断罪された悪役令嬢は誘拐される
絢爛豪華な装飾に、一流の楽団が用意されている貴族のみが通う学園主催、そして王城の中の社交場を開いて行われているパーティー。その中心で私は婚約者である第一王子であらせられるマティス・クリスアライド王子から人差し指を私に突き付けた。
「マリアナ・ディスペラード!!本日を以て貴公との婚約関係を破棄する!!」
婚約破棄。その言葉に私は驚愕した。
「な、何故ですか!?」
王子は反射的に出た言葉に不愉快な顔を歪める。
「何故だと!?エニアにした事を忘れたと言うのか!?」
エニア…婚約者である王子に不敬にも言い寄る男爵令嬢。金髪をショートで揃えた碧色の双眸で彼女が私を見ると、怯えるように王子の背中へと隠れる。
「おお…。可哀想なエニア。彼女の事が怖いんだね。だが、大丈夫だ。今から彼女には其方にしてきたを償わせる」
王子は今まで私に掛けた事のない声音や惚けた視線を向け、私へと視線を変えると強い敵意を向けた。
「マリアナ!!君はエニアを侮辱し!!不当に貶める為に嘘の情報を広め!!日常的に彼女の足を引っ掛けて転倒させ!!公の場で彼女に暴力を振るい!!そして!!君はエニアを階段から突き飛ばしたそうではないか!!」
「わ、私はそんな事は…」
「黙れ!!往生際が悪い!!貴公の彼女への悪行は多くの目撃者が居るのだぞ!!言い逃れが出来ると思うたか!!」
違う!!違うのです!!私は彼女に婚約者が居る男性に言い寄るのは外聞が悪いと注意し、周りのご令嬢にも注意するよう伝えただけですし、それに彼女は私が近くを通ると勝手に転ぶのです!!殴ったのは彼女の行動に我慢出来なくなって頬を引っ叩いただけなのです!!それに階段の件も彼女が一人でに私の前で落ちていったのです!!
「クリスアライド王国の法律に基づき貴公は家名剥奪の上、ミシディア鉱山での十年の労働を課する!!覚悟しておけ!!」
「そ、そんな!!」
ミシディア鉱山は有害な毒霧を発生させる鉱山で殺人等を起こした凶悪犯罪者が送られる三年も入れば確実に死ぬと言われている場所。実質的な死刑。私の顔から血の気がサーッと引く。
「ようやく罪の重みを理解したか!!国母となる女性を痛めつけたのだ!!真っ当な死を期待出来ぬと思え!!」
…国母。それって…!
「この女をさっさと連れて行け!!このような祝いの場に相応しくない!!それにこれから公表するめでたい事が縁起の悪いものになる!!」
「「はっ!!」」
私は背後から二人の兵士に捕らえられる。
「お、お待ち下さい殿下!!」
「うるさい!!これでも噛んでおけ!!」
兵士の懐から出したハンカチを口の中へと無理矢理入れられて塞がれ、言葉ではなく只の声だけになる。私は引き摺られるように会場の外へと追い出される。
私への興味を失った王子は背後へと振り返る姿が閉じる扉の間から見える。
「次の私の婚約者であるが、これよりエニア・リースグラット男爵令嬢と…」
その言葉の途中で扉は完全に閉じられ、私は王城にある離れの塔の牢屋へと運ばれた。
「キャアッ!」
兵士は牢屋の扉を開くと私の長い紫の髪を掴んで投げ捨てるみたいに中へと入れられる。
「な、何をするのですか!?」
「はっ!犯罪者が丁寧に扱われると思ったか!?」
は、犯罪者…。不名誉な称号にショックで言葉を失う。
「反抗的な犯罪者に教えてやるか。お前の運命を」
「運……命…」
兵士はしゃがんで私の顔と自身の顔の距離を縮める。
「先程殿下は炭鉱での労働と言ったが、それは炭鉱婦としてではなく、性欲の処理役としての労働だ」
兵士の言葉に私は全身に悪寒が走り、名も知らない犯罪者達と褥を共にする事となる想像をして絶望する。
「まぁ、安心しろ。子どもが出来た王都の孤児院で預かるからドンドン産めば良い。お前は顔もスタイルも良いからかなりの人気者になるだろうよ。良かったな」
私の中から生気が消える感覚に力が入らなくなる。
「あんなにも慈悲深い国母となる女性に手を出したんだ。自業自得だ。罪の意識に苛まれながら男達に囲まれると良い」
そう言い残した兵士は牢屋から出ると鍵を閉めて、さっさとこの場から去って行った。
「何で…こんな事に…」
私は粗悪なベッドの上で膝を抱えながらそう呟く。
「このドレスだって殿下の為に御用意したのに…」
はぁ…とため息が出てしまう。もうきっと殿下は私に御興味を無くしたのであろう。それにお父様とお兄様は犯罪者として仕立て上げられた私を切り捨てるでしょうね。十年程前にお母様がお亡くなりになられた時から私から距離を取られました。お母様は私を産んでから体調を崩されたと聞きましたし、きっと死んだのは私のせいだと思うておられるのでしょうね。お兄様も同じような理由で私がご挨拶して無視をされますから。
……私は、もうこの身を殿下ではない不特定多数の男性に穢されるのですね。そう考えると自然と涙が零れた。
「嫌。好きでも何でもない男性達に好きに扱われるなんて…。…せめて、せめて…一人の男性に…愛して…貰い……たかった」
「じゃあ、俺が貰ってやるよ」
「えっ!!?」
何処から声が聞こえた。牢屋の外?…いえ、聞こえた方向は違う。どっちかと言うと城壁の窓の方?…いえいえ、有り得ませんね。王城の牢屋は絶対に脱獄出来ないように王城の上階からしか出入り出来ない離れの塔という形で作られています。つまりその外という事は塔の壁にへばり付いてるという事です。そんなのは人間技ではありません。
あり得ないと思いながらも私は鉄格子で遮られている窓へと視線を向けると、逆さ状態の男性と目が合った。
「やっ、お嬢さん。今夜は月が綺麗だね」
「…えっ…と…どちら様で?」
あまりにも信じられない光景に私は悲鳴を上げる事なく、逆に冷静となって彼へと問い掛けた。
「俺か?俺はクロール。黒豹団の団員の一人だよ」
「黒豹団って今、巷で騒がれている貴族の金品を狙う盗賊団…ですよね」
「チッチッチ。俺達は貴族によって不当に金を奪われ、家族を攫われた人達を救う為に結成された、所謂義賊さ」
「義賊…」
「そう!奪われた金を上乗せして返し!奪われた家族と金を引き渡し!そして不貞の証拠を奪いさる義賊さ!まぁ、義賊っていうのは隠れ蓑で本当は革命軍なんだけどな」
「か、革命軍ですって!!」
革命軍。それは国が民に対して利益より多くの不利益を与えた時に現れる破滅の象徴。つまりこの国の貴族は民達を虐げている事を意味する。それがまさかこの国に現れるなんて…。
「い、一体皆様はどのような御不満を持って革命軍として活動してらっしゃるのですか?」
「質問に答えても良いんだけど。それは後にしよう。そろそろ始まるから」
「…?始まるとは?」
「取り敢えず、何も聞かずに出来るだけ壁から離れて」
「は、はい…」
私はクロールの言う通りに鉄格子の方へと移動する。
「よし。ありがとう。…あと、五秒…三、二…一」
壁側から爆発音が響き、塔が大きく揺れて私は思わず蹲って目を瞑る。
「キャアァァーー!!」
塔の揺れが収まり、パラパラと石礫の落ちる音が聞こえ、タンッと勢いよく何が着地する音も聞こえる。
「さぁ、顔を上げて俺を見て」
私は恐る恐る目を開けて、顔を上げると満月の明かりに照らされたクロールの姿が露わとなる。彼の格好は漆黒の衣服に身を包み、小麦畑のような綺麗な茶髪と殿下にも負けない甘い容姿に私の目は奪われる。
「では、失礼するよ。お嬢さん」
「え?キャッ!」
私はいつの間にか彼にお姫様抱っこをされて、端正で美しい顔との距離が近付き、思わず見惚れてしまう。
「それでは舌を噛まないように気を付けて」
「それってどう言う…」
フワッと身体が浮いたと思ったら地面へと向かって落ちる感覚が襲い、視線が彼の顔から逸らして景色に目を向けると目に移る光景が瞬く間に後ろへと動くけれど、私達も上下に動いている。えっ!?えっ!?どういう事!?
意識をクロールの動きへと向けると、彼は私を抱えながら右手から何かを射出して太い木の枝を選んで巻き付かせて、弧を描くように落ち、遠心力を使ってまた空を飛ぶ。それを何度も繰り返しているけれど、世間をあまり知らない私からしてもとても凄い事をしてるのは分かる。
「このような技術を黒豹団の皆様は持っておられるのですか?」
「いんや。俺を含めて十二人位だな」
「そうですか…」
つまりこの方はとても凄い御方…という事なのでしょうね。
「それで、他に聞きたい事があるんじゃないのか?」
「え?……あ、そうでしたね。始まる……とは一体何の事でしょうか?」
「実はな、今革命軍が王城に攻め込んでるんだよ」
「えっ!!?」
「それとさっきの爆発はお嬢さんの捕らえられていた塔の壁だけでなく、なるべく被害が出ずにパニックになる場所を爆発させたんだよ」
「…だから、爆発が異様に大きかったんですね」
王城の方へと頭と目線を動かして見ると黒い煙が闇夜に紛れて見え辛いけれど確かに月へと上っている。その様を見ていると疑問が浮かび、視線を彼の顔へと戻す。
「…そう言えば何故街ではなく反対側の王城の庭である森を通っておられるのですか」
「理由は三つ。一つは派手なドレスを着たお嬢さんを誘拐したからね、闇夜とはいえ街中には明かりが点いてるしバレ易い。二つ目は貴族街や衛兵の宿舎を爆発させたからかなり混乱しているから。三つ目は革命軍の本軍が王都を今襲撃している為、街が戦地になるからだ」
「……本当にこの国を終わらせるつもりなのですね」
「まぁ、民から搾取した悪徳貴族達は全て処刑するつもりだけどな。例えばお嬢さんが分かるので言うと王族、リースグラット男爵家とかかな」
「その並び……貴方、あの会場に居たのですね」
「まぁね。だからこそ君を救いたいと思ったんだよね。エニアと呼ばれてたご令嬢は裏で中々暗い事をしてたのは調査で分かってたからね」
「…だったら…」
「うん?」
「…だったら何故、あの場で助けて下さらなかったのですか!?そうしたら…!」
「王子の婚約者に戻れたって」
真剣な顔でクロールは私の顔を覗き込み、私は黙って頷く。すると、彼はフッの吹き出すように笑うと止まらなくなったのか大口を開いて笑う。そ、そんなに王子の婚約者に戻りたいなんてあり得ない事…という事は調査で王族の何が分かったというの。
彼の大笑いが止めるまで待つと彼は不快げに顔を瞬時に変えた。
「人間狩りするような畜生の一族に成りたいのかよ」
「人間…狩り…?」
「そうだ。…不思議に思わないか。王城の庭の事。庭という割に木々が生い茂り、まるで森のようになってる事を…」
「そう言われてみれば…」
「王族の人間はこの森で民を誘拐や、冤罪を被せて捕らえ、人間狩りをしているんだ。そして、殺された人間達は…」
彼は言葉を一旦途切らせ、空へと飛ばずに停止して、遠心力に従って空中で振られ、速度が落ちたタイミングで地面へと着地し、クロールが憐憫の視線を向けている場所へと私も同じく視線を送る。
「っ!ひ、酷いっ!」
目に飛び込んで来た人の死体。その損傷の仕方が人間扱いされていなかった。その死体は足首にロープを巻き付けて木の枝へと括り、首筋からは固まった血が頭頂部にまで伝っており、その下には血溜まりが出来ている。昔、お父様の領地の視察に同行した際に狩られた鹿が同じように血抜きされたのを見た。
「人を何だとっ…!」
「家畜…だろうな。貴族以外の庶民は同じ人だと思っていないんだろうな。…これは比較的新しい死体だ。別のも見てみるか?」
「……この国の貴族として…見なければいけませんわ」
とは言ったものの私は直ぐに自分の言葉に後悔した。まさか最初に見た死体が最も人として原形を留めていたとは思わなかった。
多くの死体はミイラとなっており、中には獣に手足を食い千切られた者や臓物を穿り返されている者も居て、一番酷いと思ったのはこれも昔領地を訪れた修行中の料理人が食べさしてくれたケバブ……そのお肉みたいに吊し上げられ、刃物で削ぎ落とされた死体。
「大丈夫か」
「は、はい。……何と言えば良いか…。実に悍ましい…ですね。このような事をこの国の王族がこのような事をされていたとは……」
「別に王族だけじゃない。王城に使える兵士や侍従達も参加している」
「え…」
「王城に居る兵士も侍従も貴族の三男、四男や子爵家以下の次女等の家督を継げなかったり、婚約者を見付ける事が出来なかった男女が王家に仕えている。全員漏れなく選民意識がある。特に仕えている期間が長い者程な」
「そんな…」
「更に、人間狩りにはマティス王子だけでなく、エニアも同行していたんだよ」
「はぁ!!??」
思わず荒っぽい声が出てしまった。あの兵士、彼女の事を慈悲深いって仰られていたけれど、本当に慈悲深い方であったら告発なり、心を痛めたりするでしょう!!
「まぁ、言いたい事は分かる。…彼奴らの言う慈悲深いは傷付いた家畜……民を彼女が回復魔法を使うからだ。勿論傷付けたのは彼等だが」
「それじゃあ回復させたのはまた狩りを始める為…!」
「それだけじゃない。わざわざ怪我をした人を回復させて狩りに使うんだ」
「酷い…。私達はこんな外道を王家として敬い、お慕いし、忠誠を誓っていたというの…!」
私は王家に近しい者として王族の悪事に気付けず、悔しさに膝をつき先程流した悲壮感ある冷たい涙とは違う、悔しさと王族の悪趣味によって亡くなられた方々への申し訳なさで流れる怒りの熱い涙が流れる。
「安心しろ。それも今日で終わる。もう王族によって起こる悲劇はもう起きない」
「そう…ですね…。本当に革命は起こるべくして起こった。それが分かっただけで、殿下への恋慕の想いは綺麗さっぱり捨てる事が出来ました」
「それじゃあ。行こうか。王都から離れた遠い土地へ。二人きりで」
「…はい。これからの人生、宜しく御願いします」
私達はそうして王族も家も関係の無い土地へ向かって空を駆けた。
それから暫くすると逃避行の途中、王都で起こった革命による顛末が聞き届いた。どうやら王族や一部の貴族が起こした悪行が詳らかにされ、革命軍や被害にあった民達の手により公開処刑が行われた。ただ、その中で若い女性だけは鉱山での労働が課されたらしい。その中にはあの男爵令嬢も居たらしい。
王族の方々は死ぬ間際まで庶民を罵倒し、見逃せば特別に許してやろうと上から目線で命令していたという。そして、殿下はというと知らなかったやら、自分は無実だと叫き散らし、彼等はそのまま首を落とされた。新しい王は黒豹団のスポンサーでもあったフェブリュラス侯爵となった。彼は王に貴族や王家の悪行を各国に公表しようとした所、奥様は殺害され、娘さんを人質として捕らえられていたが、黒豹団の頭目に娘が実は死んでる事を伝え、証拠に明らかに女性として弄ばれ、傷だらけの死体を見た事で王家への復讐とサポートを約束した。無事復讐が成された今、民と他国から失った信用を取り戻す為に頑張っている。そして、その王家を真っ先に支持と支援しているのは元実家であるディスペラード公爵家。流石は元お父様ですね。行動がお早い。
このお話を聞いて私の心は動かなかった。ざまぁみなさいと思う気持ちがゼロではありませんが、ですが私には未来を共に歩いて下さる殿方がいます。だから、過去を捨てて私達は未来に目を向け、歩きます。きっとそれが一番幸せな事なのですから。
五年後、私達は結婚をし、クロールが御世話になっていた靴職人の方の御厚意で工房兼お家を頂き、現在彼は高名な靴職人となって時々、貴族の方への靴作りの為に出掛けてしまう時もあるけど一人娘を授かったお陰で寂しくありません。
私はあの日の満天の月と世界を照らす星々に心の底から感動したその景色を一生忘れない。悪役令嬢として断罪されましたが誘拐されて私…幸せになりました!
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とある執務室、そこに一人の男性が部屋の前に訪れてノックをする。
「入れ」
「はい」
中から聞こえた返事の通り入室する。
「失礼します公爵」
「久しいなクロール」
そう名を呼んだのは白髪をオールバックで纏め、細身のようで実際は密度の濃い筋肉が秘められた肉体を閉じ込めたシンプルなスーツを着込んだ厳しい顔付きの妙齢の男性。彼はマリアナの父親でクロールの義理の父でもあるエルハルト・ディスペラード公爵その人だ。
「はい。三ヶ月ぶりですね」
「どうだ。マリアナとクローナは息災か」
「はい。母子共に健康そのもので、その愛らしさは年々増す程です。お蔭様で経済的にも余裕があり、多少の贅沢もさせて頂いております」
「そうか。…良かった」
そこで厳しいかった男性の顔付きが緩み、安心した様子で胸をなで下ろす。そのような様子を見てクロールはおずおずとした態度で彼は訪ねる。
「…公爵。良かったのですか、私にお嬢さんを任せて」
「今、娘は幸せなのだろう。だったらそれで良いのだ。愛しき妻の最後の忘れ形見だ。幸せに出来るなら私以外でも一向に構わない。それにあのようなクズ共に娘を好き放題される方が我慢ならぬ。であればこそ、幼少期からマリアナの事を一途に想い、守ってきた君にこそ娘は相応しい」
義理の父の優しい笑顔にクロールは寂しげに目を伏せる。
「公爵…。…本当に貴方は親バカですね。娘一人の為に革命軍を作るように嗾け、助力するなんて普通ではありませんよ。けれど、その大事な娘に嫌われていると誤解されてるんですけどね。…誤解されたままで宜しいのですか?」
「ああ。良いのだ。妻が亡くなって以降、彼女とどう向き合えば良いのか分からず、彼女を避けてしまった罰だ。それに今更誤解を解いたから何だと…」
「堂々と娘……孫と会えますよ」
「よし。今から謝罪に行こう。そうしよう」
迷い無く立ち上がり、孫娘に会いに行こうとする彼の姿を見て、クロールは親バカどころか孫バカになりそうだと苦笑した。