ゆうしゃのであい
ヒヨコは小さい時から泣き虫であった。
勇者として生まれたからには、いつの日か旅立たなければならない。しかし、すぐに母親の足に隠れてしまう臆病さに、父親は頭を悩ませていた。
だからこそ、毎日毎日、父親はヒヨコの鍛錬を欠かさなかった。父親は国の兵士長を務めたこともあり、剣術に優れていたのだ。
まだ幼い身体で何度も何度も剣を振るった。母親は、まだ早いのではと父親に掛け合ったが、父親はそれでもヒヨコを鍛え続けた。
いつの日かここを旅立つときに、ヒヨコが死んでしまわないように。
自分の身だけでも守れるようにと、そう願って。
「ヒッ……! ヒイッ……!!」
ひとり旅立ったヒヨコはぼんやりとしながら適当に歩き回っていた。老人に地図を渡されて、まずはこの町に行きなさいと言われていたのだが、いざ旅立つとヒヨコは地図が読めない。どっちが東でどっちが西なのかわからないのだ。
そうして迷い込んだ森は、鬱蒼とした雰囲気が漂っていた。草木は生い茂り、道らしき道もない。震えながら、少し湿った土を踏みながら歩いていると、
ぐにゅっと、嫌な感覚がした。
尻尾だった。尻尾の持ち主は、ヒヨコの2倍ある図体をゆっくり動かしてヒヨコを見下ろした。まるで猫のような形をしているが、目が3つあり、そのどれもがぎょろりとヒヨコを見下ろしている。
「ア、ゴメン、ナサイ……」
顔を青ざめさせて、消え入るようなヒヨコの声が聞こえなかったのか、ゆっくりとモンスターが顔を近づける。獣臭さと、口から覗く凶悪な牙、滴り落ちる涎が、ヒヨコの靴のつま先を濡らした。
「ぐわわああああ!」
「ゴメンネ……! ゴメンネ……!」
モンスターが咆哮すると同時にヒヨコは一目散に逃げだした。大きな木の根を飛び越えて、小さな虫のモンスターたちを飛び越えて、息を切らしながら走る。
ちらっと後ろを見ると、まだあのモンスターは追いかけてきている。
ヒヨコは半泣きで走り続けた。もうすぐ、もうすぐ森を抜けられる。心臓が痛くなっても構わずに、ぜえぜえ息を切らしながら、木が途絶えて陽の光が眩しいくらいに当たっている場所をめがけて。
「ウブッ!?」
「おわっと。っぶねえな、誰だよ」
ドンっと、抜けた先で誰かにぶつかった。ヒヨコはぼよんと跳ねて尻もちをつく。
ぶつけた鼻が痛くて涙が出そうになっていると、ぶつかった人物がしゃがんで顔を覗き込んでくる。
「大丈夫かよ」
くいっと、顎を持ち上げられた。そうしてその人物の顔がはっきり見える。
黒髪で、真っ黒の瞳の青年だった。彼はヒヨコの鼻を指先でちょんちょんと触って、それからふっと微笑んだ。
「折れてはいないみてーだぜ。よかったな」
「……グスッ……」
「おい泣くなよ。そっちがぶつかって来たんだろーが」
彼はやれやれと困った様子で立ち上がるが、ヒヨコは尻もちついたまま泣き始めた。鼻が痛いからではない。さっきのモンスターが怖かったからである。森を出てから追いかけるのを諦めたらしく、あのモンスターは後ろに来ていない。ほっと安心したせいか、びっくりして涙が止まらなくなったのだ。
「ちっ、めんどくせー……」
青年は後頭部を掻きながら、泣き続ける少女を見下ろした。
「一体いくつだよ。俺とそう歳変わらねえのに、ガキみたいに泣きやがって」
「グスッ……ヒクッ……グスッ……」
「はあー、見たところ旅人か? そんなんじゃすぐ死ぬぞ。故郷に帰りな」
冷たい瞳で見下ろす青年に、ヒヨコは泣き止もうと必死に堪えるが、どうしても嗚咽が漏れ出てしまう。息を止めてみても、声が漏れる。もはやどうしていいかわからないヒヨコに、青年は呆れたため息をついた。
「こっちに町がある。どっか怪我したんならシスターに診てもらえ。おらっ、行くぞ」
青年に腕を引っ張られ、無理やり立ちあがったヒヨコは、涙でぼやける視界のまま青年を見た。
表情は見えないが、ぶっきらぼうな言動と裏腹に、置いて聞く気はないようだった。がっちりと、ヒヨコの腕を掴んでいる。
「俺はハルだ。お前は?」
「ヒ……グスッ……」
「あ?」
「ヒヨ、コ……グスッ……」
「声がちいせえよ」
「ヒヨコ!」
ヒヨコが精一杯大きな声を出してそう言うと、ハルは目を見開いて、それからふっと笑った。
「お前にぴったりな名前じゃねえか、ヒヨコ」




