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8.売買


 ビタン……! と、ラニカはすっころんで顔から地面にダイブする。


 商人が自分の店へと案内してくれている途中――

 突然転がるラニカを見て、アッシュと商人は思わず顔をひきつらせた。


「何やってんだアンタ?」

「転んだだけです」


 立ち上がり顔や服の土を払いながら答えるラニカに、商人が続けて訊ねる。


「何もないところでか?」

「何が無くとも転ぶのってよくありません?」


 至極まじめな顔をして答えるラニカに、アッシュと商人は一度顔を見合わせてから、声を合わせて答えた。


『ねぇな』

「ないですか……」


 それに酷くショックを受けた様子でうめきながらも、ラニカは再び歩き出す。


「ちょい待ち。嬢ちゃん行き過ぎだ。

 嬢ちゃんが転んだとこにある建物が俺の店だかんな」


 それを引き留めて、商人は腕組みしながらこちらを見る。


「そんなワケで、ここが俺の店――ナロイフよろず店。

 そして改めて名乗ろう。俺が店主のダルゴ・ナロイフだ」

「改めても何も名前は初めて聞きました。あ、私はラニカです」

「改めても何も名前は別に聞いたコトなかったぜ。ちなみに、オレはアッシュだ」

「そういや名乗ってなかったっけか?」


 それなりに喋ってたから、名乗ったつもりでいたぜ――と笑いながら、ダルゴは二人を店に招きいれた。


「メレン、帰ったぞ~!」

「おかえりなさい。あなた」


 店に入りダルゴが大きな声を上げると、店の奥から涼やかな女性の声が返ってくる。

 喜びと甘やかな色の混ざるその声からして、メレンという女性はダルゴの妻なのだろう。

 そして、少なくともメレンからダルゴへの思いはかなり強そうである。


「今日はちょっと客を連れてきてな」

「あら、そうなんですか?」


 そうして姿を見せたダルゴの妻メレンは、海を思わせる青い髪を揺らし――ほんの僅か一瞬だけラニカを睨みつけてから、何事もなかったかのように微笑んだ。


「初めましてお客様。ダルゴの妻。メレンです」

「初めましてメレンさん。ワケあってダルゴさんに助けて頂いたラニカと申します。こちらはアッシュ」

 

 そしてラニカも意味ありげに彼女を一瞬だけ睨んでから何事もなかったかのように自己紹介をする。


 ラニカとメレンの睨み合いに、男性陣は気づいた様子はない。


 メレンは涼しげな微笑みを浮かべながら、愛想良く挨拶をするが、そのグリーンライムの双眸の奥の奥には別の言葉が宿っていた。


(パニカージャ男爵令嬢が、このような辺鄙な場所で何をなさっているので?)

(ゲイザー伯爵令嬢こそ。その言葉そっくりそのままお返しいたします。

 数年前に謎の失踪を遂げた方が、何でこんな田舎の店にいるんです?)


 双方あれこれ疑問はあるが、これ以上はアイコンタクトだけで会話するのは難しい。

 元騎士のダルゴはもとより、アッシュもなかなかにカンが良いのだ。


「最近、王都じゃあちょいと誘拐にせいを出している連中がいるようでな。

 二人はそれに襲われ、目を覚ましてから脱出をしたものの、どことも知れぬこの近くで途方にくれてたんだよ」

「まぁ、それは大変でしたね」

「着の身着のままじゃあ路銀もねぇだろしな。今夜はうちに泊めてやりたいんだが、いいか?」

「もちろん。構いませんよ」

「そんなワケで――勝手に決めて悪いんだが、二人とも泊まっていけ。

 特にラニカは薬が抜けきる前に無茶したんだろ? シャワーでも浴びて身を清めて、ゆっくり休んだ方がいいぜ」


 言われて、ラニカは僅かに逡巡する。

 だが、ダルゴが言うこともその通りなのだ。

 このまま無理して身体を動かし続けていても、どこかで絶対無理が生じることだろう。


 いざという時に全く身体が動かなかった場合は、致命傷どころの話ではない。


(それに、どういうワケかメレン様もいるしねぇ……)


 ずいぶんとまぁ可愛く笑うようになったものだと、記憶の中にあるクールで冷めた印象の女性を思い出しながらラニカは胸中で苦笑する。

 だが、ラニカの知る彼女はこういうところで、自分たちに危害を加えるような人物ではなかったはずだ。


「どうすんだ?」


 思案していると、アッシュが訊ねてきた。

 即答しなかったので、少し不安にでもなったのだろうか。


 そんな彼に不安を払拭するようにラニカは笑みを浮かべると、ダルゴたちの方へと向き直った。


「では、ご厚意に甘えさせて頂きます。

 アッシュ君ともどもよろしくお願いします」

「えっと、よろしく」


 ラニカが頭を下げると、不慣れな様子ながらもアッシュも不器用に頭を下げる。

 出来不出来はともかくとしても、必要と思えば人のマネをして必要なことをしようとする気概は評価できる。


 そんなことを思いながらも、ラニカは頭を上げたあとダルゴを見て告げた。


「よろしくついでと言っては何なのですが……ダルゴさん、買い取って欲しいモノと売って欲しいモノがあるんですが」

「おう。なんだ? 用意できるモンなら用意するぜ」

「ありがとうございます」


 自身の胸を叩き、頼もしくうなずいてくれるダルゴにラニカは微笑み、それを告げる。


「買い取って欲しいモノは……今、私が身につけている衣装一式。それと、手持ちの首飾りと指輪を一つずつ」

「下着は買い取れませんよ?」


 クールな顔をして冗談めかしたたことを口にするメレンに、ラニカは苦笑した。


「そういえば王都の路地裏にはそういうお店がありましたね……」

「まだあるんですか?」

「摘発と逃走のイタチゴッコのようです」

「需要があるってコトかしら?」

「どういう需要かは分かりませんね」


 そんなやりとりをする女性二人を横目に、男性二人は少々居心地が悪そうに視線を交わしあう。


「おっさん。こういう時、どういう態度でいりゃいいんだ?」

「いい質問だ。こういう時はな、一歩離れた場所で我関せずがオススメだぞ」


 ボソボソと小声でやりとりをするアッシュとダルゴ。

 もちろん、ラニカとメレンもそれには気づいてたので、二人はすぐに話題を変えることにした。


「売りたいモノはわかりました。次に欲しいモノは何ですか?」

「冒険者や何でも屋らしい装い一式を」


 今のラニカの装いは、お金持ちの令嬢感が強いし、アッシュに関してはいかにもスラム出身ですという見窄らしいものだ。


 まずは見た目だけでも旅人っぽくしたい。


「中古で構いませんので、アッシュ君の分も含めて二人分お願いします」

「それなら、使い古した感じを全面に出した新品を用意する――でいいですか?

 そちらの服一式と小物の金額を思えば、新品で揃えてもかなりお釣りがでますので」

「ではそれで。お釣りがあるのは助かります。王都へ帰る為、路銀はやっぱり必要ですので」


 それから、武器も調達してくれるということなので、ラニカは甘えることにした。


 投擲用のナイフを複数。

 細身の片手剣に、暗器として使えそうな針や、金属製の糸。


 アッシュは愛用している手製のガントレットで充分だと言い張った。

 戦闘面だけでみれば、確かに使い慣れている装備などが一番かもしれない。


 だがラニカがそれはそれで構わないので、ナメられないための見栄の装いをしろとアッシュに告げる。


 ナメられない為の装いというのには理解があったのか、アッシュはすんなりと納得した。

 とはいえ、アッシュの戦い方を邪魔しない方がいいだろうというと、無骨ながら用途の多いダガーをひとつ用意してもらうことにするのだった。



必要な内容とはいえ、ちょっと内容の弱い回だったので、準備が出来たらもう1話いきたいと思います

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