第7話 ちょうちょう島
夕食後、ティルームでアイちゃんとお茶を飲んでいると執事のサタールさんが話しかけてきた。
「ご主人様とお嬢様、明日はどうなされますか?」
「天気が良ければ、この辺りを散歩してみようと思います。この屋敷の周囲の事を知っておきたいので。それから午後のお茶の時間の頃、絵師が肖像画を描きにくる予定です」
「アイちゃんも~、お兄ちゃんと一緒に行っていいよね?」
「明日はいい天気だと思います。馬は必要でしょうか? 護衛はお付きのメイド5人でいいでしょうか?」
俺としては、護衛は必要ない。しかし、メイドさんが護衛とはどういうことだろう。ここのメイドさん、実はメイドの服装をした女兵士なのか?
「歩くから馬は必要ないです。メイドさんが護衛ですか? 大丈夫ですか?」
「はい、この屋敷のメイドは全員戦闘可能です。もっとも戦闘になる可能性はほとんどありません。この土地には危険な魔物や魔獣はいませんし、盗賊や山賊もいませんから」
「そうですか。ではメイドさんたちの護衛でお願いします。アイちゃんもそれでいいよね」
「うん、わーい、みんなでお散歩だ。楽しみ~」
「では、そのように準備させていただきます」
やはり、メイドさんは女兵士でもあるようだ。その後、部屋に戻った俺は風呂に入ろうと脱衣室に入った。そこには俺にサイズがピッタリの着替えと夜着が用意されていた。採寸が終わってからこんな短時間で用意できたらしい。仕事が早い、できるメイドさんたちだ。
広い浴槽に入って、1人でくつろぐのは気持ちよかった。心配していたメイドさんたちの乱入もなくゆっくりできた。もちろん、入浴後のマッサージはしっかり受けた。そして、大きなフカフカのベッドで1人で眠りについた。朝までグッスリと眠ることができた。こんな幸せな生活が送れるなんて、ここでの生活はまるで天国だ。
*
朝、窓から光が差し込んでいる。その光で目覚めた俺の耳にノックの音が聞こえ、メイドのガリレさんが部屋に入って来た。
「おはようございます、ご主人様。よくお眠りになりましたか?」
「ああ、おかげさまで、ぐっすり眠れました」
「食事用ホールに朝食の準備はできております」
「わかりました。すぐに行きます」
着替えが終わって、昨夜書いておいた手紙を親に出す。居所を教えるためだ。
「星魔法 はと座」
詠唱を唱えて、現れた青い鳩に手紙を託す。
「父上へ、頼んだぞ」
窓から鳩を放つと、空のかなたへ飛び去った。星魔法一族の者は連絡にハトを使うのだ。ハトの色は家によって違うから、どこの家からの手紙なのかすぐにわかる。
朝食は簡単なメニュー。ベーコンエッグに野菜スープ、焼き立てのパン。俺はパンにバターを塗って食べた。アイちゃんはパンにイチゴジャムをたっぷり塗って食べていたが、ときどきアマルさんに紙ナプキンを口元にあてられていた。
「私、イチゴがだ~い好き」
「お嬢様、イチゴは食べるもので、クチビルや顔に塗るものではありません」
アイちゃんの食事マナーはしっかりできていると、昨日の夕食では感じたが、大好きなものの前では忘れてしまうらしい。アマルさんにたしなめられている。
食後しばらくして、散歩に行こうと玄関ホールへ行くとメイドのガリレさん、カルメさん、アナンさんが待っていた。朝の挨拶をする。
「おはようございます。お待たせしました。みなさん、早いですね」
「おはようございます、ご主人様」
メイドさんたちが声を揃えて挨拶を返してくれる。そして、
「メイドがご主人様をお待たせすることは許されません」
アナンさんが言う。その服装はメイド服であり戦闘服ではない。
「その服装で護衛できるのですか?」
「はい、大丈夫です。短剣も懐に持っております。しかし、私たちメイドの得意な護衛方法は体術です。体術といっても力技ではなく、相手の力を利用して相手を倒す技です」
そんなやりとりをしていたら、すぐにアイちゃん、ヒマリアさん、アマルさんも来た。アイちゃんの服が昨日と変わっている。
「アイちゃん、その赤いワンピースよく似合っているよ」
「えへへ、そうかしら? ガリレさんが作ってくれたの」
嬉しそうにそう言うアイちゃんは、グルリと1回転してみせた。かなり気に入った様子だ。
*
玄関を出ると門の方からドコンドコンと音がした。そちらを見ると作業服を着た男の人が土魔法で穴を掘っていた。思わず尋ねてしまった。
「あの人は何をしているのですか?」
カルメさんが教えてくれた。
「彼は庭師のイアペトさんです。門から玄関まで赤いバラを植えるための作業をしているのでしょう。昨日お嬢様が望まれたように」
そうだ、そうだった。庭園のバラについても相談するのだった。庭師さんに近づいて話かけた。
「おはようございます」
「おはようございます。ご主人様でしょうか? 初めまして、庭師のイアペトと申します」
「はい、名前はアースです。朝からご苦労様です。土魔法が使えるのですね」
「使えますが、たいしたことはありません。攻撃用の矢や槍は作れませんし、防御用の大きな土壁もダメです。園芸用の土魔法がせいぜいです」
庭師のイアペトさんは、謙虚な人のようだ。こんな人は仕事ができることが多い。
「いやいや、たいしたものです。とても役立つのですから」
「そう言っていただくと嬉しいです。ところで、今掘っている穴は赤いバラを植えるための穴ですが、赤いバラの品種などについて、何かご希望はありますか?」
「アイちゃん、希望はあるかな?」
「ううん、赤いバラなら何でもいいわ」
何でもいい、これが困る。食事でも、服でも、遊びに行く場所でも困る。イアペトさんもさぞや困るだろうと思ったら、イアペトさんから具体的な提案をされた。
「赤いバラといっても、深紅のバラから薄い赤のバラまで20種類以上あります。それらを門から玄関まで赤色の薄いバラから深紅のバラへと色の濃さの順に並べようと考えていますが、どうでしょうか?」
それを聞いたアイちゃんが、わぁ~と歓声を上げた。
「すごくすごくすごく、きれいだと思うわ。早く見てみたいわ。いつ頃見ることができるのかしら?」
「穴掘りはもうすぐ終わります。それぞれのバラの成長に適した土で埋めるのに3日間。その後、手に入ったバラの苗から順に植えていきます。なかなか手に入らない品種もありますから、植え終わるのに3週間くらいですね。その頃は赤いバラが咲き始める季節ですので、ちょうどいいと思います」
「じゃあ、あと1ヵ月もすれば見られるのね。楽しみ~~~」
アイちゃんが、ワーイ、ワーイと叫びながら、メイドさんと両手をつなぎグルグル回っている。それを5人のメイドさん全員とやる勢いだ。
「ここのバラの事、よろしくお願いします。花壇を見たいのですが?」
「屋敷の裏にあります。ご案内いたします」
「いえ、イアペトさんは作業を続けてください。私たちはこれから散歩ですから途中で見ていきます」
「ありがとうございます。では、お気をつけて」
*
庭師のイアペトさんと別れて屋敷の裏へ行ってみると、春の花が咲き乱れているエリアだった。1辺が10mの正方形の花壇が横に5つ、縦に5つあり、中央には正方形の花壇ではなく、半径5mほどの円形の花壇がある。
花壇と花壇の間は人が2人並んで歩けるほどの幅の通路がある。その花壇すべてに多くの春の花が咲いている。赤色や黄色のチューリップ、ピンクのゼラニウム、青色のネモフィラなどいろいろな花が咲いている。しかも、花壇ごとの花の色がそろっていて、このエリア全体で絵を描いているようだ。
あちこちの花壇に走って行って、キレイ~とかカワイイ~とか騒いでいるアイちゃんは楽しそうだ。後を追いかけるメイドさんたちは大変そうだが。
通路を歩いてこのエリアを出ると大きな池があった。池の左に高さ2mくらいの滝があり水が流れ落ちてきて、池の右から水が流れ出ている。
池にはたくさんのコイが、それも何種類もの色のコイが泳いでいる。池の中ほどに半径5mほどの島が2つあり、2つの島は池の真ん中あたりでつながっている。その部分は通路になっていて、通路の両端は池のこちら側と向こう側と石橋でつながっている。
それぞれの島に小さい建物がある。建物には屋根があるだけで壁はない。四阿や東屋と名付けられている建物だ。四阿の中には円卓とイスが置いてある。お茶会をする建物だろう。
石橋を渡りお四阿でコイを眺めていると、アナンさんから尋ねられた。
「この池と島の名前は何にしますか?」
「えっ、名前が必要ですか?」
疑問に思っていたら、アイちゃんが答えた。
「お池の名前が『お花池』で、ここは『ちょうちょう島』がいいわ」
名前の意味がわからない。よくわからない。意味不明だ。アイちゃんに尋ねてみる。
「その名前にする理由は?」
「島の形がちょうちょうさんで、ちょうちょうさんが止まっているから、お池がお花さんなの」
う~ん、わかったような、わからないような説明である。メイドさんたちを見ると全員ニッコリしている。『それにしてあげなさい』という圧力を感じる。アイちゃんは胸の前で両手を組み、俺の顔をジーと見ている。
賛成するしかない。自分が理解できないから拒否するのは愚かである。ましてやアイちゃんは小さい女の子だ。俺は首をタテに振り答える。
「うん、それにしよう」
「わーい、お花池だー。ちょうちょう島よー」
喜んでいるアイちゃんに、ガリレさんが教えた。
「お嬢様、この池のコイは歌を歌うと寄って来るのですよ。
そして、メイドさんたちは歌い出した」
♪でーてこい、でーてこい、いーけのコイー
童謡の『池の鯉』だ。すると、コイが3匹寄って来た。それを見たアイちゃんも歌い出すと、誘われるように、多くのコイが寄って来た。アイちゃんの歌には魅力があるのか?
石橋を渡り先に進むと、さきほど同様の花壇がいくつかあり、最後の花壇2つには、植物はあるが花は咲いていなかった。ヒマリアさんが説明してくれる。
「ここに植えてあるのはアジサイです。アジサイは土によって花の色が変わるという説を庭師のイアペトさんが確認するための実験用に植えてあるのです」
なるほど、いろいろな色の土がある。イアペトさんは研究熱心な人らしい。ということは、俺の考えていることを検討してくれるかもしれない。
俺の考えていることは 『バラは品種によって咲く季節が違う。それを利用して1年間バラが咲く花壇をつくれないか。』というものだ。イアペトさんに提案してみよう。実現するかもしれない。
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参考
池の鯉 文部省唱歌 作曲・作詞 不詳