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10.復調


「そんなバカな……って顔してるけど、事実ですからね」

「ええっと、それはその……」


 困惑するラニカの様子にメレンは苦笑し、昔のように頭を撫でた。


「自己評価が低かろうと、普段の立ち振る舞いに問題がないのであれば良いのだけれど……貴女はもう少し、胸を張って良いと思うわ」

「だけど私は、パニカージャ家の絞りカスだから……」

「……その言葉、まだ気にしていたのね……」


 両親も兄も姉も、ラニカのことは家族として愛してくれていた。ただ、みんな優秀な人たちだったのだ。


 そんな家族の中でラニカはドジで鈍くさくて、それでいて慌てん坊で、元々それを気にしていたのだが――

 ある日のパーティの会場で、ラニカは家族と比べられ、絞りカスと揶揄され馬鹿にされたのだ。


 言った方はさして気にしていなかったのかもしれない。だが、ラニカはその言葉で深く傷ついてしまったのである。

 ましてや相手は、ラニカの幼なじみであり、当時は婚約予定者だったのだからなおさらかもしれない。


 それを見返してやりたくて、ラニカはエクセレンスの門戸を叩いたのだ。


 とはいえ――どれだけ出来る女に成長しようとも、心の奥底にその言葉がトゲとなって刺さり続けている限り、ラニカの自己評価は低いままなのだろう。


 メレンが心の底から褒めても、ラニカは正しく受け止められないようだ。


「まぁその話は追々ね。

 ラニカとアッシュのコトは、ドリップス宰相の耳に届けておくわ」

「できるの?」

「最終的には円満に辞めれたからね。

 多少の監視はあるけど、こういう時はむしろ味方よ」


 片目を閉じて笑いかけてくれる姉的存在がありがたい。

 改めて、やっぱりメレンは大好きなお姉さまだ――とラニカは再認識した。


「一応、貴女自身でも手紙を書いて、実家と公爵家の両方に出しておきなさいね」

「はい」


 久々に姉との会話を堪能しているうちに、ラニカの気分はだいぶ落ち着いてきている。


「だいぶ顔色は良くなってきたようね」

「夜なのに分かるんですか?」

「そういう訓練を受けたコトがあるから」


 そう答えてから、メレンは村の方へと向き直った。


「水筒、明日返してくれればいいから。

 落ち着いたら戻ってきて、ちゃんとベッドで寝なさいね」

「うん。メレン姉様、ありがとう」

「どういたしまして。おやすみ」

「はい。おやすみなさいませ」


 颯爽と去っていく姉の姿を見送りながら、水筒の水を一口含んだ。

 不思議と優しい味がした。乾いた土に染み渡っていくような心地もする。


「これなら、寝れそうかな?」


 ラニカは小さく独りごちると、水筒の水を飲み干した。

 それからこっそりとナロイフ家のベッドへと戻ると、スッキリした心地で眠りにつくのだった。




 翌日――


 ラニカは自分が目を覚ました時間が、すでにお昼を回っていることに気がつくと、慌ててベッドから飛び起きた。


 こんな時間に目を覚ますなんて失態もいいところだ。


 昨日買った冒険者風の服に着替えたラニカは乱暴に扉を開けて廊下へと飛び出す。


「す、すみません! 寝坊しました~~!!」


 何に対して寝坊なのか自分でもよく分からないながらそう声をあげながら、ドタドタと階段を下りようとして……


「あ」


 一歩目から足を思い切り踏み外す。


「にゃぁぁぁぁぁ~~~~……!!」


 悲鳴を上げながら、狭い階段をドンガラドンガラ転がり落ちて、顔面から一階の床へと派手に着陸した。


「ぐえ」

「お、おい……。大丈夫か、嬢ちゃん?」

「マジかよ。カエルが潰れたような声がしたぞ?」


 目の前は床ながら、すぐ側に人の気配がある。それも二人。


「おはようございます。ダルゴさん。アッシュ君」


 二人の優しさが辛い。

 そんなことを思いながら、ラニカは立ち上がる。


「ああ、おはよう……」

「お、おう」


 立ち上がって笑顔で挨拶したら、なにやら二人が引いている。なぜだろうか。


「派手に階段から転がり落ちてきたのに、平然と笑顔で挨拶をする……客観的に見ると結構ホラーな光景ね」

「ホラーッ!?」


 その様子を見ていたメレンの言葉に、ラニカは思わず声を上げた。


「確かに、そう言われるとホラーにしか見えんな」

「見知らぬ人にまで!?」


 どうやら買い物に来ていたお客さんがいたようである。

 前髪が長く、目が隠れてしまっている男性は、その濡れたような光沢のある濃い紺色の髪の下からこちらを見ている。


「新しい従業員か?」

「いえ。知り合いです。

 旅の途中でこの村に立ち寄ったらしくて。せっかくだからって泊まっていってもらったんですよ」

「そうですか」


 お客さんの疑問にメレンが答えた。お客さんの方もそれ以上は特に追求する気もなさそうだ。


「そうだ。さっきのに加えて、在庫があるなら欲しい……。

 キルヒホ(そう)の根と、ホイート(いし)の粉末。それとメートル柳の枝。追加で売ってもらえるか?」

「はい。大丈夫ですよ。いくつくらい必要ですか?」

「どれも十くらいづつ頼む」

「かしこまりました」


 メレンが接客する様子は、ラニカからすると不思議な光景だ。

 貴族令嬢だったはずの彼女が、スムーズに接客を行っている。


(まぁ諜報局所属(バリスタ)だったんだし、その場に馴染むのは馴れてるのかも)


 赤くなった額を撫でつつそんなことを考えていると、ダルゴさんが声を掛けてきた。


「嬢ちゃん、腹は大丈夫か?

 減ってるんだったら、キッチンに用意があるぞ。好きに食べてくれ」

「ありがとうございます。では頂きますね」

「アッシュも食っておけ。俺やメレンに付き合ってると、食いっぱぐれるかもしれないぜ」

「わかった」


 ダルゴの言葉に、ラニカとアッシュの二人は素直にうなずくと、二人揃ってキッチンへと向かうのだった。


準備が出来次第、もう1話公開します

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