005-『天骸のエストレア』
……まあ、流行りのゲームに関して金奈よりも月文字のほうが詳しそうというのは事実ではある―――あいつは自らが伯母のような『大テロリスト』として華々しくデビューする世界を探し続ける狂人だからな。
ちなみに、太い実家を持つ故の潤沢な資金力を生かして手当たり次第リリースされたVRオンラインゲーム全てに手を出すため、生まれ落ちて間もないマニアクスに触れる機会も多く、情報源として優れてもいたりする。
特にオフラインでプレイすることの出来ない類のマニアクスはサービス終了や大規模アップデートによる実質上の世界再編という一種の寿命を持つこともあって、より殊更。
事実、他の多くのVRオンラインゲームがそうであるように、パッケージ販売型であるというのにリリースより僅か1年足らずでサービス終了することとなった伝説的なVRMMO……『アセンション・トゥ・ゲニオルニス』、こと、通称『汗棘』に初期組として参戦出来たのは月文字の手助けあってのことだ。
『あはは。違いない。まあ、いいでしょう。流行りのゲームですか。当然ないわけありませんが、どうしたものかな。如何せん、数が多いです』
「ならば、少し条件を設けよう。ジャンルはRPGがいい。取れる戦術の幅が多いと尚良し。あくまで気分転換がてらなので、気軽に離れられる……オンラインゲームのがいいだろうな」
『となれば大手VRMMOあたりですか。でしたら、詩羽くんが好きそうなのは……『天骸のエストレア』あたりでしょうか。全体的に難易度は高めで、やり応えがありつつソロプレイへの比重が大きいです。勿論マルチ要素が無いわけではありませんし、他のプレイヤーと手を取り合った方が楽なことも当然多いですが、必須ではありません』
「『天骸のエストレア』―――確かに、聞いたことがある」
『くそげーですわ! くそげーですわ! 私が金のない雑魚庶民だったら出るとこ出てますわ! この抜群なプロポーションのように!』と丸々一年間終始おかんむりだったくせして、なんだかんだ文句言いながら結局一年間も共にプレイしていた月文字のことを思い返してる最中に金奈が提案してきたゲームは、普段全くといっていいほどマニアクス以外のゲームに手を出さない俺ですら知っているような超ビッグタイトルのVRMMOだった。
いや、超ビッグタイトルのVRMMOなんてものはいくらでも存在しているのだが……この『天骸のエストレア』に関しては中々挑戦的なシステムをしているということで、少し話題になっていたことがある。
そのシステムというのは『プレイヤーキャラクターの育成要素』に関係するところであり……端的に言えば、『天骸のエストレア』には一般的な『レベルアップ』といった概念が存在しないのだ。
つまり、いくらモンスターを倒してもEXPは得られず、ただ単純にモンスターを倒し続けているだけでは強くなることが出来ない―――もちろん、ドロップする装備品や素材、使用するスキルの熟達やプレイヤースキルの向上などでは強くなれるだろうが、単純なキャラクターの数値的には全く伸びたりしない……らしい。
『良いゲームですよ。エストレア。世界は常に夜ですし、あの星空はとても綺麗だ。あまりにも気に入りすぎて、わたくし、最近ではわざわざあちら側で眠りにつくことが大半です』
「それほどまでにか」
『ええ。まあ、わたくしとしてはどこまでいっても強化されるのが装備ばかりで、プレイヤーキャラクター自体は全く強化されないという点が非常に好ましいのもありますが。いつだって気軽にレベルをリセット出来てしまうんです。リスク無しに。地獄、巡り放題ですよ? まるで楽園でしょう?』
「そ、そうか……」
なかなかに独特なゲームシステムをしているらしい『天骸のエストレア』に段々と興味がわいてきたところで、スピーカーの向こう側の金奈が楽しそうに口元を歪めたのを感じ取り、俺は少しばかり背筋が冷たくなった。
……この新葉 金奈という少女は良い子なのだが、『幸福を捨てる自由という贅沢を謳歌する』……といった感じの、少々アレな思想を持っており……故に、マニアクスにも興味を示すことが多かったりするのだが、どうにも彼女の言うところの『贅沢』を謳歌している時は……はっきり言わずとも、近寄りがたい雰囲気なのだ。
『あまり多くをここで語っても長くなってしまいますし、これ以上は遠慮させていただきますが……エストレア、わたくしは心の底からおすすめすることが出来ますよ。確実に、詩羽くんのご期待に沿うかと。もしもクソゲーしたくなれば、いくらでもクソゲーできるゲームでもありますしね』
「……何度でも言うが、別にマニアクスはわざわざ生み出すべきものではない。生まれないのが一番良いのは間違いないのだから」
『おや、これは失礼しました』
共にマニアクスを葬送った際に見た、苦しくなれば苦しくなるだけ、にこにこと楽しそうな笑みを深めていった金奈を思い出し……わざわざ思い出すような光景でもなかったので、それをまだ見ぬ『天骸のエストレア』という作品への想像と期待でかき消しながら、いくつかの簡単な言葉で金奈との会話を終わらせる。
「……名作、か……」
先程までは金奈の番号が表示されていたモニターに、今度は『天骸のエストレア』の公式HPを表示しながら思わず呟いてしまう。
俺が普段プレイしているマニアクスとは……真逆に位置するゲーム。
俺が葬送る必要性などまるで無く、そもそも死ぬ気配すらないゲーム。
葬儀屋の居場所なんて、どこにもないようなゲーム。
それはどうやら……夜空に浮かぶ神星骸と呼ばれる、大陸ほどのサイズを有する超大型モンスターの死骸の体表や、ダンジョンへと変化した体内を探検するゲームらしかった。
「死体巡り。俺の分野だ」
思わず少しばかり口端が上がる。
なにせ、普段から人為的ミスと酷いバグにまみれた死体を漁っているのが俺なのだから、これなら楽勝だと考えた―――からではない。
流通量が多いため、値段が真っ当な値段だったからだ。
安い。
安すぎる、『天骸のエストレア』。
マニアクスなんて大概相場より高くなりがちなのに。
どういうことだ。
神ゲーはクソゲーの半額で買えるというのか。
むしろ神ゲーの倍額で買うことになるからクソゲーはクソゲーなのか。
「……クソゲー呼ばわりはやめてもらおう! マニアクスにも尊厳はある!」
俺は天井に向かって叫んだ。
叫んで……。
『天骸のエストレア』を、購入した。
次回以降は毎週水・日曜日更新予定となります。