3.確認
「……!」
ハッと意識が覚醒する。
身体が痛い。頭も重い。
後ろ手に両手首がヒモで拘束されており、足首も同様だ。
「目ぇ、覚めたかよ」
ラニカが身動ぎをしたからだろう。
近くにいる人物がギリギリ聞き取れる小さな声量で声をかけてきた。
ぼんやりとして動きの鈍い脳をなんとか動かし、重い瞼をむりやりこじ開ける。
それからモゾモゾと身体を動かし、何とか起きあがった。
声を掛けてきたのは、誘拐されそうになっていた少年のようだ。
「悪かったな、巻き込んで」
「あー……いえ、不可抗力でしょう」
ここは恐らく馬車の上。分厚い幌の中だろう。
僅かに漏れ入る明かり以外は真っ暗ながら、腰やお尻に悪そうな振動を常に感じる。
御者は恐らく誘拐犯の一味。
だからこそ、彼は小さな声で喋るのだ。
「アンタ、大丈夫か?
アレからほぼ丸一日とちょっと寝てたんだぜ?」
なるほど。
だから、頭の奥に妙な頭痛が残っているのか。
お腹も空いたし、ずっと変な格好で転がされていたので、全身が痛い。
それでも、まずは状況の確認をしなければ。
「場所は分かりますか?」
「さぁな。馬車に魔法が掛けられた気配はあったが、それ以外はずっと走りっぱなしだ」
「馬を休憩させずに、ですか?」
ラニカの問いに少年は少し考えてから首を横に振った。
「いや。恐らく一度、馬を変えた。
馬車に魔法を掛けたタイミングが、それだった気がする」
「ふむ」
小さく相づちを打って、ラニカは思案する。
(用意が周到ですね。
かなり前から、この少年を誘拐する算段を付けていたとしか思えない)
突発的、衝動的な誘拐であれば、交代用の馬や、馬車へ魔法を掛ける為の人員を準備する余裕はないはずだ。
(あるいは、常にその場所には交代用の馬が準備されていて、王都を抜けてそこまで行ければほぼ成功するとか、そういう奴だったりして?)
その場合、衝動的なモノであっても準備が万端だったりするだろう。
(考えていても仕方がないか。とりあえず……状況確認っと)
両手首は後ろでにヒモで縛られている。
足首も同様だ。加えて、少々首元が苦しい。
チラりと少年を見れば、彼の首元にも同様のものがあった。
(黒皮の首輪……これ、粗悪品ですが魔封じかな?
魔力のコントロールがかなり乱されるから、完全に封じられるよりも逆に面倒かも)
迂闊に魔法を使おうとすれば、暴走や暴発が確実に起こる。
(まぁ魔法なんて使う必要ないんですけどね)
もぞもぞと動き、少年の方へと足を向ける。
「なにやってんだ?」
「少し離れててください」
「あ、ああ……?」
戸惑った少年を気にせず、ラニカは靴に仕込んであるギミックを起動させるべく、踵で強めに床を叩いた。
ガション! という小さな音とともに靴のつま先から、刃が顔を見せる。
「……殺し屋か何か、アンタ?」
「いえ。とある家にお仕えする従者です」
「うそつけよ」
驚いたような呆れたような顔をしながらも、ラニカが靴から刃を出した意味を即座に理解したのだろう。
「ちょいと借りるぜ」
「是非」
彼はガタガタと揺れる不安定な上に、薄暗い馬車の中で、四苦八苦しながら自分の手首に巻き付いているヒモを切り落とした。
不格好な金属製の手袋のおかげで、結構大胆に刃に近づけていけるのか、それでもラニカの想像よりもだいぶ早い。
手が解放されてしまえば、あとは足だ。
「手で持つなら、中からも外からも踵にはチカラを込めないように」
「わかった」
そしてすぐさまラニカの靴を手に取ると、彼は自分の足首と、ラニカの手足も解放する。
それから、その靴の刃を使って、首輪もねらう。
「切って平気なのか?」
「確かにこの手の首輪の中には、無理矢理外そうとすると妨害する機能を有してたりするものがあります。でもだいたいは高級品ですね。
今の私たちについているのは安物なので、まずそんな機能はもっていませんから大丈夫です」
効果はともかく、商品としては粗悪品だ。
彼は若干不安そうだが、気にせずに切り落とす。
解放された首を撫で、彼は小さく安堵すると、ラニカの手から靴を取った。
「自分でやるよか、オレがやった方がいいだろ」
そうして、ラニカの首輪も切り落としてもらう。
「ありがとうございます」
「それはこっちのセリフだ」
お礼を言うと、靴を返してきながら、ぶっきらぼうにそう言った。
視線を逸らしながら口にする様子を見るに、あまり人に礼を言ったり言われたりに馴れてないのかもしれない。
ともあれ、開放感にあかせて軽くストレッチをしたラニカは、すぐに靴を履き直す。
「持つべきものは優秀な先輩ですね。彼女の教えに救われました」
「興味から聞きてぇんだが、何て教えだ?」
「従者たる者、常に主とそして自分を守る為の手段は用意しておけ――です」
「間違ってねぇ気はするのに、アンタの靴を見ると間違ってる気がしてくんのは何でだろうな?」
「助かったんですから、間違ってないんですってば」
何やら納得のいってない顔をする少年をひとまずは無視して、ラニカは馬車の幌に触れた。
本来、幌の背面は荷物等の出し入れがしやすいように開くはずだが、この幌にはそもそもが御者側以外に開閉できる切り込みがない。
(馬車にかけていたという魔法――効果が分からないのが怖いですが……)
試したいことがあるのだが、それに利用できそうなものがないかを見回す。
そういえば財布などの私物の入ったカバンは周囲にない。
恐らくお金は抜き取られ、それ以外の中身やカバンそのものモノは売り飛ばされていることだろう。
(まぁ、売られているのであれば好都合なんですけどね)
カバンにも財布にも、お仕えする公爵家の従者を示す紋章のようなものをこっそり仕込んである。もちろん実家であるパニカージャ家の紋章もだ。
その二つが揃うような立場にいる者など、自分以外に存在しない。
(表のお店に売るなら、旦那様やお父様に確認がいく。
裏のお店に売るにしても、それに気が付けば売りに来た相手を警戒するはず……)
旦那様か、お父様か、はたまた王都の裏組織たちか。
なんであれ、売った人間や組織は、それぞれから敵対や警戒の対象になるはずだ。
(お嬢様とそのお付きをしている先輩は情報通。
どういう手段で情報を集めているか分からないけど、私が残してきたヒントなどから、色々と手を打ってくれるはず……)
どの思考も、最後はそのはず――となってしまい確証がないのが不安だ。
だけどそれでも――
(ドリップス公爵家の皆様も、お仕えする皆さんも、全員優秀だから……。
私を見殺しにするコトはあれ、この怪しい誘拐事件は解決してくれるのは間違いありません)
それをより確実にする為には、少年とともにラニカが生還することだろう。
(よし)
小さく気合いを入れると、靴を片方脱いで再びつま先から刃を飛び出させる。
それで幌を作る布の隅の方を切り取る。
つづけて、さらに幌に目立たない切り込みを入れて、そこから切れ端を外へと投げた。
何事もなく外へと飛んでいくそれを見て小さくうなずく。
(脱出を妨害するたぐいの魔法ではなさそうですね)
もちろん、幌の切れ端が大丈夫だったからといって人間が大丈夫だという保証はないが。
靴を履き直したラニカは、少年に問いかける。
「まず、この馬車から脱出しましょう。
貴方の魔法。もしよろしけば良いので教えてください。何ができるか、ザックリで構いません」
問われた少年は少しだけ考えてから、荷台に散らばったヒモの切れ端を手に取った。
「こんな感じだ。モノを固められる」
金属製の手袋の人差し指がうっすら金色に輝くと、その光がヒモに伝わっていく。
「さわって平気ですか?」
「問題ねぇ。暴走してねぇ場合に限るが、だいたいオレが固めたい範囲で固まる。それに固められるのは、オレが触れたモンだけだ」
説明に引っかかるモノを感じたラニカだったが、そこを掘り下げるつもりはない。
ここで彼の伏せ札を暴く理由はない。モノを固める魔法。それが分かるだけで十分だ。
とりあえず、固まったヒモを受け取る。
「本当にカチコチですね……これ、ほぼ金属では?」
「……ああ。ほぼというか、完全に金属化してんだよ」
なるほど。これは使えそうだ。
「これが元に戻る条件は?」
「基本的には直接触って解除する」
ラニカの手から固まったヒモの切れ端を抜き取り、解除してみせる。
そして、付け加えるように告げた。
「それと……少し疲れるが、オレの視界にあるなら、まぁ解けなくもねぇ。
そして解かねぇ限りは、基本的にそのままだ。維持すんのに魔力はいらねぇしな」
言葉では少し疲れると言っているが、この言い回し――実際は相当疲れるのだろう。やりたくないという空気をヒシヒシと感じる。
ただ、敢えてそれを無視して、遠隔解除をお願いすることにしよう。
「アンタの魔法は?」
「あとで教えます――というか、すぐに分かります」
靴の刃をつかって馬車の幌の一部を小さく切り取り、その布を刃物のような形に整える。
「これを固めてください。
そして、合図をしたら遠隔で解除をお願いします」
「……わかったよ」
色々と言いたいことはありそうだが、脱出するという言葉は信じてくれるようだ。
「それじゃあ、脱出を開始しましょう」
「まぁ脱出に異論はねぇよ。オレも帰りてぇし。けどよ、手際良すぎだろ。マジで従者なのかよ、アンタ?」
「マジで従者だって言ってるじゃないですか」
全くもって――どうしてこの少年は信じてくれないのだろうか。
ラニカは心外だとでも言うように、わざとらしく首を傾げるのだった。
3話までのつもりでしたが、もう1話公開した方が良い気がするので、もう1話行きます!