6.彷徨
チンピラたちからある程度の距離をとったところで、街道から外れる。
荒れ果てて枯れ木の多い森の中を進み、少ししたら顔を出す。
ラニカは森を歩きながらも、街道の方角はある程度把握しているので、顔をだしたら街道の方へ足を進める。
だが、途中で街道が消えた。
元々整備されたものではなく、様々な人が使っていた道が、踏み固められてできただけのようなものだった。だが、その手の道が完全に途切れるとは思えない。
しかし事実ここで道が途切れてしまっている。
(途中で、何かを見落としてしたのかな……)
大きく息を吐きながら、ラニカは周囲を見渡す。
もしかしたら、どこかで横に逸れる道があったのかもしれない。
昔はこの道を使われていたものの、今は途中の横道の方が使われている――なんてこともゼロではないのだ。
(それにしても、ここはどこなんだろ?)
そもそも、チンピラたちを迎撃した荒れた丘も、ラニカの記憶にはあまりない場所だった。
(少なくとも王都周辺……王家直轄領内にはなかったはず……)
記憶を紐解けば、この手の荒野は国の東側の光景のはずだ。
(東の国境付近? いや、そんなまさか……。
馬車で二日程度進んだくらいで、いける距離ではないはず……)
頭が働いていない気がする。
見知らぬ土地。それでもサバイバルをしながら、人里を探すには……。
(あー……まずい。今になって急に怖くなって来ちゃった……)
道は分からずとも、チンピラたちは間違いなく巻けたという安心感が、今まで抑えきれていた様々な感情を呼び起こす。
そこに加えて、様々な悪状況をラニカは思い出してしまった。
疲労。眠気。空腹。喉の乾き、精神の摩耗……。
こみ上げて来る大声を上げてしまいたい衝動。
落ち着かないといけない。
声を出して、虚勢を張るように、戯けるように。
(冷静に、冷静に現実逃避をするように……気を紛らわせないと……)
アッシュに対しては、優しいお姉さんではなく、少し意地の悪いお姉さんぶった方が、最後まで上手く立ち回れる気がしてくる。
よし――と、小さく気合いを入れると敢えて大きめな声を出した。
「これは独り言なのですが、休日を満喫していたはずなのにどうしてこんな場所にいるのでしょう?」
「それならオレに聞こえるような声出すなよ」
「独り言を続けますが、自分がドジだとは思っていましたがまさかこんなコトに巻き込まれるのは想定外でした」
「それに関しては謝ってんだろ」
「まぁ正直なところ、思うところがあってわざと捕まった面も否定しませんよ。でもまさかこんなコトになるなんて思わないじゃないですか。独り言ですよ、独り言」
「オレを無視すんじゃねぇよ」
「やっぱり独り言なんですけど。
どんな魔法ならこれが実現するのでしょうね。ふつうの馬車なら最短でも二週間くらいはかかりそうな場所な気がするんですよね、ここ。
少なくとも、王家直轄領地にこんな場所なかったはずですし」
「いい加減にしろよ、テメェッ!」
我慢できなくなったのか、アッシュはラニカの肩を掴んでガクガクと揺さぶった。
「もう、何をするんですかアッシュ君は。
わたしは今、冷静に現実逃避をしているんです。邪魔しないでください!」
「冷静に現実逃避とか言っている時点で色々ダメだろッ! とっとと正気に戻って現実を直視しやがれッ!」
「何言ってるですかッ! いつもの私なら冷静さを欠いて現実逃避どころじゃないんですよ! これでもがんばってるんですよ!? がんばって冷静に現実逃避しようとがんばってるんですよッ!」
「がんばったところでどっちにしろどうしようもねぇようにしか聞こえねぇよ! いいから現実直視しろッ!」
「いーやーでーすー!」
「ガキみたいにほっぺた膨らませてんじゃねぇッ!」
そんなやりとりをしているうちに、ラニカの気持ちも落ち着いてくる。
極限の状況において、日常を思い起こさせるやりとりというのは、清涼剤になりうるのだと、ラニカは実感した。
アッシュの方はそれを意図してリアクションをしているわけではないだろうが。
ただ、今のやりとりでアッシュも少し肩の力が抜けたようなので、ひと安心だ。
(まぁ自分だけが不安なワケじゃないのは分かってるんだけど)
置かれている状況を考えれば、アッシュだって不安でいっぱいのはずだ。
ラニカだけが現実逃避していればどうにかなる状況でもない。現実逃避したって状況は改善されないことに関しては考えないことにする。
何にしても、自分たちが元の場所に戻る以前に――まずはこの場所から生きて人里までたどり着けるかどうかという問題があるのだ。
お互いの魔法で人里を探すのは難しい。
それを確認し、お互いに改めて自己紹介をしてから、今後の方針を考えていく。
「人里もそうですが、水や食料が確保できそうな場所にありつきたいところですが……」
「つっても、緑が少ないぞ、この辺は……」
アッシュの言いたいことも分かる。
最悪、嫌悪感を無視すればバッタなどの昆虫を口にするという方法もあるのだが、そもそもそういう生き物も少なそうだ。
「こうなるとやっぱり水場は人里か、獣の縄張りでしょうね」
「食料や水が少なければ、どこだろうと奪い合いになっちまうのか」
「そんなものでしょう。人間だって動物だって魔獣だって……生き物っていうのは生きるのに水が必要ですから」
そこに貴族も貧民もない。
人間だからではなく、生き物だから水を求めるのだ。
「日も落ち始めてますし……寝床の確保も考えるべきでしょうね……」
「こんな土地だぜ? 飢えた連中も多いんじゃねぇの?」
「そうなんですよね。それを思うと、寝るワケにはいきませんね。
どこかで火を熾こして、夜の間は身体を休める程度になるでしょう」
そう告げながら、ラニカは周囲を見回す。
「夜の不寝番は私がやりますので、アッシュ君は寝ていてくれて構いません」
「いやさすがに、そのくらいはオレが……」
「素人の不寝番はかえって怖いのですよ。
むしろアッシュ君はちゃんと休んで、明日も足手まといにならない体力を残してください」
アッシュの顔が歪む。
色々と言いたいことはありそうだが、同時にこちらの言い分も分かるのだろう。
ラニカの言動よりも、自分のふがいなさを悔しがっているようにも思える。
「まぁそれも、多少は安全が確保できそうな場所を見つけてからの話ですけど……」
その一言を受けて、アッシュは小さく嘆息した。気持ちは大変よくわかる。
さて、どうしたものか……とラニカが考えを巡らせた時――
「なぁ何か音が聞こえないか?」
「音?」
――言われて耳を澄ませば確かに聞こえる。
「馬車かぁ……。
うーん、どうしようかな」
追っ手か、通りすがりか。
その判断する要素がない状況に、ラニカも小さく嘆息した。
本日はここまで