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9.再会


 誰もが寝静まった夜。

 月と星の明かりだけを頼りに、ラニカはゆっくりと、布の擦れる音すら立てずにベッドから抜け出した。


 窓を開け、音もなくそこから飛び降りると、そのまま村の外に出る。

 足音と気配を消したままラニカは街道から外れたところにある、物陰の木までたどり着く。


「うっ、く……おぉぇ……」


 そして、そこで盛大に嘔吐した。


「はぁ――……」


 軽く()せながら、大きく息を吐く。


「酷い様子ね。まるで新兵のようよ」

「似たようなものですので」


 背後から近づいてくる気配に気づけなかった自分の迂闊さを呪いつつ、ラニカは答える。


「初めての人殺しおめでとう。何人殺したの?」

「ありがとうございます。最高の皮肉です。数なんていちいち数えてません」


 昼間の涼やかさとは違う。冷たい声色。

 だけど、ラニカには聞き馴染んだ声だ。


「どれだけ高度な戦闘訓練を受けても、こればっかりはロジャーマン教育ですら無理だものね」

「先輩方からならもっとスマートに割り切れてそうなのに、情けない限りです」

「それはちょっと先輩方を神格化しすぎではないかしら?」


 声の主が苦笑を交えた気配を感じたところで、ラニカは大きく深呼吸しながら振り向く。


 夜陰に紛れるように佇むメレンに、ラニカは暗い顔で訊ねた。


「新兵はどうやって乗り越えるか知ってますか?」

「人の死に馴れるか。人の死に鈍感になるか。自分の感情そのものを殺すか。自分と無関係な相手を動物や魔獣だと思いこむか。そんなところよ」

「なるほど。参考にさせて頂きます」

「ちなみに貴女みたいに適性のない人が無理矢理にでも人の死に慣れる方向に行くと、人間として道を踏み外し出すか、心が壊れ出すコトが多いからオススメは出来ないわね」


 話を聞く限り、新米騎士や、新米冒険者などは大変そうである。

 ただ犯罪者などと戦うとなると、殺しはしないという手段は選びづらい。実力差や物量差があればともかく、そうでもないなら殺さず戦うというのは難しい場面も多いだろう。


「結局は、こうやって殺しては罪悪感で吐くか叫ぶかを繰り返すしかないのよ。貴女の場合、どうせ普段は殺しなんてしないんだから、それで充分でしょ」

「確かに……それは一理ありますね……」


 さすがに、殺し屋などの裏方仕事がメインの場合はそうも言ってはいられないだろうが。

 幸いにして、ラニカは従者であり護衛ではないのだ。戦闘能力に関しても主人と自分を守る為の護身術でしかない。


「水、持ってきてるわ。いるでしょ?」

「はい。ありがたく頂きます」


 水筒を受け取り、口を(すす)いでから、ようやく落ち着いたかのようにラニカは息を吐いた。

 そして、従者の顔でも、護衛の顔でも、貴族の顔でもない――強いて言えば、プライベートのような顔を浮かべる。


「改めてお久しぶりです。メレン様」

「昔みたいに姉様と呼んでくれないの?」

「呼んでもいいんですか?」

「旦那や村のみんなの前でなければ」

「なら、呼ぶ機会は少なそうです」

「今なら呼べるわ」

「あ、呼んで欲しいんですね」


 メレンの表情はクールを保ったままだ。

 だが、昔なじみの特権というか、ラニカにはその些細な表情の変化が分かる。


(尻尾をぶんぶん振り回して喜んでいる犬、かなぁ……)


 ラニカとの再会がよほど嬉しいのだろう。

 もちろんラニカも嬉しい。嬉しいのだが――


「メレン姉様は誘拐されたんじゃなかったんですか?」

「いいえ。単に失踪しただけよ?」


 さらりと返してくるメレンの言葉に、ラニカは自分のこめかみをぐりぐりとマッサージしながら重ねて訊ねる。


「家族や友人にも何も言わず?」

「時間が無かったのよ。騎士を辞めるダルゴが街を出る前に告白したかったし。

 ダルゴが認めてくれても家族は認めてくれないのは目に見えてたから、そのまま一緒に飛び出したっていうのが流れ」


 悪びれもなくそう説明したあと、メレンは少しだけバツの悪そうな顔となり小さく頭を下げた。


「悪かったとは思ってるわ。特にラニカはずっと懐いてくれてたものね」

「エクセレンスに行っている間の出来事だったので何も出来ませんでしたから、かなりショックでした」

「私は貴女がエクセレンスに行くって言ったコトが驚きだったのだから、おあいこでしょう?」

「釣り合いませんよ」


 一般的には、ロジャーマン家の従者教育と呼ばれている。

 だが、正しく言えば――従者を育成しているのはロジャーマン家が運営している従者育成機関エクセレンスという学校だ。


 ざっくり言ってしまえば従者訓練校と言えるだろう。

 ロジャーマン家に鍛えられた従者となれば、ここで何かしらのカリキュラムを受けて合格まで到達できたものを指すのである。


「だってメレン姉様は王室直属諜報局『バリスタ』に所属しているのでしょう?」

「正しくはしていた、よ。しかも下っ端も下っ端。

 失踪やらかした時点で、席は抹消。正規の手続きを踏んだ脱退ではないので、この村にいるのがバレた時、殺されかけてしまったわ」

「何やってるんですか……」


 姉的存在のやらかしに、ラニカは盛大に顔をひきつらせた。

 行方不明になっていたメレンと再会できたのは嬉しいものの、失踪理由もその後の展開も、ラニカはどう反応して良いのか分からない。


「それにしても、バリスタを知っているのね。

 バリスタに所属しているコトは家族にも秘匿する必要があるから、誰にも言えてなかったのだけれど……」

「その存在はエクセレンスで習いました」

「エクセレンスでバリスタの存在を教えて貰えるって人は限られているって知ってた?

 ちなみに条件は最難関カリキュラムを合格できる見込みがあり、かつ人格的に信用できると講師が判断した人」

「え?」

「つまり、貴女がそれだけ見込まれてたってコトね。

 ふふ。姉的存在としては少し誇らしいわ」


 昔よく見た姉の涼しげな微笑を浮かべる。

 だけど、当のラニカは何を言われているのか分からず、ポカンとした表情を浮かべていた。



今日はここまで

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