18.襲撃
アッシュがココーナの元で思いつきを色々と試していると、周囲は少しずつ暗くなってきていた。
「さて、そろそろ町へ戻ろうか。だいぶ日が傾いてきた」
「もうちょっと……と、言いたいが、日が落ちると外はさすがに危ないか」
「存外聞き分けがいいな、キミは」
ココーナがそう笑った時だ、周囲に見慣れぬ人が集まってくる。
ざっと数えたところ、十五人ほどだろうか。
「……ふむ。出来ればもっと早く来て欲しいモノだったが」
「オレを狙ってる連中か」
「ああ」
基本的にはチンピラの群れのような感じだ。
騎士というには装備が整ってないし、冒険者というには旅慣れた様子もない。
それならば地元密着型の何でも屋かとも思ったが、それも違う。
冒険者をやらずに町に根付いて何でも屋というのは、その町特有の匂いを纏うものだ。
もっと言うなら何でも屋に限らない。
チンピラであれ、スラム出身であれ、貴族であれ――地元民や、その町に長く滞在していたりするものには、町特有の纏っているものがある。
だが、目の前に現れた彼らは、明らかに地元出身者とは異なる気配を見せている――と、ココーナは見抜いた。
「女。悪いがそのガキをこっちによこしてくれないか?」
「断る。いかにも賊のようなナリで、まるで賊のような要求に、素直に応えるワケがないだろう?」
ココーナはそう答えて、右手を空へと真っ直ぐ伸ばす。
「あと、私が誰か知らぬなど、この辺りではモグリを謳ってるのも同然だぞ?」
「は?」
次の瞬間、掲げた右手から竜巻が解き放たれて上空で渦巻き、ややして消える。
「なんだァ?」
「ここがどこだか分かっているのだろう? あるいは、分かっていても実感はないか?」
次の瞬間、突風とともにココーナの姿がかき消え、チンピラの一人の目の前に移動していた。
「え? は?」
目の前に現れたココーナに戸惑うチンピラの一人。
ココーナはそのチンピラの顔を鷲掴みにすると天高く持ち上げた。
「伊達や酔狂で騎士や兵士の頭を張っているワケではないのだよ」
宣言と同時に、持ち上げられたチンピラを竜巻が包み込む。
中で無数の風の刃が舞う竜巻によって、瞬く間にズタズタに切り裂かれボロ雑巾となったチンピラ。
ココーナはそれを――それこそ汚れた雑巾を投げ捨てるかのようにポイっと放った。
「姫――などという名の付いた二つ名を自ら口にするのは些か恥ずかしいが、ハッタリとして有用である以上は名乗ろうか?」
パンパンと埃を払うかのように手を叩き、両手を後ろ手に組みながら胸を張って彼女は告げる。
「私は三関の街トライブレンの三領長が一人。ココーナ・スイル・トナマウイだ。人呼んでトライブレンの竜巻姫。ここらのゴロツキや賊共の間では有名だぞ?」
堂々とした名乗りにチンピラたちはたじろぐ。
だが、いかにもリーダー然とした男の号令で気を取り直した。
「お前らッ、いくら腕利きとはいえこの人数差だッ! 囲んでボコればなんとかなるッ!」
「フェインの兄貴!」
「そうだ! フェインの兄貴の言う通りだ!」
騒ぎ立ち、気勢を上げるチンピラたちに、ココーナはやれやれと嘆息する。
突風を起こして牽制をすると、即座にアッシュの元へと戻る。
それから改めてチンピラたちを見回し、笑みを深めた。
「デスクワークばかりも飽きてきたところではあるし、久々に実戦を楽しむとするか」
「ココーナ。一人回してくれ。試したい」
その横でアッシュが小さくそう口にする。
ココーナはその言葉に微かな笑みを浮かべると、うなずいた。
「かかれッ!」
チンピラたちが一斉に動き出す。
「竜巻姫の異名の意味、理解するがいい」
それを見据えながら、ココーナは気負った様子もなく、軽く右腕を振るった。
次の瞬間、猛烈な風が吹き荒れて、一斉に襲いかかってくるチンピラたちが吹き飛ばされていく。
その中で突風を堪えて、こちらへと肉迫してくるチンピラが複数人。
耐えたチンピラたちを確認すると、ココーナは軽く伸ばした右手の人差し指と中指を、クンっと上に振るった。
「そらッ、これはどうだ?
次の瞬間、チンピラたちの足下から上空へ向けて、細長い竜巻の群れが発生して、巻き上げていく。
悲鳴を上げて上空へと舞い上がるチンピラたち。
そんな中、細い竜巻の群れから逃れたチンピラが二人いた。
片方はアッシュに近い位置におり、もう一人はココーナのすぐ近くまで迫ってきている。
フェインと呼ばれたリーダー格だけは動かず様子を見ているようだ。
アッシュは、ココーナが魔法の使い方を加減して相手を用意してくれたのだと理解する。
だから、自分の側にいる男をしっかりと見据えた。
「すげー風魔法だったがッ、なんとかなったぜッ!」
男はナイフを抜き放ち、アッシュへと踏み込んでくる。
突き出されたナイフを、アッシュは身を屈めて躱しながら、一歩踏み込み、左手の肘を男の鳩尾にねじ込む。
「ぐぇ!?」
(魔法ナシでも余裕そうな相手だが、色々試させてもらうか)
その姿勢から右手でなにかをすくい上げるような動きをする。
すると、金色に煌めく何かが塵のように無数に舞って、男の顔を襲った。
「……ッ!?」
思わず目を伏せる。
目潰しの砂とでも思ったのだろう。
「げほッ、ゲホゲホッ!?」
だが直後に、男は鳩尾への攻撃によるモノとは明らかに違う咽せ方をする。
「あれを吸い込んだ結果か。なるほど悪くない」
「ゲホ……テメェ、何を……」
「敵対する相手に自分の手の内を明かすヤツはいねぇだろ?」
言いながら、アッシュはボディへ向けて拳を放つ。
「ゴッ……ァ!?」
男の服の一部が、拳の形に固まって金色へと変色。
拳からでも触れた場所を固めるのが成功して、内心で口の端をつり上げる。
「もう一発ッ!」
その変色した場所へともう一発、拳を打ち込む。
すると、固まった部分が砕け散り、地肌へ直接金属のグローブによる拳が叩き込まれた。
そのまま吹き飛んで伸びる男を見下ろしながら、アッシュは上手く行ったことに安堵する。
「いいぞアッシュ。悪くない技だった」
「おう」
照れくさそうに返事をした時、ココーナの近くにいた男が声を上げる。
「よそ見してんじゃねーぞゴラァッ!」
「よそ見?」
声を上げながら踏み込む男へと、ココーナはアッシュの方へと視線を向けたまま首を傾げる。
「手加減と言ってくれたまえ。お前程度の相手など、よそ見しながらでも十分だ」
言いながらココーナはパチンと指を鳴らすと、突如、男の全身に深い切り傷が無数に生まれ、その場で倒れた。
指を鳴らすと同時に、男の周囲へと風の刃を無数に生じさせたのだ。
「さて、あとはキミだけだぞフェインとやら」
「クソがッ!」
ヤケクソ気味に吠えるフェイン。
その前に、アッシュが立ちはだかる。
「アッシュ?」
「少し、オレにやらせてくれ」
「構わないぞ」
そのやりとりで、ココーナが一歩引く。
「ナメやがってぇぇッ!」
フェインは大声を上げながら、地面を踏みしめる。
すると、その半歩先辺りの地面が隆起し、勢いよく飛び出してきた。
だが、アッシュはそれを苦も無く躱す。
「なッ!? 今のを初見で躱すか……ッ!?」
「似たような技を以前見た。そっちは火の魔法だったけどな。お前のより凄かったぜ?」
叫びながら足を上げた時点で、このタイプの攻撃であると予想していたのだ。
地面の隆起による攻撃を躱したアッシュは、自身の攻撃が届く間合いよりも少し手前で、右腕を振るった。
「シィッ!」
瞬間、目の前に金色の粒子が渦を巻く。
これこそが、先ほどまで練習していたアッシュの技。
一人目の男を倒したのと同様に、空気に含まれる塵や水分などアッシュの魔法で金へと変化させられる物質をまとめて変えた結果生じた現象。
空気中の塵や水分などが突然金属化したことで質量に変化が生じ、それによって気流が動くため、粒子が渦巻いているのだが――アッシュは、原理などどうでもよかった。
これをすると空気が渦巻き、そこに金属化した細かい物質が乗って渦巻く。
それが人を巻き込めば、肌を傷つけ、吸い込めば肺を傷つける。
原理はともかく、そういう現象が起きているのだと理解さえしていれば、あとはそれを使いこなすだけだ。
「オラァ!」
その現象を、細く長い足で鋭く蹴り飛ばす。
すると、それらの金の粒子が拡散しながらフェインへと襲いかかった。
「こんな小細工……ッ!」
フェインは咄嗟に腕で自分の顔を覆う。
先の一戦で、部下が急に咽せだした原因をこの粒子だと判断したのだ。
それ自体は間違いない。
だが、顔を覆うということは、視野を狭めるということだ。
アッシュは踏み込み、死角から手を伸ばす。狙いは相手の肩近く。
殴るのでもなく、ただ触る。
そしてウェインの右肩の辺りが金色に染まる。服が固まったのだ。
可動域が無くなり顔を覆った状態のまま右腕が上手く動かせなくなる。
「チィ、これは……!」
「そらッ!」
右脇腹に強烈なブローを一発。ついでに服も固める。
「あ、ぐ……」
身体を歪めて呻くウェイン。アッシュは容赦する様子もなく、次の技を構える。
「ただでは済まねぇぞ!」
右手を開き、その腕を右下から上へと振り上げるようにと大きく振るう。
瞬間、金の粒子がまるで竜巻のように渦巻いた。
「うあああああ……ッ!?」
粒子の渦に飲み込まれて悲鳴をあげるウェインへ向けて、右手を硬く力強く握り締めて、身体を引き絞る。
「仕舞いだッ!」
アッシュはその渦の中でよろめくウェインへ向けて、体当たりをするかのように拳を振るう。
その拳がウェインを捕らえると同時に、金の粒子たちは一斉に弾けるように、吹き荒れて、消えていく。
あとに残ったのは倒れたウェインだけだ。
「よし。戦う分には問題ないくらいにはなったな」
ふぅ――と息を吐くと、ウェインとの戦いを見ていたココーナが呆れたような声を掛けてくる。
「キミはあれだな。いわゆる天才の類いだろう?」
「そうなのか? よく分からねぇけど、まぁチカラの役立て方が分かったから、それでいいさ」
よもやチカラの使い方を教えたそばから使いこなすどころか、戦闘に役立ててしまったのだ。ココーナとしては何とも言えない顔になってしまう。
「まぁキミがそれでいいなら構わないがな。
ともあれ、そのチカラが今後も使いこなせるようなら、ラニカのチカラにもなれると思うぞ」
「そうか。そいつは何よりだ」
どちらにしろ、魔法をどう使うかは本人次第だ。
アドバイスが有効に活用されたのであればそれでいい――と、ココーナは肩を竦めた。
「トナマウイ領長ッ!」
そこへ、ココーナの部下達が集まってくる。
相手が弱かったのですでに戦闘は終わっているが、迅速な集合だ。
「良いところに来た。倒れている賊共を捕らえてくれ!」
「はッ!」
騎士達がテキパキと倒れた賊を運び始めるのを見ながら、ココーナはアッシュへと声を掛ける。
「とりあえず、これでキミたちを狙っていた連中の一部は片付いた。安心して先へ行けるぞ?」
「……外での魔法練習はこの為だったのかよ」
「一石二鳥といってくれ」
呆れたようなアッシュに、ココーナは勝ち誇った顔を浮かべて見せるのだった。