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4.脱出


(これからするコトは躊躇(ためら)えば女神の元へ還るコトになる。ミスしてもそう。成功しても誰かは女神の元へ行くし、一度始めたならば、止まれない……)


 少年に固めてもらった布のナイフを手にしながら、ラニカは一度大きく深呼吸をした。


(怖いし、本音を言えばやりたくないし……だけどそれでも――彼と一緒に生きて帰りたいなら、実行しないという選択肢はない)


 ラニカは熱心な天愛教の教徒というワケではない。

 それでも女神に祈らずにはいられず、小さく祈った。


 祈ってしまえば――あとは覚悟を背負って双眸(そうぼう)見開き、成すべきことを成すべく動くだけ。


 一番の懸念事項は、自分のドジだ。今の瞬間だけはなりを潜めていてもらいたい。

 女神だけでなく、自分のドジへと今は顔を出すなと祈りを捧げながら、ラニカは小さく覚悟を決める。


「えいっ!」


 さほど大きくない声で気合いを入れつつ、布のナイフを御者へ向かって投げつける。


「がっ……?!」


 それは綺麗に御者の首の後ろに突き刺さった。


 グラりと御者の身体が傾く。


「魔法の解除を」

「あ、ああ……」


 戸惑いながら魔法を解除している少年を横目に、ラニカは幌の後部に手を当てる。

 すると、そこを中心に炎が灯り、円形状に広がっていった。 


「アンタの属性は火か」

「君と違って珍しくなくて申し訳ないですけどね」

「珍しかったら珍しかったで制御方法がわかんなくて面倒なだけだ」


 皮肉げに口を歪ませる少年に、なんと答えて良いか分からず苦笑だけ返す。


「アッシュだ。お互い呼び名が分かってた方が連携しやすいだろ?」

「ラニカです。意外と考えてるんですね」

「一言余計だ」

「それは失礼しました」


 軽口を叩き合っていると、不思議と気持ちがラクになっていく。


「さて――」


 ここから飛び降りようか――と考えた時、周囲から声が聞こえてくる。


「どうしたッ!?」

「おい、幌が燃えだしてるぞッ!」

「クッソ! あの女の仕業かッ!?」


 外から聞こえる大声に、ラニカは思わずアッシュと顔を見合わせた。

 聞こえてくる声の距離感から、同じような速度で併走していると考えられる。


 つまり、外のお仲間も馬に乗っているようだ。


 そもそもそのことを想定していなかったことに関してはラニカの落ち度ではある。

 だが、ラニカはそれを表に出さないように肩を竦めた。


「結構、お仲間いたんですね……」

「こりゃまた厳重なコトで」


 お互いに嘆息を漏らしあったあとで、ラニカは一言お詫びを告げる。


「ちょっと貴方のプライドを傷つけるかもしれませんが、文句は後で聞きます」


 言うなり、彼女はアッシュを横抱き――ようするにお姫様だっこだ――して持ち上げた。


「あ? ちょッ!? 待て、テメェ急に何を……!」

「口を閉じておかないと舌噛みますよ!」

「は?」


 恐らく恥ずかしいのだろう。

 その気持ちは理解できなくもないのだが、のんびりしている暇はなさそうなのだ。

 先ほどの宣言通り、文句はあとで聞くつもりでラニカは荷台の縁に足を乗せた。


「飛びます」


 それだけ口にすると、ラニカはアッシュを抱えたまま勢いよく馬車から飛び降りる。


 軽やかに地面に降り立つと、片手でアッシュを抱えたまま、もう片方の手を燃える馬車へと向けた。


()ぜて」


 瞬間――ラニカが掲げた手から、高熱を伴う衝撃波が放たれて、燃える馬車に直撃。

 言葉通りに衝撃波は爆ぜて、馬車の炎上を早めた。


「うおッ、なんだッ!?」

「クソッ……! あいつら……!」


 理想としては、御者の首に刺さった布も燃えて欲しいところだ。

 手の内に関するヒントが残るような状況は作りたくないと、ラニカは考えていた。


(まぁ放火が真っ先に私の仕業にされたあたり……たぶん彼らはアッシュ君の魔法をある程度理解しているんでしょうけど)


 とはいえ、ただ火をつけるだけの魔法だと勘違いしてくれる分にはラニカとしてもありがたいのは間違いない。


「申し訳ないですが、このまま少し抱かれててください」

「は?」


 このまま馬車が通ってきた道を逆走しても良いのだが、それだと少し道が良すぎる。

 相手が馬に乗っている以上、走りやすい場所で追いかけっこしたところで勝ち目はない。


 ラニカは躊躇うことなく、近くの茂みの中へと飛び込んでいった。

 そのまま茂みを進んでいく木の数が増えていき、林のようになっていく。

 それでもひたすら進んでいると、背後から追いかけてくる音が聞こえてきた。


 とはいえ、馬に乗ろうが徒歩であろうが、この茂みを突き進むのは簡単なものではないはずだ。


 木々が増えれば枝も増える。

 馬に乗ったままだと、むしろそれらの枝が邪魔になることだろう。


(でも、いつまでも逃げられないんだよね。どこかで迎え撃ちたいけど……)


 走りながら、視線だけで周囲を見回していると、視界が開けた。


(うっ……林はここまでか……!)


 林を抜けると、岩や乾いた土の多いまさに荒野と呼べるような場所に出る。

 握り拳くらいのサイズの石が多く転がっており足場は悪そうだが、見通しは決して悪くない。


(左前方、なだらかな坂……。あそこがいいかな……)


 迷っている時間はない。

 ラニカは全力で駆けだし、その坂の頂上付近までたどり着いた。


「我慢させてしまっていてすみません」


 詫びながらアッシュを下ろすと、彼は困ったような呆れたような顔をする。


「いや良いんだけどよ……アンタ、すげぇな。オレを抱えて、走りづらそうなとこ全力で走ってよ」

「あくまで距離をあけただけで逃げ切れてないので、すごくもなんともありませんよ」

「そういう意味じゃねぇんだけど……」


 ならば何なのだろうか――と首を傾げつつ、今はそれどころではないので、ラニカは自分の胸元に手を入れた。


「なッ!? 何してんだアンタッ!?」

「え? 今着てる服だとポケットとかよりも紐を出し入れしやすそうでしたので」

「そういう話をしてねぇよッ!」


 そんなやりとりをしながら、ラニカが取り出したのは二人の両手両足を縛っていたヒモの切れ端だ。


「魔力に余裕は?」

「まだそれなりにあるけどよ……」

「じゃあこれ。できるだけ真っ直ぐの状態で固めてください」

「いや、こんなの何に……」

「良いから早く。そろそろ抜けてきますッ!」


 ラニカの言葉に驚きながら林の方を見れば、その奥に確かに追っ手がいるのが見えた。

 アッシュは慌てて魔法を使う。


 真っ直ぐの状態で固めたヒモの切れ端をいくつか手渡す。


「可能な限りたくさん固めて渡してください。

 最悪、真っ直ぐでなくても構いません」


 金色に輝く金属と化したヒモの切れ端を、ラニカは指の間に挟んで構える。


「来た……ッ!」


 ラニカが漏らす言葉の通り、林を抜けてきた追っ手が、馬と一緒に姿を見せた。


今日はここまでとなります。

また明日、次話を更新予定です。

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