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11.一方そのころ――

ラニカが務めてるお屋敷の、お嬢様とその従者サイドのお話。

なおお嬢様は箱入り(物理)とする。


「そう……やっぱり、ラニカのリボン……だったのね」


 ベッドの上に大きな木箱が乗っている。

 その箱から聞こえてくる女性の声は、言葉こそ喋りなれていないたどたどしさがあれど、込められた怒りは明白だ。


「私が調べたところによると、ラニカとともに、恐らくはスラムの出身だと思われる少年も連れ去られたようです」

「…………」


 木箱へと丁寧な態度で報告をあげる従者の女性は、ラニカの先輩であり憧れの対象でもある侍女カチーナ。


 自身の魔法で作り出した箱の中に引きこもっているドリップス公爵家の令嬢モカの専属だ。


「場所が変、だよね?」

「はい。あの路地は利用者たちにとっては中立地帯。

 犯罪組織のボスと騎士団長がすれ違ったとしても、あの場所においてはお互いに素知らぬ顔ですれ違うのが、暗黙のマナーとなっている場所です」


 王都の中にある非常に特殊な場所だ。

 なにせ、その路地の奥に構える『錆びた渡り鳥亭』は、表裏問わず食通をうならせる美味しい料理を出す店なのだ。


 それだけでなく、あの店の店主は裏社会では有名な情報屋でもある。

 加えて、その店主よりも腕利きの情報屋として有名なルアクもまた出入りしている店であると噂があるともなれば、客たちは誰も粗相ができない。


 何せ表の人間も裏の人間も、ルアクや店主から情報を買っている。

 となれば――二人は、顧客の弱みを握っている同然でもあるのだ。


 変に騒ぎを起こして、店主やルアクに嫌われれば、王都で生きていく為の情報アドバンテージに、圧倒的な不利がつく。

 それどころか、二人が敵対者に情報を提供して、潰されてしまう可能性まである。


 結果として、変にあの場で騒ぎを起こすくらいなら、お互いにお互いを無視しようとなった結果、中立地帯となったという経緯がある場所だ。


「新興組織か……たまたま王都で、事件を起こした……だけか」


 木箱の中から独り言のように、思考をまとめるような言葉が漏れてくる。


「そうでなくても、少し迂闊がすぎる……違う、もしかして……そこまで考えて、いない……?」


 少しずつ、箱の中で情報が整理されていっているようだ。


 ややして――箱の中から、呼びかけられる。


「カチーナ」

「はい。ここに」

「これから、錆びた渡り鳥亭に行って……もらえる?」

「ルアクに扮しますか?」

「……ううん。私の遣いとして、ラニカの先輩として……かな」

「かしこまりました」


 それならば、着替えずに侍従服のままでも良さそうだ。


「お店で何をしてくれば良いのでしょう?」

「お店に、スラムの女の子が……いるから。様子を見てきて、欲しいの」


 ・

 ・

 ・


 からん、からん――


 ドアに付いていた鐘がなり、来客を知らせる。


「あら、いらっしゃい」

「お邪魔します」


 細身で長身のひょろりとした印象の男性が、女性的な言葉使いと仕草で歓迎してくれる。


「貴女が来るなんて、お嬢様……結構怒っているのかしら?」

「はい」


 店主――マンデンリンドの言葉に、カチーナは素直にうなずく。

 ラニカを誘拐したことは、カチーナはもちろん主であるモカも腹に据えかねているのだ。


「誰だか知らないけど、箱姫様の主従を怒らせるなんて大変なコトしちゃったわねぇ……」


 マンデンリンドは呆れたような困ったような顔をしながらも、カウンター席の片隅へと視線をむけた。


「そっちにいるのが例の子よ」


 彼に促されるままに視線を向けると、カウンター席の端――店で一番目立たない席に、髪もボサボサで薄汚れた少女が座っている。


 口の周りを赤く染めながら、チキンライスを美味しそうに頬張っていた。


(素材は悪くなさそうですね。見窄らしい姿なのが勿体ない)


 とはいえ、スラムに住んでいるのは間違いないなさそうだ。


「こんにちは」


 カチーナは警戒心を抱かせないように声を掛けて横の席に着く。

 すると少女はこちらを見て目を瞬かせると、ほっぺたパンパンのままにへらと笑った。


「ほんふぃひふぁー」


 薄汚れた水色の髪が伸び放題でだいぶ目を隠しているが、それでも愛らしいと感じる笑みだ。


 平時なら警戒したかもしれないが、今はチキンライスを食べていることで警戒心が緩んでいるのだろう。


「ご挨拶は、口の中のものを飲み込んでからで構わないわよ」

「ふぁい」


 返事をする彼女に、カチーナは優しく見守るように視線を向けてから、マンデンリンドに声を掛ける。


「お茶とシフォンケーキを頂けるかしら。

 ああ、どちらも二つで。片方はこの子に」

「ふふ。かしこまりました」

「…………!」


 チキンライスを食べていた手を止めて、少女がこちらを見上げる。

 長い前髪から覗く、くりくりとした赤紫色の瞳は、好奇心と警戒心の両方が宿っているようだった。


「あのおじちゃんも、おねえちゃんも、なんで優しいの?」

「店長は分からないけれど、私も貴女くらいの頃は、スラムのような場所にいたから」


 実際はもっと過酷だったが、それを口にするのは野暮というものだ。

 今は彼女と仲良くなって、彼女の兄についての情報を引き出したい。


「だから……ってワケではないけど、昔の自分に似た子を見ると、ついごちそうしたくなっちゃうの」

「……そっか」


 彼女がそれをどう思ったのかは分からない。

 だが、カチーナからすると八割くらいは本心だ。

 全てに手を差し伸べられない以上は、偽善と言われてしまうかもしれないが。


「私はカチーナ。貴女は?」

「フランツィスカ。長いからみんなからはツィスカって呼ばれる」

「私もツィスカって呼んでいいかしら?」

「いいよー」


 文字通りお皿を舐めながら、フランツィスカがうなずく。

 それで満足したのか、ふーっと息を吐いて皿を置いたタイミングで、カチーナはハンカチを取り出した。


「口の周りが真っ赤よ。拭いてあげるからジッとして」

「わ、わ、わ……ありがと……」


 どうやら大人しく拭かせてくれるようだ。

 こういうのを嫌がる子もいるので、暴れないのは助かる。


「あのね、おねえさん」

「なぁに?」


 口の周りが綺麗になると、フランツィスカはどこか神妙な様子になって見上げてきた。


「スラムの子供でも、大人になったらお貴族様のところで働けるの?」

「あら? 私、お貴族様のところで働いているって言ったかしら?」

「ううん。なんとなく。お貴族様の横にいる人たちみたいだなーって思っただけ。

 それでさ、ツィスカも大人になったらお貴族様のところで働けるかな?」

「……基本的には、無理ね」

「でも、おねえさんは働いているよね?」

「ええ。私はたまたま勉強する機会があったのよ」

「勉強?」

「そう。お貴族様のところでちゃんと働く為のお勉強。

 丁寧な言葉遣いとか、お貴族様のお世話の仕方とか、そういうお勉強」

「勉強したら、ツィスカもなれる?」

「わからないわ。スラムの子がちゃんと勉強しても、ちゃんと覚えられるとは限らないもの。

 ちゃんと覚えても、スラム出身とバレると問題になるコトもある。何よりご主人様がスラム出身でも良いと言っても、他のお貴族様が何か言ってきて、辞めざるをえなくなるコトもあるから」


 フランツィスカの質問に、カチーナは嘘偽りなく答えた。

 希望を与えるのは簡単だ。だけど、それだけに縋ってしまうようにはなって欲しくないのだ。


「それでも、ツィスカはおねえさんみたいに、働きたい。

 ちゃんと働けば、こういうゴハンをちゃんと食べられるようになるんだよね?」


 ただただ希望に縋るのではなく、本気で仕事をしようとしている目。

 カチーナを見上げるフランツィスカの双眸は、しっかりとカチーナを映し出している。


「エクセレンスにでも放り込んであげたら?」

「マンディさん……」


 厨房から出てきて、カチーナとフランツィスカの前にお茶とシフォンケーキを並べながら気楽な調子で言ってくる。


「貴女の後継者だって必要でしょう? 後輩じゃダメ。後継者よ?」

「そんなすぐに必要には……」

「必要になるわよ。あなたのご主人様は婚約したのよ? ご主人様の後継者が女の子だった時、貴女の後継者がいた方がラクじゃないかしら?」


 マンデンリンドの言葉の意味は分かる。

 だが――


「出身者が言うのもなんですが、酷ですよあそこ」

「それはそうね。でも、スラム出身者なら最難関コースの一番ツラいところ、乗り越えやすいんじゃないの?」

「……それは……」


 事実、カチーナはそれを容易に乗り越えた。

 生き延びなければ死ぬような状況で温いことは言えないのだ。人を殺すことにためらいも忌避もない。


 だがそれはカチーナの過ごしてきた人生から出た答えでしかなく、事実後輩であるラニカはそこを突破できていない。

 相手が凶悪な犯罪者であろうとも、他者の命を奪うことにためらいが生じる者もいるのだ。


「やる気は十分だと思うんだけどねぇ」

「最低限の教養くらいは身につけさせないと、下級コースすら合格は難しいと思いますが……」


 シフォンケーキにフォークをぶすっと刺し持ち上げながら、骨付き肉のごとくかぶりついているフランツィスカを見る。


(私は、お嬢様の気まぐれで救われた。なら、私も私の気まぐれで、この子を救って良いの……?)


 ためらいは生じる。

 だが、救いたいと思う自分がいる。


 これまで似たような境遇の子に遭遇しながらも、食事を施す程度のことしかしてこなかったのに、フランツィスカだけ優遇して良いのだろうか。


「カチーナちゃん。眉間に皺が寄ってるわ」


 マンデンリンドが自分の眉間を指で示しつつ、カチーナに笑いかける。


「もっとシンプルに考えなさいな。貴女がやりたいか、やりたくないのか――ようはニ択よ」

「……そう言われると、やりたい……ですけど」

「ならやりなさいな。貴女のご主人様のコトだから、必要なら保護してきて良いとか言ってくれてるんじゃないの?」

「……そこまで読まれているのは少々シャクですね……」


 だが、カチーナの気持ちは定まった。


「フランツィスカ」

「ふぁい?」

「口の中を飲み込んで」

「もぐもぐ、こくん。なに?」

「物覚えが悪かったら容赦なく追い出すけれど……お貴族様にお仕えするお仕事の勉強、やってみたい?」

「する! 絶対する!」


 前のめりなフランツィスカを見、カチーナは小さく息を吐く。


「分かったわ。

 私のご主人様に、掛け合ってあげる。

 もし許可がでたら、あとは貴女次第。いいかしら?」

「いい! それでいいよ!」


 力強くうなずくフランツィスカに、カチーナは微笑んだ。

 想定してなかった展開にはなったが、これはこれで悪くないだろう。


 彼女の兄に関しては、お屋敷に連れて行ってから聞き出しても良いだろう。


 カチーナは無自覚な笑みを浮かべながら、自分のシフォンケーキにフォークを通すのだった。



今日はここまで。

次回からは1話ずつの更新予定です。

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