雪と理性
きっと……奏なら、受け入れてくれる気がする。
でも……明日、オレに笑顔を向けてくれないかもしれない。
「ふぅーーーー……」
そう思ったら、少しだけ冷静になれた。
「わり……ガッツき過ぎた。……今日はここまで。な?」
そっと腕を回して、背中から抱きしめる。
奏の髪に顔を埋めると、ふわっと甘い匂いがした。
さっきまでお風呂に入ってたのに、もうこんなに……オレの匂いに染まってる。
「……寝ろ」
囁くように言って、首元に唇を近づける。
かすかに、くすぐったそうに肩が震えた。
「……ひゃっ……」
「……動くなって。危ねぇんだから」
冗談でも、嘘でもなく。ほんとにヤバい。
ちょっとでも動かれたら、理性なんか一瞬で崩れる。
「……怒ってるの?」
「怒ってねぇよ。ただ……これ以上は、マジでオレ死ぬってだけ」
「だって……その……」
あー……さすがに、少しは気づいてるか……
「なあ、オマエさ……」
指を絡めるように手を繋いだり、互いの指の形を確かめるようになぞり合ったり。
もう、それだけで……さっき止めてよかったって思える。
「こんなに甘えてきといて、全部“責任取れません”は、反則だって……」
「……だって、セナ君が……全部、優しいから……」
振り向かずにそんなこと言うなよ。
背中越しにこっちの顔が見えないのをいいことに……
手のひらが触れてるところから、どんどん熱が伝わってくる。
オレの心臓、バレるんじゃねぇかってくらい、ドクドク鳴ってる。
「……指、あったかいね」
「指だけじゃねーよ。全部、オレ今……熱暴走しかけてっから」
そう返したら奏がくすっと笑って。
自分から指をぎゅっと握ってきて、ほっとしたように息をついて目を閉じて……力を抜いたのが、わかった。
「……おやすみ」
その一言がもう少し続けたい気持ちにそっと蓋をしてくれた。
腕の中の奏がゆっくりと深く呼吸をし始める。
心臓の音が、重なった気がした。
数分も経たないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。
「……もう、寝た?」
小さくうなずいたように見えたあと、奏は何も言わず、そのままオレの胸に顔をうずめた。
「……マジか。どんな肝の据わり方してんだよ……」
抱きしめたまま、毛布をゆっくりかけてやる。
奏が小さく寝返りを打った。
もう、逃げないでいい。
今夜だけは、この腕の中にいてくれ。
奏の手は、まだオレの手をぎゅっと握ったまま。
離したら、何かがほどけてしまいそうで……
オレも、手を離せなかった。
「……バカ。どんだけオレの理性いじめりゃ気が済むんだよ……」
くしゃっと前髪を撫でながら、頬に触れ、ピアスのラインをなぞる。
笑いそうになるのを、ぐっとこらえて。
オレはその寝顔を、ただ黙って眺めていた。
長いまつ毛。ほんのり赤い頬。
オレの服の袖が長すぎて、手がちょっとだけ覗いてる。
触れたい。けど、起こしたくない。
だから、ただ、眺めるだけ。
「……ほんと、やばいくらい好きなんだけどな。……バレたら、引くかもな」
誰にも聞こえないように。
誰にも見せない顔で……
オレは、その寝顔に、もう一度だけキスをした。
「奏……わり。オレ、朝から仕事なんだ」
聞こえてるのか……?
オレのほうに身じろぎしてるけど……
「外、まだ雪がすごいから。いつ帰ってもいいし……なんなら、帰らないでいてもいいから」
淡い期待を残して、そっと言葉をかける。
「いってくんな」
……後ろ髪を引かれるって、こういうことを言うんだろうな。
本当にこのまま“行ってしまっていいのか”ってくらい、未練がましく玄関のドアを見つめてた。
スタッフが迎えに来てくれた車の中。
雪はまだ、止んでない。
大きな交差点に出るまでの道も、タイヤが何度か滑った。
助手席にはスタッフ、後部座席にオレひとり。
何でもない顔して外を眺めてるけど、気を抜くとニヤけて表情筋が死ぬのがわかる。
「……離さないで……」
って、奏。オレに言ってたよな……?
あれって、そういうことだよな。
つまり……オレの彼女になったってこと、だよな?
……え、マジで!?クリスマスだぞ!?
サンタさん、今年やたら本気出してない???
「お疲れさまですー」
愛想笑いしてるフリだけど、脳内ではずっと『あの寝顔、破壊力どうなってんの』がループしてる。
てか、オレ……
なんでキスだけで何十分もかけてんの?????????
……え、ちょっと待てよ。
抱いたわけでもなく
脱がせたわけでもなく
朝まで、ただ抱きしめてただけ
なのに、オレ……
なんか、人生でいちばん疲れてる気がする。
あれ……??
オレ……昨日のオレ……
超がんばってたくない???????????????
……てか言わせて。
奏、マジで罪すぎるだろ。
オレの部屋着に、うなじに、ゆるい袖に、あの目線。
完全にR18超えてる体感なんですけど???
モザイク必要だったんじゃない???大丈夫???
なのに、寝顔は天使。声はあったけぇし、手はめちゃくちゃ柔らかい。
え、オレ、あんなの我慢したの???
ほんとに???????
「やっべ、オレなんでもできるわ」とか言っといて、結局なにもしてねぇって、どういうこと!?!?!?!?!??!
……いや、そろそろ誰か褒めてくれよ。
せめてツバキあたりに言ったら拍手してくれるやつじゃね???
てか、レオにバレたら絶対バカにされる。
ってか……あいつ、確認してねーけど、絶対奏のこと好きだろ……
「え、なにしてんの?結局手ぇ出してないの? じゃあ俺がもらっていい?奏ちゃん」
とか言うに決まってんだろ……あいつ……
やめろやめろ。
あいつが本気出したら勝てる気がしない。マジ怖い。
マジでそういう冗談、今は刺さるからほんとにやめて。
「外、まだ雪がすごいから……」
って、我ながらあのセリフ、めっちゃ予防線張ってて笑えてくる。
もしかしたら、まだ残ってるかもしれないし。
誰にも見られずに帰れる時間を選んで、もういないかもしれない。
何かひと言メッセージでも来てたらいいな。とスマホを見るけど、通知はなし。
いや、でも、そりゃそうだよな。
あんな夜だったし。下手に気遣ったら、逆に変かもしれないし。
でもさ……
もし、帰ってたら?
あのまま、“何もなかった顔”で終わっちゃってたら?
考えれば考えるほど、仕事どころじゃない。
楽屋に着いても、メイク中ずっとスマホばっか見てるオレに、シンが「なんかあった?彼女と?」って茶化してきたけど……
「違ぇし」
って即答した声、やけに必死だった。
収録が終わって、車に乗って。
ようやく自宅マンションのエントランスが見えてきたとき……
心臓が跳ねた。
まだ、いるかな。
ドア、開けたら「おかえり」って……言ってくれるかな。
期待してんのか、オレ。
いや、違う。期待っていうか、確認したいだけ。
カードキーをかざして、部屋のドアを開ける。
……やっぱ、もう帰ってるか。
靴もなかったら、そう思って玄関に目をやった瞬間……
小さなブーツ。
壁ぎわに、きちんと揃えて置いてある。
一瞬、息が止まった。
マジか……
いるじゃん……
部屋の奥から、カチャッ……と、小さな食器の音がした。
思わず、コートのままリビングに歩き出す。
背中が見える。
ダイニングに立つ、小さな背中。
「お、おかえり……!」
精一杯、自然な声を出そうとしたけど、顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっとなった。
「ただいま。……お前、まだいたんだ?」
「うん……もう少しだけいてもいいかなって」
「雪、まだ残ってるもんな……」
鎖骨の辺りに昨晩付けてしまった痕が見え、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。
でも、そんなことしたら、絶対に今日も離せなくなる。
「……そろそろ帰るね」
帰るなよ。
そう言えたら、どんだけ楽なんだろう。
「送れたらいんだけど……」
「大丈夫。タクシー呼んだから」
「そっか。せめてエレベーターまで」
1分1秒でも長く一緒にいたい。
エレベーターなんて、来なきゃいいのに。
思わず、エレベーターに乗り込んだ奏を壁に追い込んで……
唇を奪う。
昨日と変わらない、甘い唇。
エレベーターが閉じる気配を感じて、奏から離れ、そっと降りる。
「セナ君……」
「……またな」
閉まる扉を、未練がましく見送る日が来るなんて。
部屋に戻ると……
いつもと同じはずの部屋が、やけに広く感じて、無意識に奏の痕跡を探す。
ソファ……ベッド……着ていたスウェット……
昨晩の奏が鮮明に思い出される。
マズイマスイ……今はマジでマズイ。
ジェラピケの写真なんて開いたら、2回で終わらん気がする。
家に帰したことは間違いではないと本気で思っている。
けど……
ほんの少しだけ後悔しながら、思わずスマホに伸ばした手をもう止められなかった。
ダメだ……ってわかっているのに……
スターライトパレード4巻本編のセナ視点からの番外編です。
よかったら本編ものぞいてみてください。
『スターライトパレード4巻~Only~』
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