扉の向こうの選択
あ――――れ――――――――――――ここはどこだ?
僕は目が覚めると見知らぬ沢山の扉がある場所にいた。
赤に青に大きいのに小さいの。
金属製に木製。
金属製の物からは古びた錆が浮かび上がり、木製の扉からは甘い樹脂の香りが漂ってきた。
まるで生きる絵画の中にいるようだ。
それほどまでにいろんな種類の扉がある。
かすかに潮の香りも漂っているし、美味しそうな焼きたてのパンの匂いもする。
バイオリンの音もすれば、ピアノの音もする。
ここがどこか分からないが、現実じゃないことは分かる。
なぜなら浮いている扉がある。
そんなの見たことない。
それに、どこか時間が狂っているような気もする。
だからと言って夢にも見えない。
何がどう……とまでは言えないけど、どこか現実味がある。
〚ねえ。〛
いきなり話しかけられてびっくりして後ろを向く。
そこにいたのは紫髪の女の子だった。
背が高いのかと思えば浮いていた。
年齢は成人ほどで顔は見えなかった。
〚これ。〛
そんな声と同時に彼女に渡されたのはズシッっと重たい古びた鍵。
色んな模様や見たことない異国の文字。
でも綺麗にされていてとても大きい。
彼女の顔は見えないけど、ニコッと笑っているように見えた。
風もないのに髪は揺れてすごい不思議な感覚だ。
〚これは君にしか渡せないから。〛
「君は?」
そう言おうとしたけど、どこか遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。
「…………け……よ……け…陽介‼」
「か………さん。」
目が覚めるといつもの自分の部屋にいた。
部屋には母さんが居て僕を起こしていた。
「遅刻するよ。朝に強いお前がこんな寝坊するなんて珍しいね。昨日は何時に寝たんだい。夜更かしでもしたのかい?」
母さんに問われたので考えてみる。
「昨日は本読んでたけど……十時ぐらい?」
「そんな遅くないね。そんなら、ちゃっちゃとご飯食べて学校行きな。」
「はいはい。それぐらい自分でできるよ。」
母さんに起こされるのは久しぶりで忘れかけるとこだったけど、扉がいっぱいある空間に鍵を渡す紫色の女の子。なぜだか本当の事みたいだ。
そんなことを考えていると、鼓動が止まるかと思う出来事が目に入った。
夢に出てきた古びた鍵が自分の手に握りしめてあったからだ。
「かあ……さん。僕が寝ている間、なんか渡した?」
「ん?そんなことしてないけど。夢でも見たんじゃない?」
「そっ……か。ありがとう。」
母さんは部屋をでて一階に降りていく。
この鍵は何だろうか。
何かが始まるような感じがする。
(そんなことは思ったけど……)
「何にも起きないんだよな~」
僕は鍵失くしても嫌なので、鍵を持ってきている。
「どうした陽。何も起きないって何が?」
そこにいたのは小学校からの幼馴染、相場亮。
冗談好きで明るいムードメーカー。
落ち込んでるときはむしろうるさいぐらいにちょっかいかけて来るけど、それもありがたい時がある。
彼は僕の事を「陽介」じゃなく、「よう」とよぶ。
僕の名前は冬月陽介。
彼は友達の中でダントツ一位に来る仲だ。
「亮。いやさ。」
とりあえず夢の話と今持っている鍵の事を話してみた。
「なるほどな……陽介に限って冗談……」
「なわけない。と言っても、僕もこの鍵以外、証明する方法が無いからな……」
「信じる信じる。陽がそんなキラキラして生きてるみたいな鍵をもって、こった演技ができるわけね~しな。」
ケラケラ笑う亮。
演劇部の亮に言われると納得いくが、少し悔しい。
「そのぐらいはできるよ。恥ずかしいだけ。」
するよ亮は「そうかそうか」と言って
「恥ずかしい陽が演劇部に入るなら俺の勝ちだな。」
「ちょっと!」
(いつの間にそんな話に……)
すると亮は腕を組み、真剣な顔を始めた。
「ま。その女の子…妖精さんとでも呼ぶか。妖精さんは陽になんか探してほしいものがあるんじゃないか?」
「探してほしいもの?」
「そ。この鍵にぴったり合う…扉だとか。」
「扉……。」
その言葉に胸がざわつく。
確かに僕が見た空間は扉だらけ。
どこかにこの鍵が合う扉があるのだろうか……。
「その扉が本当にあったらどうなるんだろな。……陽の夢の中だから大丈夫か。」
「そんな他人事な……。」
「まあでも。ほんとに探してほしいものがあるなら向こうから接触してくるだろ。気長に待っとけ。」
「できるなら来ないでほしいけど……。」
亮の言葉で気持ちは軽くなったけど……正直に言うなら、怖い。
本当に危険なものじゃないといいけど………。
そんな僕の不安を感じ取ったのか
「……怖いなら連絡しろ!いつでも駆けつけてやるよ。」
と言ってくれた。
「もう授業も始まるし、鍵はしまっとけ。放課後、また一緒に考えるぞ。」
「うん。ありがとう。」
亮は僕の言う事もちゃんと信じてくれて本当にうれしい。
感謝してもしきれないほどだ。
授業も終わり、帰宅部の僕はいつもならもう帰路にいる時間帯だが、亮に言われたので市の図書館に向かっている。
亮は演劇部に所属しているので、今日は休むと伝えてくれている。
感謝で胸がいっぱいだ。
「お待たせ陽。父さんには連絡付けたし、奥の部屋も見られるぞ。」
亮のお父さんは図書館で働いている。
図書館の裏は、人気がなくなった本や古い本などが保管されている。
亮はここなら何か手がかりがあると思ったのかもしれない。
+*+
「お~古い本の匂いだ。」
奥の部屋に入るとそこは古紙の匂いやインクのにおいなどが鼻に入ってきた。
だれも訪れたくないような静寂さに包まれ少し恐怖も感じる。
「ここならこの鍵の手がかりが見つかるかな。」
「どうだろうな。もしかしたら、陽の事が書いてあったり?」
冗談交じりの発言に見えたが、その表情は真剣ですでに関係ありそうな本を取り出していた。
それから小一時間。
僕らは「鍵」や、「扉」に関して書いてあることを読みあさっている。
亮は今、昔の「鍵」に関する私小説を読んでいる。
すると
「なあ陽。」
と呼びかけてきた。
「なに?」
「これ、私小説……何だよな?」
「うん。そのはず。」
「これ……今、扉のある空間が出てきてるぞ。」
「本当⁉」
一気に鼓動が高鳴った。僕が夢で見た空間を誰かが同じ経験をして文章として残されているなんて………。
「ほらここ。」
亮はその本をもってこっちに来た。
「読み上げるぞ。『私はかつて、夢の中で不思議な扉の空間に来た。いろんな種類のものがあり、外国の物や見慣れた障子など、沢山の種類の扉があった。そこにはいろんな匂いがし、まるでこの世のすべての扉があるかのようだった。その場所では紫髪の少女と出会った。どこか神秘的で、私は美しいと感じた。』」
「「……妖精さんの事だ………」」
僕らは声をそろえ、本に書いてあったこと僕が体験したことが同じでびっくりしている。
「……『すると彼女は私にいろんな模様が書いてある鍵を渡し、『この鍵に合う扉を見つけて』と言った。私はほかにどうすることもできないので鍵を挿して、挿して、挿した。すると、鍵に合うものを見つけた。すると』……………。」
「どうした?」
突然亮の音読がなくなった。
「…く………黒塗り……」
「え?」
まさかと思って僕も本を見たけど、黒く塗りつぶされて読めなくなっていた。
なぜ黒く塗りつぶされていた?
しかも、ペンでグチャグチャと塗りつぶされたようになっていて、意図的なのが伝わる。
「と……父さんに聞いてくる。」
亮はそう言って部屋を出て亮のお父さんがいるところに向かって行った。
だれがやったかは分からない。
「……同じ著者の作品探すか……。」
「陽!父さん連れてきたぞ。」
「陽介君。」
「お久しぶりです。」
亮は亮のお父さんを連れてきた。
「残念ながらだけど、僕もこの本は初めて見る。」
「え?」
初めて見る?
「うちの図書館ではその本は扱っていないという事だ。」
「検索機にも引っかからなかったし、他の図書館も取り扱っていないって。」
「じゃ……じゃあ、この本は?」
「不思議なことだよ。これほど擦れたりしているのに記録も残っていないなんて。……誰かが持ち込んだか、データを消したか。」
本の中身を見ながら亮のお父さんは説明する。
「待って最後のページ。モールス信号か?黒塗りされていない部分がある。」
ドクンと鼓動が鳴る。
最後のヒントかもしれない。
「モールス信号だな。その本もってくるからちょっと待っとけ!」
「亮。場所分かるのかい?」
「………翻訳したものが分かるように紙と鉛筆を持ってきます。」
「陽介君はほかに塗りつぶされいない部分がないか見ていて。」
ページをめくる手が震える。
黒く塗った人物は知られたくないことがあるから塗ったのだろう。
そんなものを除いていいのだろうか。
「あったよ。モールス信号の読解本。」
「紙とペン。持ってきた。」
「二冊持ってきたから僕と亮で翻訳しよう。陽介君は書いていってくれ。」
「はい。」
それから僕らは本を見ては探して記すという作業を繰り返した。
文を記している間はずっと手が震え、鼓動は早かった。
どんな文が出て来るのか。
命にかかわることかもしれない。
そんなことを考えるともっと鼓動は早くなる。
文にはこう書いてあった
『げんぶんがけされるかもしれないのでもーるすしんごうにのこします ここにのこせるのはかぎととびらがかぎだということです なぞなゆめをみてここにたどりついたひとどうかごぶじで』
「『原文が消されるかもしれないのでモールス信号に残します。ここに残せるのは鍵と扉が鍵だという事です。謎な夢を見てここに辿り着いた人。どうかご無事で』?この黒塗りのところにはよほど大変な内容が書いてあったのかな?」
「鍵と扉が鍵?なぞなぞか?」
「いやいやさすがに『鍵』と『扉』がとても大事なことってことじゃない?」
「なるほど……ってもうちょっと重要なことを書き記してもいいじゃね~かよ。」
「あれ。もう一枚紙が……」
亮のお父さんはカバーと背の間に紙が挟まっていたことに気がついて中身を見る。
その内容を読んでいる途中で手は震え、少し目元がうるんでいるように見えた。
それほど恐ろしい内容が書いてあったのか……。
僕はそれを読む気にはなれなかった。
「相場さ~んちょっといいですか?」
相場とは亮の名字だ。
つまり、亮のお父さんの名字でもある。
「ごめんね。このぐらいしか協力できなくて。また探してる本があったら言ってね。あと、自分の安全はしっかり守る事。危険なものには近づかない。」
「もう高校生なんだから分かってるよ‼」
「ほんとに……何も知らないんですか?」
すると亮のお父さんは一瞬、口を開きかけてから止まった。
でも亮のお父さんは作り笑いのような顔をして
「いや……これ以上は分からない。ただ、気を付けてね。」
そう言って仕事に戻ってしまった。
「なあ陽。父さんは演劇部の俺にあんな下手な演技うそだって言うようなもんだぞ。」
「……まあ聞かないでおこうよ。亮のお父さんが黒塗りにしたかもしれないけど、こんな大事なモールス信号を残しておくと思う?亮のお父さんはちゃんと調べて消すと思うよ。モールス信号の事を知らない人がこれを消したんだと思う。」
「そっか~じゃ、父さんのところにはいかないでおくか。」
「うん。その方がいいと思う。」
「……これを消した人物は、鍵と扉の存在を誰にも知られたくなかったのかもな。」
亮がポツリと言った一言。
僕は「確かに」と思ってもう一度黒塗りされていない部分を読み返そうと思ったら……
「……亮。本は?」
「え?陽が持ってたんじゃ?」
「いや?」
僕は初めての体験をした。
頭が真っ白になっている。
でも、持っていないし、亮も持っていない。
周りに見渡してもないし……。
頭の中がぐるぐると回り続ける。
(本当に消えた?そんなはずはない。どっかに落としているかもしれない。でも……目の前にはない……)
「「まさか」」
僕らは自然と言葉が漏れる。
すると一斉にこの部屋を出て言った。
「亮、お父さんのところに行かないんじゃ?」
「それとこれとは話が別だぁ‼」
僕らは走りながら亮のお父さんがいるであろうカウンターに向かう。
「図書館で走るのは禁止です!静かに‼」
途中で別の司書さんに怒られたけどそんな場合じゃない。
「父さん‼」「亮のお父さん‼」
「亮と陽介君。どうしたの?」
「本を持ち去ったか⁉」「本持ち去りました⁉」
「…持ち去ってないけど。」
亮のお父さんは演技が下手なのは分かった。
だからこそこれが嘘じゃない気がする。
じゃあなんで本はなくなった?
「本が消えるなんて。それは奇妙だ。誰かが持ち去ったとかは?」
「父さんあそこは関係者以外立ち入り禁止だよ‼」
「そうだったそうだった。」
焦っていないようで内心大焦りな感じがする亮のお父さん。
「施設内は探しておくから、二人はもう帰りなさい。閉館時間だよ。」
「「………」」
重要な事が書いてありそうな本が消えるなんて……。
僕らは亮のお父さんが言った通り家に向かっている。
「じゃあな陽。また明日。」
「うん。今日はありがとう。また明日。」
亮とも別れ、僕は頭の中で今日一日に起きた出来事はどれも奇妙だった。
一つ目はどこか現実味のある扉の沢山ある空間と紫髪の女の子(妖精さん)の夢。
二つ目はその空間で紫髪の女の子(妖精さん)に渡された鍵が自分の手に在ったこと。
三つ目は僕と同じような経験をした人の本があったこと。
四つ目はその本の黒塗り。
五つ目はその本の消失。
「ただいま~」
僕は帰ってきてから自室に戻り、ベッドに倒れこむ。
「これから、何が起きるんだろう…………。」
(この夢と鍵、それに本。すべてがどこかでつながっている気がする。でも、そのつながりが何を意味しているのか……。)
+*+
「は――――――………。」
「どうした?陽。寝不足か?」
「普段より寝てるんだけどね?寝てるはずなんだけどね?寝た気がしないんだ。」
「今日もあの見たのか?」
「うん。いつもと変わらず同じ夢。」
あの扉だらけと妖精さんの夢を初めて見た時から五日ほどたった。
あの鍵を渡す夢は見ないけど、渡された鍵と扉だらけの空間、そしていつも浮いている妖精さんが出てくる。
夢は毎日同じで夢の中で目が覚めると、僕は右手に鍵を持って前には妖精さんがいる。
妖精さんが僕の左手を掴んで色んな扉を見て回る。
最終的には同じ扉に辿り着き、僕はその鍵を使って扉を開けるか閉めるかする。
すると妖精さんから涙が流れ、大層喜んでいるように見えて起きる。
扉の空間は都会のような明るい空間では見られないような数えきれないほどの星々がいつも夜のように散らばっており、時々流れ星が見える。
その星たちも喜んでいる妖精さんと同じように喜んでいるように見えた。
その中で最も不思議なのは、鍵を扉に挿した時、毎回鼓動が高鳴る。
自分がその判断に悩んでいる感覚になる。
『この選択が本当に正しいのか』『引き戻した方がいいのか』そんな感情が押し寄せてくる。
なぜだか毎回母さんに起こされ起きる。前まではアラームが鳴らずに六時半前に起きていたのに、今は七時を過ぎて起こされるようになっている。
睡眠不足になっているのかと思って九時(二十一時)に寝ても結果は変わらなかった。
そのことから僕が思ったのは、あの空間では僕は起きていると同じなんじゃないかって思った。
亮にそのことを言ったら、『扉の空間で起きているか……確かにな。でも、体の疲れは出てないんだろ?摩訶不思議だなぁ……。』と返事が返ってきた。
そうだ。あの本については見つからなかった。
亮のお父さんが司書全員に言って動ける人は全員で探したらしい。
でも見つからなかった。
まるで、存在自体がなかったようになっている。
亮のお父さんは『もとから存在しなかったような本が、その存在すらなくなっているようだ。』と言っていた。
亮のお父さんはこの本が存在していたとでも言うような言いぶりだ。
もしかしてだけど、亮のお父さんはあの本の著者を知っていたりするのかな?
そんなことを考えているうちに今日も帰路に入っている。
僕は夕日に鍵を照らしてみる。
キラキラ輝いて色んな文様が入っている鍵に夕日を照らすと本当にきれいだった。
ドンッ
そんなことを思っていると、学ランを来た同い年ぐらいの子にぶつかった。
(この辺りに学ランの高校ってあったっけ。)
そんなことを思っていると
「すみませんでした。」
相手はそう言って少し早足で去って行った。
去っていく少年の背中はどうか現実離れをしたような威圧感が漂っていた。
その時は早足で去っていくことに疑問を持っているだけだったがすぐその理由が分かった。
「か……鍵がない‼」
この間のようになくなったという可能性もある。
でも、今のは完全に盗られた。
僕は今まで考えてきた説や謎をすべて取られたような気がして、鍵を取り返さなきゃいけない気がした。
「ま………待て―――――――ッ‼」
「⁉……」
向こうは追ってくるとは思っていなかったのか、少し驚いた感じがする。
振り返ってはいたが、顔が見えない。
………というか……妖精さんみたいな感じで見えないようになっている気がする。
どんだけ頑張っても近づいても見えない。そんな感じがする。
全力で追っているはずなのに……彼の背中はどんどんと距離が離れていく。
どこを走って行ったかもわからない。
ただひたすらに「こっちに向かって行ったかもしれない。」と直感で動いていた。
ただ、僕にも必ず体力の限界は来るわけで……
「はあ…………」
僕は公園のベンチに寝そべっていた。
あたりはすっかり暗くなっている。
「……亮に連絡しないと……。」
これまで一緒に考えてくれたのに、こんな僕の不注意で失くしてしまうなんて……。
亮には申し訳ないな………。
プルルルル……プルルルル……ピッ
『もしもし?どうした?陽。』
「ごめん亮。鍵、盗られたわ。」
『………はあ⁉鍵が盗られた⁉⁉写真に撮られたとかじゃなくて盗まれたで盗られた?』
「そう。盗まれたで盗られた。完全に僕の不注意だ。今まで一緒に考えてくれてありがとう。」
『そうか……。ま。よかったんじゃね~か?あの謎から解放された~的なものは湧き出てこないわけ?』
「ないよ。亮はあるの?」
『あるかぁ‼答え合わせぐらいしたいだろ‼』
「答え合わせって……誰にしてもらうの。」
『そりゃ………とにかく。盗んだ奴が悪いんだ。お前が気に病むことじゃない。と言っても警察は行きづらいよなぁ…ま、自分の私物じゃないわけだし。』
「うん。それに、特徴を覚えていない。学ランぐらい。」
『学ランか……この辺に学ランの学校はないけど全国にはごまんといるからなぁ』
(あの鍵は僕にとってただの鍵ではなかった。それを失ったのはとても悔しい。あれはただの物ではない。亮と亮のお父さんに協力してもらって謎を解いているんだ。こんなところでくじけている場合ではない。)
『ま。盗まれたってなんとかなる!残ったヒントでいろいろ考えようぜ。今度父さんが国立図書館に連れてってくれるっていうから陽もこい‼こういう時こそ新しいヒントをつかむチャンスだろ‼一緒に解こうぜ‼』
「うん。ありがとう。絶対行く。」
『じゃ。そういう事で。…お前は家に帰れ。門限いつだっけか?』
「わッ!走らないと‼」
公園の時計を見て門限まで残り十分を切っていたことが分かる。
公園から家まで約十分ほど。
走らないと間に合わない。
『じゃ。切るぞ。また明日話し合おう。じゃな!』
「うん。おやすみ。」
『おう!』
そうして僕と亮の電話は終わった。
「よ……し走りますか!」
+*+
(ここまでくれば来ないか。)
彼…陽介から鍵を盗んだ人物は住宅街の十字路で足を止めた。
(この鍵はたくさんの人にわたっていいものではない。この鍵を託されたあいつがこの運命から逃れられるように……。)
彼は鍵をギュッと握りしめ、一つの家に入っていく。
ここが彼の家ではない。
彼が望めばどこの扉もあの扉だらけの空間につながるのだ。
だが、彼が一つ知らなかったことでミスを犯した。
彼が扉だらけの空間に入ったとたん、彼の手から光が放たれ鍵は消え、どこかに行ってしまった。
瞬間移動ではない。
高速移動だ。
風の動きがあった。
あの鍵はおそらくあいつのもとに行く。
なら扉を超えて扉の空間に行くはずだ。
でもそれは…俺を超えて、現実世界の方を通って行った。
彼の手には何も残っていない。鍵を掴んでいた手の形のみ。
彼もこのことを知らなかったのか大きく目を見開いている。
「はあ…。………絶対にやらせないから。」
+*+
僕は帰ると門限の一分前と本当にギリギリだった。
不思議な夢を見始めてから僕は九時に寝る事にしたが、今日はたくさん走って疲れたので、早くご飯食べて、お風呂に入ってベッドに着いたのは八時半。寝るには圧倒的に早いが、もう寝る。
宿題に関しては、僕のクラスの担任は出されたその日に宿題をやって提出するというのは許可をしているので出さずに済む。こういう時に本当にありがたい。
「………明日も……寝坊するのかな………」
ふとそんなことを思った。
また扉と妖精さんの夢を見て起きるのだ。
今から寝てもいつも通りというなら七時になかなか起きなくて起こされるのだろう。
(いつまで………続くんだろ………………。)
そんなことを考えて僕は眠りにつく。
『お~は~よ~う~ご~ざ~い~ま~す~』
「っう~……」
(誰だよこんな時間に起こす奴は。)
時間は十一時ごろ。
寝不足なような感覚の陽介からしたらできるだけ寝たいものだ。
『起きなさぁ―――――い‼‼‼』
「わッ‼」
いきなり大きな声で起こされたのでびっくりして跳ね上がる。
目の前には夢の中にいた妖精さんがいる。
そしていつもと同じで浮いている。
『やぁ――――――っと起きたぁ~……。』
疲れ果てたように肩を落とす妖精さん。
「よ………妖精さん…………。」
(なんでここに妖精さんが⁉夢の存在が現実に現れるなんて……。いや、これも夢?いつもと違う……。起きたら分かるかな……。)
内心大焦りな陽介だった。
『誰ですか?それ。…あ。私の事、そんなあだ名付けられてましたね。こんにちは。志乃と言います。これからあなたに私のお手伝いをしてもらいます。』
「こんにちは……。」
彼女は夢で見たのと同じ服装で全く変わらない。
でも、違うのは顔が見えることだ。
『君……陽太郎介君だっけ?』
「誰‼」
『介さんでしたっけ?』
「陽介だよ陽介‼」
『なんでもいいや。じゃ、星の扉に向かおうか。これからよろしくね介陽くん。』
「だからようす………。な……なに……この扉。」
目の前には見慣れた部屋の扉ではなく、みたことない緑色の扉があった。
扉には文様が刻まれていて、文様はあのなくなった鍵と似たものが刻まれていた。
どこか優しい雰囲気と温かみを感じるのと共に不思議な何とも言えないオーラを放っていた。
触れるだけで僕が変わってしまいそうな。
そんな扉だった。
『救えるのはこれしかない………。星の扉には君にしかできないことがあるの。お願い。そこの扉に入って陽介君!』
最初の方は聞こえなかったけど、こんなに頼まれて断れるわけ………。
彼女の声は震え、瞳は大切なものを失いたくない。そんな思いが宿っているようだった。
「わかった。」
『!……ありがとう海介くん!』
志乃さんは今にも泣きそうな顔になった。
「………陽介です。」
『あ。ごめん。じゃあ、渡した鍵を使ってその扉に入って。』
「え。」
僕はビシッと固まった。鍵なんて持っていないから。
「た……大変申し上げにくいのですが…………」
『あ。鍵?私が持ってるよ。盗まれたんでしょ?』
そう言って彼女は自分の手を見せてきた。
そこには学ランの人に盗まれたはずの鍵があった。
「鍵‼」
『よかったよかった。この鍵は君のだからね。君に返るべきもの。』
そういうと、彼女は『この扉はあなたと私以外入れない。』と言った。
どういう事だろう。
『じゃあ、行きましょう。星の扉へ。』
扉の前に立ちどまった。
本当に正しい選択なのか引き返した方がいいのか。
そんなもの分かるはずのない。
でも、志乃の瞳は何かを訴えているように見えた。
僕がその緑の扉の鍵穴に鍵を挿して回すととドクンと心臓が動くかのようになって扉が開いた。
僕の心は好奇心と不安の感情が出てきた。
胸の奥がドクンと高鳴った。
息が詰まりそうな感覚に襲われる一方で、好奇心も不安も吹き飛ぶ不思議な安心感があった。
「わぁ…………。」
その扉をくぐるとそこには夢の中で観た星がいっぱいあって扉だらけの空間に辿り着いた。
その星たちはそれぞれ異なる色で輝き、時折流れ星のように滑らかで動いている。
星それぞれが旋律を奏でているようで、綺麗な和音が聞こえてくるようだ。
まるで宇宙のような感じで無数の星が煌めき、扉たちはそれぞれ独特の輝きを放っていた。
『すごいでしょ。星の扉はいつも夜で流れ星が流れてる。たまにオーロラも見られるんだ。』
「オーロラ…………。」
オーロラなんて見たことない。
すごいな。
どんなの何だろう。
『あ、足元に関してはどうしようもないよ。ごめんね。』
志乃に言われて足元を見るとそこには水みたいな透明な液体が。
くるぶしほどまである液体だが、波打ってはいなかった。
地面を触れてみると生暖かい自分の表面の体温程な暖かさだった。
次はもっと奥に手を突っ込んでみた。
すると、足がついている場所を超えて、埋もれていくような感覚で下に行く。
これはどこまで続いているのだろうか。
そう思いながらも肘ぐらいまで吸い込まれるかのように下にやると、
『ストップストップ!反対側に真っ逆さまですよ⁉この下はこちらの世界と真反対、鏡みたいな空間なんですから、地面がないんです。真っ逆さまで落下していきますからね⁉』
「じ……地面がない?」
どういう事だろうか。
そんな場所きいたことない。
…いや、おかしくないか。
そもそも、こんな場所を聞いたことがないのだから。
『はい。順番で言うと、一番上が今私たちがいるより上の星がある所。その次が私たちのいる場所。その次が私たちがいる場所の鏡。そして星がある所の鏡となります。重力は星がある所の鏡に向かって行ってますから、永遠に落ち続けることになるかもしれません。』
「永遠に………。」
『あ。もちろん予想ですよ?いつか終わりがあって、グシャッと肉体が叩きつけられるかもしれません。』
「え…………。」
『鏡の世界なのでこちらの世界と全く一緒なのは確かです。私たちの頭上にずっと言ったことがありますがいつまでたっても終わりはなさそうだったので、おそらく永遠に落下し続けるでしょうね。』
永遠に落下し続けるなんて……そんな生涯は迎えたくないな…………。
「…ここで僕は何をすればいいの?」
そんな危険な場所から早く離れて家に戻りたいと思った。
『そうでした。此処ではあなたに、その鍵にぴったりはまる鍵穴がつくの扉を探していただきたいです。無数にいある扉なので、長くなるとは思いますが、一緒に探していきましょう。』
……………⁉
この扉が数えきれないほどある空間にある扉一個一個鍵を挿して探すの⁉
『とても大変かもしれない。でも、与太郎君にしかできないんです。それに、鍵の模様と扉の模様はペアになっています。似たような模様の扉を探し出せば、いつか見つかると思います。』
「………。」
それならいつか、見つかるかもしれない……。
「与太郎じゃなくて陽介です………。」
『あ、ごめんなさい。』
それから僕らは扉探しの旅に出た。
何時間もたっているはずなのにお腹は減らないし、喉も乾かない。
そして沢山歩き回っているのに足が疲れない。
そのことを疑問に思った僕は、志乃に聞いてみると『ここはどうやら時の流れが止まっているようです。何も作られないし、何も壊れない。そして何も無くならない。』と返ってきた。
何も作られないし、壊れないし、無くならない。
そしてずっと夜だから時間が分からない。
志乃も今は戻る方法がないと言っていた。
扉を見つけてから帰れる方法があるんだって
むしろ怖い世界だな。
時の流れはなく常に夜。
鏡の世界は永遠に落下し続けるなんて…………。
それから体感的には十日ほどたった。
眠くならないし、本当はもっと時間が経っているかもしれない。
でも、今は志乃とは友達のような感覚だ。
いつも通り、色んな扉を見ながら志乃と話していると、遠くの方に人型の物があった。
………というか人?
………………何かこっちに走ってきてない?
……………………………あの人鍵を盗んだ学ランの人じゃない⁉
「おいお前‼志乃から離れろ‼‼」
近づくなり、同い年ぐらいなのに低め声でそう叫ばれた。
志乃から離れる?
むしろ君から離れた方が身のためな気がする…………。
「志乃‼‼‼‼俺はッ‼‼」
「ちょちょちょッとストップ‼一回落ち着いて‼深呼吸!そして僕にも分かるように‼」
すると彼は落ち着いて冷静さが勝ったのか、自己紹介を始めた。
彼は暗と言った。
だが、名前しか話さず志乃から離れろと言った理由も『俺はッ‼‼』からの続きも鍵を盗んだ理由も話さなかった。
そして志乃も何も話さなかった。
「…………。」
『………………。』
「………………………。」
だれも何も話さない。
『…ごめん暗。行くよ陽介。』
志乃が沈黙の中話だし右手を上にあげるとパチンと指を鳴らし空間がブレ始めた。
「おぃ……………」
叫ぶ暗の声が遠のく。
僕らが動いたのか暗が動いたのか目の前に暗はいなくなっていた。
…………………志乃は僕の名前を憶えているんじゃないか?
そんなことを思って浮いていて僕より目線が高い志乃の方へ見る。
彼女は遠い目でどこか遠くを見ていた。
その顔はどこか切ないような気がした。
「志乃…………。」
『さて!扉探しの旅に行きましょうか陽太郎君‼』
…………前言撤回。
やっぱり名前は覚えてない。
彼女は先ほどの切ない顔はどこかに行って、ニパッと明るいいつもの顔に戻った。
その顔は彼の事も、彼との関係の事も、他の事も。
何もしゃべる気は無いと言っているような気がした。
その頃暗は……
「クソッ」
ドンッ
近くの扉に暗の拳が行く。
(何人も犠牲になる必要はないのになぜ志乃は…………。)
+*+
「にしても見つからないな~。」
あの暗と出会ってから体感的には五日ほどたった。
だが、未だ扉は見つからない。
「ねぇ。なんかヒントみたいなのは無いの?」
『……!ヒントね。ヒントヒント……何かクイズ出してましたっけ?』
あれからというもの志乃はずっとボーッとしている。
「クイズじゃなくて、扉のヒント!」
『そうですね…。その鍵は君の為に私が特別に作ったので、その人の特徴が出るとか。春介君のイメージ的に緑系とか黄色系とかですかね?』
志乃でも特徴は分からないなんて。
「って、陽介だってば‼」
『あ、ごめんなさい。でも、私でも詳しいことは分からないんですよ。』
「緑とか黄色?例えばあれとか?」
『そうですね。そんな感じで………………というか、鍵に似た模様在りませんでした?』
「ハハハ。そんなわけ………。」
そう思いながら鍵を見るとそっくりだ。
『陽君。私的にはあの扉、試した方がいい気がする。』
「僕もその意見に賛成。」
陽と呼ばれたが、今は突っ込んでいる場合ではない。
二人でその扉に近づく。
一メートル手前ほど来ると突然志乃が『痛ッ』と言った。
それにびっくりした僕は志乃の方を見る。
すると珍しく地面に足をついて両手でおでこを押さえている。
どうやら頭を打ったらしい。
『いたぁ……………………そこに見えないなんかがある?』
「扉が守られてるって感じじゃないし、ちゃんと触れるよ。」
そう言って志乃の方を見ながらドアノブを触ろうとすると、違和感を覚える。
この扉はレバーハンドル型と言って横に伸びているドアノブだ。
それに持ちやすいように先の方が太くなっていて手の形にある程度はまるような形になっている。
なのに、それが逆さまになっている。
『陽斗君。この扉逆さまになっていない?』
「うん。どころか、全部の扉がそうみたいだよ……。」
『嘘‼』
志乃はあたりを見渡した。
僕が見える限りは逆さまになっているように感じた。
『重力はそのままの鏡の世界に来たみたい…………。って言うか、鍵は⁉』
「逆さまにして挿してもはまらない。」
『外れか…………。』
「ねえ。これ、鏡の世界の方に行っても大丈夫じゃない?だって、さっき志乃がぶつかった所が地面になるかも。」
『それよ‼』
そう言って僕らが下を見ると逆さまになっていない扉が鏡の世界の方にあった。
「ねえ志乃。こんなことってあるの?」
『自然には起きないはずよ………………!』
何か分かったのか目を見開く志乃。
『鍵の力は………………………。』
最後の方は聞き取れなかったが何か考えがあるらしい。
『わかったわ陽介。此処が鏡の世界なのよ。』
「ここが鏡の世界?だって重力とか………。」
『私たちがいた空間、表の世界と鏡の世界がごちゃごちゃになっている……。とにかく、元に戻すから、ちゃんと鍵を持っててね。』
すると志乃は高く飛んでいき、
『我、境界の守護者にて命ずる。現代、次代の者を天世に戻し、元の地に返せ。』
と言った。
そう言った志乃は髪はゆらゆらと揺れ、あたりに光が明るく当たっていた。
これは誰が見ても神秘的としか言いようがなかった。
するとあたりが動き始めた。
星も扉もすべてが動き始めた。
一瞬、一回だけ瞬きをしただけなのに、いつの間にか風景は変わっていた。
「し…………の………………?」
志乃が居たあたりには誰も居らず、鍵を握りしめた陽介一人になっていた。
ただ、さっき見つけた扉は目の前にあり、正常な向きになっていた。
志乃は扉を見つけたら鍵を挿せと言っていた。
志乃がいないところで鍵を挿していいのか。
そう思ったが、善は急げ。
早くやった方がいいと思って、鍵穴に向かって挿した。
「ちゃんと入った……………。」
僕が鍵を左に傾けようとすると
「待て‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
とても大きな声が聞こえてきて、思わず飛び上がってしまった。
声の主は暗だった。
彼は少し遠くにいたので近づいて来た。
すると
「………本当に…………使うのか?」
「え…だって志乃が困ってるから…………。」
人が困っていたら助ける。
人として当たり前のことだ。
志乃が人かは怪しいけど……………。
「あいつは……。」
『陽介。早く挿して。』
その声の主は志乃で、気が付くと隣にいた。
志乃は自分の足で立っていて、声からも決意が固まっているような落ち着いた声だった。
「ダメだ!」
『いいから挿して‼‼』
志乃は僕の手を掴み、挿さっていた鍵を掴ませ鍵を使った。
すると暗の体は光だした。
「よかったね、暗。これで交代だよ。」
声も目元も泣きそうな様子だった。
暗の体が強く光り出した。
「俺はそんなものを………………だ………じゃ………………。」
そこまで言うと暗の輪郭が光によって徐々に消え、光の粒になって上へあがって、最後に消えて行った。
そして僕の服はさっきまで暗が来ていたあの学ランになっていた。
志乃の方を見ると、ゴシゴシと目元をこすり、心からの笑いを見せた。
『陽介には説明がまだだったね。』
僕は嫌な予感がする。
この人生でここまで嫌な予感がするのはこれだけだろうと思うぐらいの。
『君が今日からこの鍵の管理人だ。』
そう言って扉の鍵を抜き、僕に渡してきた。
『と言っても君は何もやらなくていい。管理人とこの世界についてすべて説明するのが私の最後の仕事。容赦なしだけど、全部聞いててね。』
「最後の……仕事?」
『そう。私はこの世界のルールに反したことをした。だから、君にすべてを説明したら私は消える。』
志乃は『だから黙って聞いてね』と言ってから話始めた。
『ここは現世の扉を守る場所。世界中の扉がここにはある。私もこの世界のすべてを知っているわけじゃないけど、その扉を守る役割なんだ。なんでかは分からないよ。でも、ここにいることで管理人が依り代となる。本当にここにいるだけでいいんだ。』
ここで、依り代となっているだけ………。
『その管理人は代々変わってきた。この所四代前から行くと、君たちが見つけた図書館の本の著者、次に君の親友リオ君だっけ?』
亮だ。
『……のお父さん。そしてさっきの暗。そして現代は君だ。』
僕が…管理人?
どうして?
『それはそうだよね……。疑問にも思うよ。でもそれは運命が決める事。私にはどうしようもない。管理人が決まると、私、境界の守護者に次代の鍵が渡され、その次代を探すことが私の仕事になる。と言っても境界の守護者失格だから、鍵は今渡されていない。すぐに次代の境界の守護者が作られるよ。』
「それって…………。志乃……知らない鍵が今あるんだけど、こんな感じに?」
『⁉…………そうなのね。私で四代目だったわね。』
「どういう事?」
『私のような境界の守護者は無くなりました。私はこの世界に作られたものだけど、それも四人目なの。みんなルールを破って消えて行った。』
消えて行った?
『だから、そんなにみんな消えるんだったら、もう境界の守護者と管理人を合体するって事だと思うわ。』
合体…つまり、志乃が言っていた境界の守護者の仕事もやるって事……?
『そういう事になるかもね。消えて言った理由としては、逃亡、サボり、自害未遂。そして私は次代の管理人に説明をしなかった。まあ、名前も変わるわよね。天鍵守と呼びましょう。』
天鍵守………………………。
「さっきから志乃が僕の心の声を読んでいる気がするんだけど………………。」
『表情に出てる。だから君がこれからする仕事は、その鍵を頼りに次代の管理人を探す。私みたいにお手伝いしてもいいけど、そこは任せる。特に期限があるわけじゃないから、受け継が指せなくてもいいよ。次に。管理人に君はもうなったから、扉を使ってどこへでも行けるようになった。例えばそこの扉、使ってごらん。』
すぐ近くの扉を指さす志乃。
鍵はかかっておらず、すぐに開いた。
そこにはどこか、日本じゃない英語圏の町につながっていた。
看板が英語で書いてある物しかないからだ。
『そんな感じで、世界中どこでも行ける。管理人としてここで籠っていてもいいけど、元通り過ごすっていうのもあり。ただ、一日一回ここに来なければいけない。それは絶対。』
すると志乃の体が暗のように光り出した。
『もうこのぐらい。じゃあね。啓介君。』
暗のように消えるのかと思いきや、上に上がらず、その場で光がはじけ飛んで志乃は消えていった。
この暗く、扉しかない世界で僕は一人になった。
「名前…………………陽介だよ……………………。」
+*+
「ウッ……………………。」
起きるとそこは自分の部屋だった。
九ヶ月も時間が経ったというのに、部屋は全く変わっておらず、掃除も行き届いている。
服は学ランのままだが、星の扉にいた時よりも身長が伸びている。
高二になって珍しいが三センチほど高くなっている気がする。
時間が通常に戻ったという事だろうか。
どうも変な感じがする。
下に降りると、少し皺が増えたような母さんが居間に居た。
俺には気付いていないようだ、
「母…………さん。」
「あら瞬。いつの間に早かったの…………………暗………?」
瞬とは俺の兄だ。
そんなに声が似ているのか。
「母さん。」
「暗‼」
母さんは立ち上がって俺に涙目ながら抱き着いて来た。
「暗…………暗…………」と言いながら涙を流している。
しばらく続くと玄関から
「ただいま~。どうしたの母さん。外まで鳴き声駄々漏れ…………」
と言いながら居間に顔を出す兄さん。
「暗…………帰ってきたのか。」
今にも泣きそうな顔になっている兄さん。
すると兄さんがスマホを触ってどこかにメッセージを送ったのかそれから
「無事でよかった。」
そう言って肩に手を置いていた。
♪ランララーンラーンラーン♪
と九ヶ月変わらない着信音で電話がかかってきた。
ピッピッ
と二回操作して
「父さん。」
と話しかけた。
『暗が帰ってきたとは本当か‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼』
どうやらスピーカーにしたようだが、父さんの声はいつも以上にでかい。
「そうだよ。しかも、ビデオ通話って事は暗の顔が見たいの?」
『それ以外に何がある‼‼』
そう言って兄さんは俺らの方にカメラを向けた。
『暗………』
スマホの向こうで泣いているのか静かになった。
『ちょっと黒坂さんうるさいですよ。仕事中です!』
同僚に怒られている。
まあ、怒られるだろうな。
『すまんが息子が帰ってきた‼もう帰るぞ‼』
『ちょ、黒坂さん⁉』
『今から帰るぞ‼じゃあな‼』
そう言って一方的に電話は切られ終わった。
母さんも父さんも兄さんと比べて俺なんかに興味がないと思っていたから戻ってこれるすべはあったのに戻らなかったがそんなことなかったかもしれない。
そのあとは警察やら高二になってからの担任やらが来ていろいろ話を聞かれた。
初めに志乃に会った時にここに事は戻っても誰にも言うなと言われていたので何も覚えていないというしかない。
そういう事で慌ただしい中もう二ヶ月もたち世間はもうクリスマスだ。
俺は一年の留年という事でもう一度高校二年生をやることになった。
今は高1の三学期分の勉強をしている。
だがそれ以前に、目の前に陽介だったか、俺の次代の管理人が目の前にいる。
「なんか用?」
「…………………。」
ガラリと雰囲気が変わり、いつも笑顔に見えていた彼からはその笑顔と目の光が消えていた。
「俺忙しいんだけど。」
「……………一個下だったんだな。」
俺が開いている参考書を見て初めに開く言葉はそれかよ。
つうか、同い年か。
「あいにく高二だよ。管理人になったから勉強がヤバいんだよね。留年決定だし、高1の勉強全く分かんないし。」
「…………………。」
「管理人の仕事はどうだい?暇だろ?あ、志乃がいるか。それとも志乃とは一回もあってない?」
「俺は管理人じゃない。」
………一人称は確か『僕』だったはずだ。
「………………。」
「『管理人』も志乃がやっていた『境界の守護者』も無くなった。今は『天鍵守』に統合された。」
「天鍵守……ねぇ。じゃあ志乃は?」
「さあな。消えた。人間として生きているのか、存在事消えたのか。さっぱりな。」
「へぇ………。じゃあ、次代の天鍵守を探すの?それとも、また俺がやるとか?ごめんだよ。鍵を使わずに、そのまま帰るから。」
自分が管理人になるときに、相場さんから鍵を使わずに扉を開ければ管理人にはならなくていいと言われた。
その時は使わなかったけど、俺が天鍵守に選ばれたならそれを使って天鍵守になるのをやめる。
「そういうわけじゃない。お前は………暗は俺に管理人なんかやらせる気なかったんだろ?」
「……………さあね。」
「だから鍵も盗んだし止めようとしたんだろ⁉」
「……………………………………。」
「…………………………………………………。」
しばらくの沈黙。
「いいわ。帰る。」
そう言って扉を開ける。
そこには家の廊下ではなく、懐かしい星の扉の景色が広がっていた。
「…最後に。」
立ち止まる陽介。
「お前は、志乃を恨んでるか?」
俺が奴に聞くと少し振り返って、目は笑っていないけど、それでも、口元が微かに動いた。
俺にはそれが「そうだ」と言っているのか、「もうあきらめた」と言っているのかわからなかった。
+*+
「……久しぶりだね。三か月ぶりぐらいかな。」
それはいつものように仕事から家に帰る途中だった。
「…………。」
三か月前に会ったっきりの行方不明中のはずの息子の親友が居た。
「懐かしいな。二十代になって学ランを着せられたときは恥ずかしかったけど、十年以上来た学ランだから、すごい懐かしみを感じるよ。」
雰囲気はとてもというほど変わっていて、どこか暗いオーラがまといついている。
「俺らが生まれる前から管理人をやっていたんですね。」
声はとても低く、一人称が変わっていて、別人のような…そんな気がする。
「そうだよ。毎日戻れるって聞いてたし、管理人になる事を決めたんだ。だから暗君が迷わず鍵を閉めたときはびっくりだったよ。志乃ちゃんは元気?」
「志乃は消えたよ。」
そっけなく言う彼は悲しみなのか憎しみなのかわからない答えかただ。
「そうなのか………。」
彼女に特別感情があるわけではない。
彼女は最初に説明をしたきり出て来ず、管理人交代の時に出てきたのが二回目だったからだ。
「亮は元気にやってるよ。君が居なくなってだいぶショックを受けているみたいだけどね。」
「……亮には謝っておいてください。後、俺は次代にこの役割を渡すつもりはないので、二度と顔は見せないと思います。」
そう言って彼は近くの家の扉を開けた。
その先はどこか知らない家の玄関ではなく、約一年見ていない星の扉が広がっていた。
「そうなのか。残念だ。そろそろ戻るのかい?」
「…………。」
「向こうじゃ何も体の変化はないと思うけど、元気でね。」
「…………………………。」
彼は沈黙のまま扉の向こうへ行ってしまった。
長い中読んでいただきありがとうございました。
この結末、あなたはどう感じましたか?
ハッピーエンドととらえるかバットエンドととらえるか。
志乃の行動は善なのか悪なのか。
はたまた陽介の判断は果たして正しかったのか。
これだけではありません。
一人一人の考えが問われるような物語です。
皆様の考察が、私の想像を超えるかもしれない。
それもまた、この物語の魅力のひとつです。
私の初の短編作品。
どうでしたか?
この物語は、あなたに何を残しましたか?