001-アビスへようこそ。
あたまのおかしい女を書くのに疲れたので初投稿です。
至極一般的なラブコメです。
よろしくおねがいします。
「ねえ。お父さん」
幼き日の俺が、父を見上げる。
「どうした。ウタハ」
若き日の父が、優しい笑みを浮かべながら見下ろしてくる。
「なんで壁に埋まってるの?」
腰から下が壁に突き刺さった状態―――いわゆる、『壁尻』と呼ばれる特殊な状態のままで。
「それはな。このゲーム……『アビス・クルセイダーズ』の位置参照が甘いからだ。甘いのに、高頻度だからだ。ほら、真っ直ぐ走ろうとしても……なんか、こう、右にヨレるだろう?」
「うん。頭痛くなってくる」
「そうか。若くても耐えられないか、この違和感に。俺もだ。めちゃくちゃ頭痛い。……頭痛いし、なんなら今は突き出した尻を火炎ダコが触手で引っぱたき続けているから、もしも痛覚設定があったら尻も痛い。まあ、それが無いせいで俺は感覚遮断壁尻状態にあるわけだが」
「感覚遮断壁尻」
父が、浮かべる笑みを力無いものへと変えながら頬を掻いた。
……辛かったはずだ。
愛する息子の前で壁尻になるだけでも相当な恥辱であるはずなのに、加えて感覚遮断とは。
国が国ならば極刑として採用されてもおかしくはない。
「ともかく、この『アビス・クルセイダーズ』……通称『アビス壁尻』は、この滅茶苦茶な位置参照のせいでろくに遊ぶに遊べないゲームと化しているんだ。特に、それなりの確率で発生するこの壁尻バグに遭遇してしまえば、死ぬまで壁尻でいるしかないからな。どういう状態にあるのか知らないがゲーム終了もできんし。今回はケツ引っぱたかれてるお陰で間もなく死ぬだろうが、最悪の場合は餓死待ちになって……リアル時間換算で2時間、ゲーム内感覚では8時間もの間このまま過ごすことになる。凄いだろ」
「うん。凄い」
だが、そんな苦境に立たされても父は……少なくとも笑うことをやめなかった。
強い男だ、と……今でもそう、俺は思う。
自慢の父だ、とも……。
「他にも所々、退屈に過ぎるストーリーとか、明らかに出来の悪いレベルデザインだとか、単純に暗すぎるだとか、ヒロインがちょっとポリティカルコレクト意識し過ぎてリアルでも居そうな顔しててVRゲーの良さがないとか、退屈に過ぎるストーリーとか……評価に値しないクオリティの箇所は見受けられるが、やはり、この『壁尻バグ』は別格だな。不快感が段違いだ。心が躍るよ。引退が惜しくなる程に……」
……そんな父が顔を僅かに曇らせた。
そう、あのゲーム―――『アビス・クルセイダーズ』を最後に、俺の父は『迷作ゲーマー』を引退した。
『迷作ゲーム』……ゲームという、人に多くの喜びと楽しみを与える娯楽において負の側面として扱われることが多い……俗に『クソゲー』等と蔑称されることもある、作品たちと真正面から向き合い、心の底から楽しみ、弔う……一種の〝葬儀屋〟とも呼ぶべき生業から。
「フッ。しかしな。流石のこの俺……数多のマニアクスを葬送ってきたマニアクス玄人こと、葬送のギアーレンであっても、まさか壁尻を体感することになるとは思わなかっ―――」
感覚遮断壁尻にあった父が死に、無数の粒子となって消え去る。
……葬儀屋も、最後には自分が葬送られる側となる。
その死に様を見て、俺は、そう思った。
今となっては、懐かしい思い出だ。