえも身動きできない。
「魔法使いかしら……いい魔法だったわ」
「そいつはどうも……俺の魔法に免じて帰ってくれねえか」
「嫌よ。この町を乗っ取れば、魔王様がきっと私に大いなる力を分け与えてくれるわ……」
ハルは痛む体を無理やり動かして、蛇のモンスターの前に立つ。手が震えないように力を入れて杖を握りしめて、モンスターを睨みつけた。
瞬間、ハルの口から血が溢れ出す。ぐらりと視界が滲んで、片膝をついた。
「がはっ……」
「あら、私の毒、もらってたのね?」
蛇モンスターは笑いながらハルを見下ろしている。いつの間にか毒を食らったらしいハルは、呼吸も上手くいかずにぜえぜえと苦しむ。駆け寄ろうとするシスターを、神父が引き留めているが、それに構う余裕すらなかった。
「はあ……はあ……魔王? こんな、小さな町で満足する魔王様、か。だったら俺でも、倒せそうだぜ」
「生意気なニンゲンね」
ふんっと笑った蛇のモンスターに向けて、ハルは魔法を唱えた。




