17.魔法
ココーナに案内されて、アッシュは町の外へと出た。
「魔法の練習となると、周囲に影響を与えない場所であるべきだからな。
ここかなら、爆発などが起きても問題はない」
人気はないが町の壁にほど近い場所。
そこで、ココーナは私もいるしな――と最後に付け加えつつ、そう告げる。
「まず基本的なところから確認したい。キミは魔法の具体的な内容は言わなくて良いのだが、大雑把な効果を知りたい」
「いや、大雑把な効果と言われてもな……」
「そう難しく考えなくて良い。例えば氷属性で触れたものを凍らせる魔法なのであれば、触れたモノを固まらせる、堅くする……そういう言い換えをしてくれて構わない」
それを聞いて、アッシュはそれなら――と一つうなずく。
「まさにモノを固める魔法だ」
「ふむ。暴走すると言ったが、具体的にはどう暴走するんだ?」
「あー……オレの意識してないところで発動するんだ。パンを食おうとして握ってたパンを固めて食えなくしたりとかな」
「なかなか難儀な話だが……それは常にか?」
「いや、毎回あるワケじゃない。イラだってる時とか、気持ちが荒れてる時は多いな」
「なるほど。典型的な魔力暴走だな」
「そうなのか?」
「ああ。火属性の魔力暴走などが分かりやすい。感情の発露で周囲に火を放ってしまったりとか、手にしたモノを焦がしてしまったりなど……わりと珍しくない」
ココーナの言葉に、心当たりがある……とアッシュがうなずく。
「そういえば、イライラしてぶん殴ったゴミが纏めて固まったりしたコトあったな……。
さすがにやばいと思って慌てて解除したんだが……」
「ふむ。ならば感情によって暴走しないようにするのが一番だ」
「いやそれが出来れば苦労しないんだけど……」
「難しく考えるな」
フッ――と、ココーナは笑う。
手を掲げると、そこに風が渦巻いているのが見えた。
「魔法というのは心のチカラだ。心のありようが魔法へと反映される。
だからこそ、同じ属性の魔法であっても、最終的な形や使い方は、千差万別だ」
ココーナの言葉にアッシュが難しい表情を浮かべる。
それを見ながら、ココーナは集めた風をそよ風に変えてアッシュの方へと流す。
「手にした魔法をどういう形にしたいのか、どう使っていきたいのか、それを明確にする。
それが難しいなら、まずはルールを作るんだ」
「ルールっていうのは?」
「いくつかやり方はあるが――
多くの者が採用しているのは、動作と魔法を結びつけるコトだ。指を鳴らした時に発動する……みたいな感じだな。
他にも魔法効果に名前を付けるというのも多い。それを口にした時だけ発動させるといった具合だ」
ココーナの説明を聞いて、アッシュはふと手製の金属グローブに目を落とす。
「オレ、それ出来てるかも」
「ほう?」
「このグローブをしている時だけは絶対に暴走しないんだ。
最初は触った時に、無意識に固めるから、このグローブをしていれば大丈夫じゃないかな? と考えてつけていただけなんだけどよ」
「魔法を発動するのに外す必要はあるのか?」
「いや付けたままでもできる。グローブ越しでも固まらせたいモノを触れて、固まれって念じるといける」
「ならば、基本制御は出来ているというコトだな」
良いことだ――と、ココーナは笑った。
彼女の話によると、意外とこの基本制御で苦戦する人が多いらしい。
「グローブ無しでの完全制御も恐らくはそう難しくないだろう。だが、まずはグローブ有りでの制御をより正確にし、あとはグローブ無しで慣らしていくだけだ」
「つまり、時々グローブを外して制御の練習をすればいいのか?」
「そうなるな」
うなずくココーナに、なるほどとアッシュは自分のグローブに包まれた両手を見下ろす。
そんなアッシュを見ながら、ココーナは笑った。
「思ったよりも教えるコトが無かったな」
「いや」
そんなココーナにアッシュは首を横に振る。
「基本的なコトを教えてくれただけでもありがたかった。その上で頼みたい」
「なんだ?」
「この魔法を使った戦闘方法を教えて欲しい」
「そうは言ってもな……基本四属性外の魔法の使い方というのは、特異すぎて難しいコトが多いんだ。ましてやキミの魔法は、そこから派生したモノでもないのだろう?」
「難しいコトはわかんねぇけど、それでも足手纏いはヤなんだよ。せめて、この魔法で身を守る手段くらいは欲しいんだ」
「うーむ……」
ココーナは下唇を指の先で撫でながら眉を顰める。
アッシュの固める魔法がどういう原理で、どう固めるかが具体的に分かっていない以上、有用なアドバイスは難しいのだ。
少し悩み、ややしてふと思いついたようにココーナはアッシュに訊ねる。
「……そうだ。アッシュ、ならば確認したい」
「ああ。なんだ?」
「キミの魔法で固めるコトができるのはどの範囲だ? 生き物は固められるのか? 物質だけなのか?」
その問いに、アッシュは過去に固めたモノを思い返しながら答えた。
「あー……そうだな……パンとか木材、布は固められるな。
人は固められなかった気がする。花とか葉っぱも固めたコトがある」
「そうか。大雑把に、人間や動物以外なら固められそうだな。固めるのに時間はかかるか?」
「触れた場所を中心に広がってく感じだ。だからってワケじゃないが対象が大きいほど時間が掛かる」
「触れる――というが、それは指先や掌に限定されているのか?」
「どうだろう? あんま意識したコトないな。基本的に指先や掌だったと思うけど」
アッシュの解答に、下唇を指で撫でながらココーナは思案する。
ややして、大きくうなずいた。
「拳で可能ならそれに越したコトはないが、それが無理でも平手打ちをメインに使って戦うのは有りだろうな」
「……殴ると同時に発動するのか? でも人間や動物なんかには効果はないと思うけど」
「確かに動物相手の狩りには難しいかもしれないが、人間相手の場合はそうでもないぞ」
ココーナの言いたいことが分からず、アッシュは首を傾げる。
すると、彼女は、どこか野性味溢れる笑みを浮かべて答えた。
「人間は服を纏い、装飾品を身につけているだろう? 殴るついでに少しでも固めてやれば動きを鈍らせるコトができる。
長袖の肘や、ズボンの膝の辺りが固まったらどうだ? 関節が曲げづらい――それだけでかなり動きが制される」
「あ」
言われて、アッシュはどうして思いつかなかったのかと、目を瞬いた。
「さらに言えば、イメージ次第では動物の毛皮なども固められるかもしれないぞ。
生き物が上手く固められないのは相手の魔力による反発が原因である可能性が高い。
逆に言えば、反発による解除をされるコト前提で、少しだけ固めてやるという手も取れる」
だからこそ想像力が大事なのだとココーナが語る。
「自分の魔法の最終地点をイメージするといい。それが見えないならば、現時点で魔法にどう作用して欲しいかのイメージだ」
「イメージ、イメージと言われても……」
説明されてもピンとこないのか、アッシュは眉を顰める。
それを見て、ココーナは小さく笑った。
「ならば、こんな昔話はどうだ?」
前置きをして、ココーナが昔話を始める。
「伝説の名工と呼ばれた男は、自分の火を鍛冶以外に使わないと定めた。
実際、その火の魔法はいかなるモノをも燃やすコトは叶わなくなったそうだが、剣を打つ時に限り、溶岩を持ってしても溶けるコトがないと言われている神鉄ニンカシカルすらも容易に溶かして剣へと変えたそうだ。
これはイメージを明確にした上で、強い制限を掛けるほど、強くなるという話だな」
昔話を聞き終えたアッシュは眉を顰めた。
「さすがにそこまで制限掛けると応用が利かなくなりそうじゃね?」
「実際にその通りだ。鍛冶以外に使えない炎なのだからな。だから不必要に強い制限というのも考えモノだ。
今のは極端な例だが、イメージをしろ――という意味は掴めたのではないか?
こうあって欲しい。こういう効果も欲しい……思いつく限りの全てを叶えるのは大量の魔力が必要になるが、一つ二つ程度なら誰だってやっているコトだ」
風を盗聴に使ったり、敵を切り裂く刃に変えたり――考え方や使い方は、術者次第だとココーナは改めて語る。
「特に追い詰められたり、必要に迫られたりで、強く求めたりすると、今の属性をベースにした新しい属性に変化するというのも少なからずある。強い思いや願いは魔法の変化に繋がるワケだしな。
究極的には、手にした魔法属性で、自分がどうしたいかを追求していけという話になる」
「自分が、どうしたいか……」
それならば、ココーナから提案された打撃を放つと同時に固まらせるというのは、拳で出来るようにしたいところだ。
平手よりも拳で打撃を放つ方が馴れている。
だがそれは、ケンカを有利に進める技であって、ケンカが強くなる手段ではない。
「……空気って、固められねぇなか」
「なかなか面白いコトを言う」
思わず口をついた言葉に、ココーナが笑う。
「私も詳しいワケではないがな、空気というのは目に見えないだけで、様々なモノを含んでいるそうだぞ」
「どういうコトだ?」
「水はもちろん、目に見えない埃や塵、砂粒のようなもの、あるいは病気の元などもそうだ」
「空気そのものを固められなくても、それらが固められる可能性はある、か……」
「ああ。参考になったかな?」
問いに力強くうなずき、アッシュはココーナから少し距離を離す。
「ちょっと試してもいいか?」
「ああ」
そうしてアッシュは思いつきを形にするべく、ココーナに付き合ってもらいながら魔法の発動をするのだった。
あんなコトいいな出来たらいいな……で、だいたい可能にしてしまっているどこぞの箱姫様はマジで規格外