表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第2話 『天才剣士の弟子』

 初めて、りんごを丸かじりした。

硬い皮と、その内にある結晶のような食感。そこから染み渡る甘味ある水分。ひと噛みするだけで、固さと柔らかさ、甘さを味わえる。なるほど、美味い。

甘味を味わいながら噛み締め、気が付けば空腹感が紛れていた。

「なんで姫様は、こんな馬車で移動していたんですか?」

「あの得体の知れない『魔王軍』から、逃げていた道中でしたの。専用の馬車は破壊されてしまったので、こちらにて」

「そうでしたか…だとするとあれが敵勢力……」

この異世界における、僕らの敵という訳か。

「こちらからも質問だ」

「姉さん…」

「私はお前の姉ではない。私に妹など…」

「アリサ」

姫様が、姉さんの名前を呼んで制止した。

「貴女の素性を、教えて頂けませんか?私はシエル。東に位置するジェルヴェール王国の第一王女ですわ」

「…アリサだ。シエル王女の護衛依頼を受けている、只の剣士だ」

「アリサ姉さん…」

うん、覚えた。

姉さんの名前くらいしっかり覚えておかないと、弟分として失格だからね。

「だから私は…」

「アリサ。只の、ではないでしょう?貴女は正真正銘、かの『天才剣士』の一番弟子なのですから」

「天才剣士…?」

初めて聞く人だ。誰なんだろう…?

「いえ。自分はその身分にあやかる気はありません」

「そう?貴女の師匠なら、もっと誇れって言いそうだけれど」

「あの人程、余裕を持てる強さを持ってはいませんよ…」

姉さんは、腰に掛けている剣を握り締めた。


「王女様、そろそろ」


馬車が止まり、ひとりの騎士が紙と羽ペンを渡した。


「ええ、こちらね」


シエル王女は羽ペンで紙にサインを書いて、騎士に返した。

再び馬車が進むと、門を潜り抜けた。どうやら、検問所を通過したようだ。


「私たちは各国の首脳が集まる『世界会議』を開催中、突如現れた『魔王軍』から襲撃を受けました。退避のため、今はこの馬車で帰国しているところです」

「なるほど…そちらの事情は分かりました。僕の方も、名乗らせていただきます」

自らの胸に手を当てる。少し違和感を感じたが、今は気にしないでおこう。



「僕は――――」




その時。




「    です」





声が、空を切った。




「ん?」

「なんと?」

「あれ?」

王女様と姉さんは首を傾げた。僕だって傾げたい気分だ。


「…ンン!僕の名前は    。…    !    !!」


どういうことだ?そう疑問に思ったのもつかの間、目の前にPCのウインドウのようなものが現れた。

そこには、


[実名キャンセル:

プレイヤーのプライバシー保護のため、リストにない人物への実名開示をブロックしております]


と現れた。


「そうだった。今スタシカのアバターで転移してるんだった…」


…ん?てことは…




僕は、自分の喉をさする。



喉畑が、ない。



続いて、胸に手を当てる。



膨らみが、ある。



「どうした?急に自分の身体を触って……」



姉さんが心配そうに、様子をうかがってる。


「…シオン」


「…!?」

「それが、貴女の名前ですか?」


王女様が、尋ねる。その答えに、僕は頷くしかなかった。





「はい。今の僕はシオン。異世界から、ロボットで来ました」





そう、今の僕はシオンという少女だ。




少年ではなく、少女になった。





俗にいう、性転換である!











遥か昔。この大陸は、戦火に包まれていた。






先王を殺し玉座を掴んだ、帝王によって。






帝王の力と、圧倒的な軍勢によって世界は、帝王の手中に収まろうとしていた。






この王国も、そのひとつに過ぎなかった。





だが、王国には彼が居た。





平民の出でありながら、優れた実力と、卓越した頭脳を持った男が。





後にも先にも、その男は自他共にこう称された。






『天才剣士』、と。






『天才剣士伝説』序章より







「ナニコレ?」

シオンは本を見開いて、開口一番それを口にした。

「師匠の伝記だ。頭が痛くなるかもしれんが、どうやら事実のようだ」

「こんなバカげた男が、姉さんの師匠?」

「信じ難いが、そうだ。全くあの人は…」

こ奴の姉さん呼びは半ば諦めるとして、私達は一先ずこの国の宿に泊まることにした。

今は案内された宿まで、このまま馬車で進んでいるところ。

シエル王女は王城『蒼空塔城』にて馬車を降りた。護衛としての仕事はここまでのようだ。

だが、別れ際に『また後ほど』と言っていたのは気になるが…


「…で、彼女にこの世界の勉強がてら、自分が気に入っている本を16冊も渡すとは」


シエル王女は、『天才剣士伝説』の大ファンであるという噂は聞いていた。だがここまで熱狂的なファンだとは思わなんだ…

何かと気まずく、頭を抱えていた中、シオンは微笑みつつ、本を読んでいた。

「でも、面白い人ですね、天才剣士。自国の王様にこうも強気に反論して、謹慎喰らっちゃうとか」

「面白い、か…」



私は馬車の外、向こうの川辺を眺めながら、師匠のあの顔を思い出す。



あの、酷い笑顔を。



「アリサ姉さん?」


シオンが、本を閉じて声をかけた。

「…ん?ああ、すまない。師匠の顔を、思い出していてな…」

「容姿端麗、眉目秀麗な師匠の顔を?」

 ―――マジでその本、師匠の言葉に忠実だな…!

「…笑顔だ。あんな目でしか、笑えなかった師匠の笑顔」

川の向こう、遠くを見る目でそう呟いた。

「…姉さん、何を眺めてるんですか?」

シオンが隣に並ぶ。


その時、彼女は翆玉色の瞳を輝かせた。






天上には、青天。





心地良く吹いた風。





そして、都市を跨ぐように流れる大河。





国の中央でありながら、河と共にあるこの街は、海のような心地よさがある。





「こりゃあ、気持ちがいいなあ…」


「アディムス川。この街、河川水路活用都市ニシキの礎となる河だ」



この、海のような川の空気には、本当に癒される。





河川水路活用都市ニシキ。



広大なるアディムス川から水路を引き、それを生活水や船の航路として活用しているジェルヴェール王国の首都だ。


その為、この都市には遊覧船やテラス、当然橋も多い。


この木造の宿、フクロウ亭の近くに橋があることも、満更不思議なことではないのだ。


「ごめんください」

そして、色んなお客さんが来ることも不思議ではない。そう、不思議なことではないのだ。

今の私はこの宿の受付嬢、シルフ!

どんなお客さんが来ても…


「女性客2人、相部屋で」


茶色いコートに白シャツ、ミニスカートの腰には立派に重い直剣!

燃え盛るような赤いポニーテイルの前髪から、蒼い瞳ですっごい睨んできてるうううう!!


「ひっ!そ、その…2名様、相部屋で……」


私は恐る恐る受付用紙を出した。すると怖い目つきの女の人の隣から、小さい女の子が現れる。

「姉さん…もう少し穏やかに話しかけないと……」

小さい方は蒼いショートヘアに翆玉色の瞳、褐色肌の白ジャケットと女の人と正反対な子だ。

よかった、この子は大人しそうだ…

だけどなんで受付用紙をじっと見て…?

「…これは?」

「ここへ宿泊するにあたっての受付用紙。相部屋でいいだろう?」

「…」

白ジャケットの女の子は、その紙に触れて…



突然、ビリッと破った!



「…!?」

「う、受付用紙があ!!!」



ひいい!私なにかやっちゃったあ!?もしかして出す用紙間違えた!?ああいやでもさっきちゃんと相部屋の紙を…




と、あれこれ涙目で慌ててたら、女の子が私の涙を指で拭ってくれた。




束の間の静寂。ああ、お客様に慰めてもらうとは…私も、もっと頑張らないと……




そして、女の子は耳元で…






「お前を殺す」






驚 愕 !(デデン)







そして彼女は、私の元を去っていった…






「なんなのあの人…」


相部屋がまずかったのだろうか…しかし殺害予告までするか?


訳が分からん…これが異世界の人間?


「こらっ」

「いてっ」


と、呆気に取られてたら1人の男がシオンにげんこつを与えた。


「なーにデデンやっているんで御座るか。調子に乗ってるか、パニクったで御座るか?」

「パニクったほう…」

「ハア…。

ま、  のその調子から見れば、なんとなく察せられるで御座るが」

頭を抱えて縮こまっているシオン。げんこつを与えた男は、行動とは裏腹に穏やかな印象だった。

白いローブに緑色のニットベスト、下はベージュのデニムと黒いスニーカーを履いている。

白髪のパーマの目元からは、スクエア型眼鏡と、シオンと似た翆玉色の瞳。

「貴方は…?」

「ん?ああ、自己紹介が遅れたで御座るな。某はセオ。元の世界で、彼の教師を担当して御座る」

セオ、と名乗るおっとりした口調の男が手を差し伸べた。

「ああ、私はアリサだ。よろしく」



「ほう、貴様がかの高名な『天才剣士』の弟子か」



と、そこに新たな来客が。赤い外套を羽織り、黒いロイヤルスーツを着こなした傲慢そうな少年だ。

少年の威圧的言動に、セオは頭を下げた。

「皇子殿下…!」

「余はクラレント帝国第一皇子、スフィア・クラレント。そこの男は余の護衛でな。余の知見を深めるため、連れまわしてある」

「はあ…」

スフィアと名乗った少年は、シオンを見下して愉快そうな顔をしている。

「…で、先の余興だが。中々に愉快だったぞ、小娘。彼の国ではこのような芸当が流行っておるのか?」

「まあ、一部界隈で流行ってるネタといいますか…。自分が女になってることに受け入れられないので御座ろう」

「ほう。それはなんとも愉快な」

「ちょっと待った」

スフィアが自然に流そうとしてたが、私は思わず声を上げた。


「なんだ、貴様。余の発言に異議申し立てるか」


「聞き捨てならないことを聞いた。セオとやら、先ほどなんと?」


「一部界隈で流行ってるネタと…」


「違う、その後」




「ああ、なるほど。  …、いや、ここではシオンか。彼は元の世界では男で御座るよ?」



「男!?」




思わず頭を抱えてるシオンを見やる。

服装は白のパーカーに裏地が青、黒いインナーシャツに青いズボン、茶色いカジュアルな革靴、男ものとしても通りそうなラインナップだ。だが体型は肩幅小さめ、腰回りの大きめの女性型。

喉畑はない、褐色肌。

顔は蒼いショートヘアに、気のダルそうな翆玉色の瞳。よくよく見ると麗しい少女の顔立ちをしている。


「女じゃないか!」


「この体は、自分で作りました…」


…は?作った?


シオンはその場で、ゆったりと立ち上がった。


「この体はアバター。本来僕の分身として機能してるものなんです。だけど異世界ではこの体で転移しないといけないもので…」

「それでシオンはその体で転移した、と…。他の体はなかったのか?」

それを聞くとシオンは、目を輝かせながら、拳を強く握りしめた。



「どうせ作るならカワイイ女の子の方がイイじゃないですか!!」



あー、なるほど。だいたい分かった。



「バカか君は」



「ありがとう、最高の誉め言葉です!」



清々しい笑顔で返された!


だめだこりゃ。救いようのないバカだ。




「ハハハ!誉め言葉と称するか!貴様、気に入った!!名は何という?」

「シオンです!先生がお世話になってます!」

「ウチの生徒がどうもすまないで御座るな…」

「いえいえこちらこそ。ところで…その『御座る』とは?」

「ああ、単なるロールプレイング、なりきりの一環で御座る」



いつの間にか4人が和気あいあいと仲良くなってて、私は口をぽかんと開けていた。

「えーと、これはどういう…」


「シルフ、後はオーナーに」


と、後ろから目つきの悪い七三分けの男が現れた。


「あ、ヴァロア店主」


ヴァロア店主。この店のオーナーで私らの上司だ。

主に経営方面を担当している。

そしてヴァロア店主の背後から、少女が1人現れた。


茶色いコートの下に白いシャツ、ジーパン。

長い金髪に黒いハット帽子を被っている。


ハット帽子の鍔からは、優しい碧眼の目つき。


「ようこそお客様みなさん、お越しいただきありがとうございます」

その人は、ハット帽子を被りながら礼をした。


「私の名はミシェール。この『フクロウ亭』のオーナーになります」


赤い外套を羽織った少年、スフィア皇子が堂々と尋ねる。


「ほう、貴様がここのオーナーと。随分とみすぼらしい服装だが、気品は隠せておらぬようだな」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。スフィア皇子殿下」


両者ともに、睨みあう。

なぜかヒリついた空気が流れている…





「いや、ミシェールって…シエル王女でしょ?」




「「!!」」


その声がした瞬間、2人とも目を見開いた。

声を発したのは、蒼いショートヘアの女の子だ。

「…あれ、何かまずいこと言っちゃいました?」

「こんな場所で堂々と言うべきではなかったで御座るよ、某は」

「正直、スルーするべきだと思っていたが…」

女の子の両隣で、白髪パーマの男と、赤いポニーテイルの少女が呆れてる。


「…バレてしまっては、仕方ありませんね」


ミシェールは、ハット帽子を外し、満面の笑みを見せた。


「初めまして、私はジェルヴェール王国王女シエルと申します。『フクロウ亭』のオーナーであることは変わらないので、よろしくお願いしますね?」


私の隣で、ヴァロア店主が眉間を抑えてる。


「状況が悪化した…」


「ど、どうするんですかコレ!?」


私も正直、困惑している。

なんてったって、この店最大の秘密がバレてしまったのだから!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ