阿呆と馬鹿
お疲れ様です。
第4話です。
本編どうぞ!
judgmentー制裁ー
私の隣に立っている、容姿が私にそっくりの『真影』の胸元にそう書かれている。
どうやらコレが、私の『真影』というものらしい。
「何なんだコイツは……!?」
まだ『真影』について詳しく知らない私は、隣に立つ真影に戸惑った。その時だ。
「誰が…………馬鹿だと……?」
私にそっくりな声で真影が喋った。どうやら「馬鹿」と言われたことに相当怒っているらしい。
「まさか……何かに怒ると発動する真影なんて……! 感情で動く真影……、しかも実体型……!?」
「これは……今まで見てきたどの真影より危険……!」
言われてみると、この真影と呼ばれるものは私が怒った次の瞬間、私の横に現れた。そして、その時の私の感情を反映している様だ……。
「にしても変だ……。何故「馬鹿」と言われただけで……?」
「ええ……。条件があまりにも端的すぎる……!」
「そうだ!阿呆と言われた時には発動しなかった!
何故そこまで『馬鹿』に執着する!!?」
そうか……!彼らはまだ知らない。
私が「馬鹿」に執着する理由を……!
ー富士谷が14歳(2012年)の頃ー
私は読書家。小さい頃から本の虫で毎日の様に本を読んでいた。
そんな中、私は特に心に残った一説がある。 『阿呆と馬鹿』というタイトルのものだった。
「阿呆とは自分が理解してもらえない事を自分で認めない人の事を指すのである。
対する馬鹿は自分でそれを認めている。だから『カリスマ性』が満ち溢れている。馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ」
私はこの一説に心を打たれた。
しかしそれはまだ、「自分が他人に理解してもらっている」と信じていてからこそだったのだ。
私は昔から「変わってるね」とよく言われた。自分では何が変なのかよく分からなかったが、ある時を境に自覚する様になっていった。
「富士谷って何か変わってるよね〜」
そう言ったのは親友の浜間だった。私からしてみると彼も十分に変わっている。彼は誰も思いつきもしない様な事を考え、やってのけるからだ。彼は馬鹿というより、最早天才の域だ。
そんな彼に「変わっている」と言われた。その時はただ流しただけだが、『阿呆と馬鹿』を読んでから思い返すとよく分かる。そしてこう思った。
「あぁ……私は彼とは違ったんだ……」
彼は、自分は他人に理解されていないということに気付いていた。自分でそう言っているのを聞いた事がある。
比べて私はどうだ……? 彼に変わっていると言われた時に、私は何も感じなかった。
「類は友を呼ぶ」
こんな諺がある。
つまり、「他人に理解されていない」人とばかり親友になっている自分も変わっている。
そんな事にすら気づいていない。自覚していない。
私は阿呆だ………。
その日を境に、私は「馬鹿」と言われる事に嫌悪感を抱いた。
私は決して紙一重なんかではない。
誰も私を天才とは言わせない。
馬鹿とも言わせない。
…………私は自分の道を貫くんだ!
僕もこういう考えができる様な阿呆になりたい。
オオバケ!
本日神章開幕しました。そちらもぜひ!
それではまた次回お会いしましょう!