第1話 『暗雲斬り裂く剣の翼』
―あの地獄を経て、私は誓った。
私は1人でも、生き抜いてみせると。
今思えばそれは、傲慢だったかもしれない。
*
「チッ…ここまで追ってくるか!」
野原を走る馬車から身を出して、空を見上げる。
暗雲広がる空を背に追ってくるのは、槍を持った空飛ぶ巨人が3つ。
否、漆黒の鎧のような見かけから言って、人形と捉えた方が無難か。
「嬢ちゃん!ここは逃げ切るしかない!あんな奴ら、勝てっこねえって!!」
背後で騎士が震え声でうずくまってた。
「五月蠅い黙ってろ!弱腰になるのは構わんが、私を巻き込むな!」
全く使えない奴らめと、投げやりな思いで私は腰の剣を抜いた。
青く光る直剣。刃に宿る魔力が、熱を帯びる。
「…シッ!」
遠くにいる人形に向けて、剣を横に薙ぎ払う。
凡庸な剣なら、人形に届かず空を切るだけだろう。
…だが。
ドゴンッ!
中央ひとつの人形の、左腕が爆発した。
「そ、それは…見えない斬撃!?
もしかして嬢ちゃん、かの『天才剣士』…!?」
「その弟子だ!私に期待してる暇があるなら自分の心配してろ!!」
―とはいえ、こうも数が多くては…!
巨人の背後から、更に同じような槍を持った人形が10体現れる。
「一体どれだけいるんだ、連中…!」
師匠から貰ったこの魔剣だけでは、太刀打ち出来ない。
…詰んだな、これは。
「…それでも、やるしかない!やるしかないんだ!!」
最早投げやりな決意を固め、私は魔剣を構えた。
その時。
『…ターゲット』
その声が聞こえた時、人形が5体、何者かに撃たれた。
「…光線!?」
光線が撃たれたであろう背後の空を、見上げる。
するとそこには、剣のような翼があった。
*
「5体撃破、残り8体」
そう呟いた時、背後から更に雑魚敵がポップした。
槍から放たれる銃撃をとっさに躱し、状況を冷静に見る。
「無限ポップか。こういうタイプは指揮官を倒せば片が付くけれど…」
漆黒と白、背に4つの剣を翼の様に携え、口ばしのように大剣を携えたこの形態。
このままでは牽制程度しかできないが…
そう考えている合間に、太いゲロビが見えた。
「…新型!?」
かろうじて避けたが、次を避けきれる自信はない。
「指揮官機は…あれだ!」
両肩に大きく縦長の黒い槍と、刀を持った機体がいる。あれさえ倒せば…!
「せっかく来た異世界だ。一歩も大地を踏まずに死ねる者などいない…!」
僕は、頭上のレバーを引いた。
*
腰部が回転する。
格納されていた足が伸びる。
大剣が回転し、背に担がれる。
剣の翼を背に広げ、そして腕が伸びる。
胴体が露出し、Vの字のアンテナが付いた黒い頭部が現れ、口元にあるマスクの下から目が青く光る。
その翼は、人の形となった。
*
「な…!?」
鳥の人形が…人の形を取った!?
「あれはなんだ?敵なのか!?」
背後にいる騎士がざわつく。
「私だって知らない…!」
「剣士様…」
馬車の奥から、白いドレスを着た少女が身を出してきた。
「シエル王女…!?危険です!護衛対象の貴女が前に出ては…!」
「いいえ、アリサ。私には分かりますわ。あの剣士様は、私たちの味方だと」
碧い瞳には、黒い剣士の人形が映っていた。
*
無数の弾とビームを避けて、巨槍持ちの機体へ接近する。
「黙れっ!」
両手を広げ、指先から光線を連射する。
無数の槍持ちと、砲手が爆発し、沈黙する。
「あれが大将首ですか…ならば!」
翼から、二振りの直剣を取り出す。
銘は『三千世界』。
「ターゲット」
急接近し、外側から二振りの直剣を振り下ろす。
相手は咄嗟に、2つの巨大な槍を振り上げ、鍔迫り合いに持ち込んだ。
…だが。
「…軽い」
巨大な槍は、いとも簡単に砕けた。
振り下ろした勢いのまま直剣を投げ捨て、背に担いでいた長いバスタードソードを掴む。
「…クンッ!」
大きく振り下ろし、敵機を両断した。
銘は『断頭台』。止めを差すには相応しい剣だ。
振り向き納刀。背後で、両断された敵機が大きく爆発した。
「フフフフフ…ハハハハッ!ハハハハハッ!!!」
勝利。何と甘美なものか。
*
―その様子を、黒い騎士も空から見ていた。
「…フム、あれが異世界からの刺客か」
黒い甲冑に赤いマントを羽織っており、金髪のロングヘアーに、赤いオペラマスク。
マスクからは、碧眼が覗いていた。
「向こうの世界には超常の兵器があると聞いてはいたが、アイツなら何か知ってるのか…?」
そう呟くと、その騎士はフッと姿を消した。
*
「凄い…」
気が付けば、馬車を止めその場で見届けていた。
爆発と共に雲が去り、青空が広がる。
巨大な剣を持った剣士の人形が、緑生い茂る野原に着地する。
「剣士様…」
シエル王女が、剣士に向かっていく。
「…ハ!王女様!?」
危ない、護衛対象の元へ付かなければ。
シエル王女の隣に来た私は、魔剣を抜き目の前でひざまずく人形に向けた。
人形の胸元から、誰か出てくる。
「人…?」
出てきたのは、1人の少女だった。
青いショートヘアに翆玉色の瞳に褐色肌。
白に裏地が青のパーカーに、黒インナーと茶色いズボン。
翆玉色の瞳は、疲れたように半開きになっていた。
「おい、君!大丈夫か!?」
元気のなさそうな彼女に、私は素性云々より彼女の心配をした。
その言葉が聞こえていたのか分からないが、彼女は人形の胸から落下した。
「…な!?危ない!!」
*
―場所は移り。
玉座の間。
黒騎士が、玉座の前に現れた。
「見てきたぞ、魔王。あれが、異世界の兵器で間違いないか?」
黒騎士が玉座を見上げ、問い掛ける。
玉座には、1人の男が座っていた。
黒い平服に黒ズボン、黒い革靴、黒いショートヘア。腰には剣を携えている。
全身黒ずくめになっているが、目元だけ鎖が巻かれている。
そんな男が、玉座に座って足を組んでいた。
「少し違うな、ジャスティス。あの世界において、人型機械は基本絵空事。
今のあの世界の技術じゃあ、あそこまでのものはつくれない」
「じゃああの人型兵器は?」
玉座の男は、左手であごをさすった。
「恐らく、何らかの魔法だろう。絵空事を現実にする魔法とか」
「そんなことまでできるとは…」
鎖の男は物思いにふけった。その瞬間―
「グ…!」
鎖の男が、頭を抱える。
次第に、玉座の間から声が薄っすら聞こえてくる。
『異世界ロボット転生モノか…』『どうせ難しくなって途中でポイってなるって』『やはりみんな俺TUEEE系が好きなんだから』『ロボットなんて邪魔』『寧ろコイツみてえな主人公が売れるんじゃね?』『イキリトみてえなヤツでいいじゃん』『ロボットなんて所詮時代遅れ』
「う…グウ…ウ!!」
次第に聞こえてくる声は大きくなり、鎖の男は汗を流す。
黒騎士は、思わず彼の名を呼びかける。
「…レ」
「ダメだ!」
鎖の男は、その呼びかけを制止した。
同時に、聞こえていた声が止んだ。
「その名前は、言ってはいけない。その名前は、あの瞬間にすべて消えたんだ」
黒騎士は、ホッとため息をつく。
「…分かってるさ、天才剣士さま」
鎖の男は口元に笑みを浮かべると、玉座の周辺に4つの映像を浮かびあげた。
「話を戻そう。実は、お前が見たヤツ以外のロボットも3機確認された」
4つの映像には、それぞれ別の機体が映っていた。
「ロボット?」
「人型兵器のことを、向こうではそう呼ぶ。まずは北方」
映っているのは、吹雪の中佇む大盾を2枚持った薄茶色のロボットだ。
背後には、ハンマーなど背負っている。
「白兵戦用と思われる機体だ」
次に映っているのは、西方の映像。
夜闇の中、透明になりながら二丁拳銃で戦う白いロボットだ。
「西方のヤツ、戦法から見るに奇襲用か」
次に映っているのは、海上だ。
4つの砲台を飛ばして銃撃戦を繰り広げてる、紫色のロボットが映る。
「南方、対集団戦に特化した機体だろう」
「そして…東方」
映っているのは、先ほど黒騎士が見た剣の機体だ。
「空中戦特化、ってとこか。
以上の4機が、異世界からの刺客だ」
鎖の男が指を鳴らすと、次に映るのは世界地図。
ひとつの巨大な大陸に、5つの国旗が散りばめられている。
「我が軍は大陸中央に位置するため、四国を攻めやすい。袋のネズミって言えるかもしれないが、最速で殴り込めば問題はない。イレギュラーは偶然か意図的か、それぞれ別の国に現れている」
「同じく別世界から召喚したと言ってた、五大幹部がいるにはいるが…勝算はあるのか?」
鎖の男は、苦笑しつつ頬杖をつく。
「ないと言えるか?」
「…そうだな」
鎖の男は、世界地図に手を伸ばす。
「戦って、勝つしかない。今の俺たちにできるのは、それだけだ」
*
『何故できない』
―わからない。
『できて当たり前だ』
―知らない。
『こんなのフツウにできるよ』
―できないんだ。
『できてトーゼン』
―できないことのなにがわるいんだ。
…ああ、なんで僕は、何も知らないんだろう。できないんだろう。
せめて、導いてくれる人がはじめからいたのなら…
例えばそう、僕より年上で、誰よりも身近にいる。そんな…
兄貴とか…姉とか…
そんなことを考えてたとき、誰かが僕を包んでくれた。
誰だろう。
赤いポニーテイルの髪。
白いシャツに、茶色いコート。
僕を見据える瞳は青く、芯のある強さを感じる。
その人は、僕を真っ直ぐ見ていた。
なんだろう。
迫力があってこわいけど、優しそうでもある不思議な人だ。
こういう人を、なんていうんだろう。
―例えるなら、そう。
「姉さん…?」
*
「…え!?」
あまりにも唐突な呼びかけに、思わず芝に尻もちをついた。
「アリサ!?」
「痛た…」
魔力で何とか衝撃を和らげてはいたが、それでも痛い。
「今この娘、私を姉さんと…」
その少女は、目を閉ざしていた。
「…おい?」
手の脈を確かめる。生きては……いるな。
額に手を触れるが、特に熱もない。ならば…
「どうしました、アリサ!?まさかその子…!」
「…!」
私は、歯を食いしばった。
食いしばった瞬間、グルルルル~…と、少女の腹が鳴った。
「…空腹のようです、彼女」
「あら」
私は少女を、肩に担いで馬車へ向かう。
「王都ニシキへ向かいましょう、シエル王女」
「そうですね。一応、食糧のリンゴを出しておきましょうか」
「…敵かもしれませんよ?」
「私たちの前に姿を出したのです。敵意はないと思いますわ」
「…そうですか」
私は後ろを振り返る。
大きな人形は、青い光に包まれて消えていった。
「…いったいなんなんだ、あれは。
いずれにせよ、彼女がこなければ私達は…」
―いいかアリサ、お前は1人じゃない。1人で何でも背負い込むな。
師匠の言葉を、思い出す。
「1人じゃない、か…」
「うんん…」
肩に担いだ少女が、うめき声をあげた。