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第20話(最終話) 七夕の夜、アイちゃんの故郷の森へ

 7月に入って暑い日が続いている。だから、魔導具の大きい扇風機を引っ張り出してきて使っている。でも今は扇風機を止めている。執務室で仕事をしているからだ。


仕事といっても書類にサインするだけなのだが、その書類が、大きい扇風機の風で飛ばされるからだ。もうすぐ仕事が終わる。そうしたら、アルタイルの森へ行こう。きっと森の中は涼しいだろう。



 転移してアルタイルの森に来た。転移陣を出て最初に目に入って来たのは、バラの花壇。赤いバラがきれいに咲いている。その向こうには、木々が切り倒されて、きれいに整地された広い土地だ。


音楽魔法一族の人たちの希望を聞いてから、家を建てるための土地だろう。少し離れた場所に、果樹園や薬草や染色のための草が生えている花壇が見える。帰還する音楽魔法一族の準備は着々と進んでいるようだ。


作業している人たちのための建物はそのままだが、外にいる人の数は、一番多かった時期に比べると、かなり減っている。家を建てる作業が始まるまでは、一休みなのだろう。


転移陣から離れて、木々の生い茂っている中へ歩いて行くと、1つだけポツンと建っている建物があった。まだ、建設中のようで20人くらいの人たちが作業をしている。この建物は何だろうと思って、作業を見ている人に尋ねてみた。


「ご苦労様です。この建物は何でしょうか?」

「ああ、この建物は向こうの川から引いてきた水を消毒、殺菌するための魔導具を設置する建物だ。一万人ほどの人が、毎日生活するための水を供給できる性能の魔導具を設置予定だから、かなり大きい建物になる」


アイちゃんの住んでいた森の住民は、300人くらいだったはずだ。余裕のあり過ぎる魔導具の性能だ。何か人口が増える計画でもあるのだろうか?


水を取り込んでいる川まで歩くことにした。空は良く晴れていて、陽ざしも強い。でも森の中は陽ざしが遮られ、そよ風が吹いて涼しい。自然の優しい風の吹く中、時折聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、歩いて行くと川にたどり着いた。


川幅は50メートルくらいで、ゆったりと水が流れている。澄み切っていて、きれいな水が流れている。


しばらくの間、その景色を楽しんでいたが、川の向こう側のことが気になった。こちらと同じ風景が広がっているのか、それとも違う風景が目に映るのか? 橋を架ければ向こう側に行ける。橋を架けることで、未知の土地へ行けるのだ。


こんな楽しいことは実行すべきだ。次の機会に、橋を架けることを屋敷商会の会頭さんに提案しよう。さて、そろそろ3時のお茶の時間だ。屋敷に帰ることにする。ペンダントを持っているから、ここから転移できる。これは便利だ。ここにはまた来ることにしよう。




夕方、裏庭の花壇の方から、ピーピーとかブーブーという音が聞こえてきたので、行ってみたらアイちゃんとお付メイドたちが遊んでいた。メイドたちが葉っぱを口に当てて音を出している。聞こえてきたのはこの音だったらしい。一番近くにいたアナンに尋ねる。


「何をして遊んでいるんだ?」

「お嬢様に草笛を教えてもらっているのです。ですが、難しくて」


草笛か。俺も小さい頃、試してみたけどダメだった。難しいのだ草笛は。


「アイちゃんはできるのか?」

「はい、お嬢様はとてもお上手です」

「アイちゃん、何か曲を演奏してくれないか?」

「いいわ。ちょっと待ってね」


そう言うとアイちゃんは、花壇から新しい葉を取って、口にあてて曲の演奏を始める。うん、これは童謡の『たなばたさま』、七夕を歌った曲だ。歌詞は思い出せない。しかし、葉っぱ1枚で曲が演奏できるなんて、さすがアイちゃんだ。


「アイちゃん、今の曲は童謡の『たなばたさま』だね?」

「曲名は忘れたわ。私が小さい頃、今の季節にお母様が歌ってくれたの」

「そうか、懐かしい感じがするいい曲だね」


ひょっとして、思い出せないようにブロックされている部分なのか?



今日の夕食はソーメンという倭国の食べ物だった。ソーメンは、白くて細いツルツルした麺。これをツユと呼ばれる黒い液体につけて食べるのだ。暑いこの季節にはうってつけの食べ物であり、美味しく頂いた。


一緒に出てきたテンプラ、玉ねぎなどの野菜やエビなどの魚介類を揚げたもの、これも大変美味しかった。

しかし、大きな問題があった。それはハシと呼ばれる2本の木の細い棒を使って食べる事である。これも倭国のもので、アイちゃんは上手に使っていたが、俺には無理だった。


頑張って練習したが、結局ナイフとフォークを使わせてもらった。時間を見つけて練習しよう。食事中に調理長のテミストさんが、なぜ今日のメニューはソーメンなのかを説明してくれたけど、倭国の風習らしい。彼の説明によると、


倭国には5節句と呼ばれる季節の節目となる日がある。それは、1月7日の七草の節句、3月3日の桃の節句、5月5日の菖蒲の節句、7月7日の笹の節句または七夕、9月9日の重陽の節句の5日。


そして、それぞれの節句には旬の食材を利用した食べ物がある。七草の節句に七草粥、桃の節句にヒナアラレや白酒、菖蒲の節句にカシワモチやチマキ、笹の節句にソーメン、重陽の節句に栗ご飯などだ。今日は笹の節句なので、ソーメンを食べる日らしい。 


なるほど、七夕は星に関係ある伝説だから、俺も知っていたが倭国では笹の節句というのか。それにしても、カシワモチやチマキは食べてみたい。そんなことを思っていたら、メイド長のジュリさんから、


「笹の節句には、ユカタと呼ばれる涼しくて、美しい服を着ることが多くて、ユカタを着た女性はとても美しいのです」


という情報が追加された。それを聞いた俺がアイちゃんを見ていたら、


「私はユカタを着ません。でも特別な服を着ますね」


と言われてしまった。恥ずかしい。いや、是非ユカタ姿のアイちゃんを見たかったのだが、この場の雰囲気を変えるため別の話をしよう。


「アイちゃん、聖なる響きの館を探すとき、冬の大三角形を使ったことを覚えているかな?」

「うん、覚えているわ。明るい星で作られる三角形のことね」


「夏にも大三角形があるんだ。今夜は晴れていて、星がよく見えるから、夏の大三角形も見つけやすいと思うけど、探してみないか?」

「本当ですか? 是非探してみたいです。お願いします」

「では、2時間後にカメさん亭に集合だ」



星がきれいに見える。今夜は新月で、月が出ていない。カメさんの湖の水面は穏やかで、鏡のように星を映している。俺は、カメさんの湖の畔にあるカメさん亭でアイちゃんを待っている。夕食のとき、夏の大三角形を教えて欲しいと頼まれたのが理由だ。


聖なる響きの館を探すとき、冬の大三角形、シリウスとプロキオン、ベテルギウスで作る冬の大三角形、この知識を利用したが、夏にも大三角形があることを話題にしたからだ。


「お兄様、待った~、ごめんね~」

「いや、俺も今来たばかりだ」


お付きメイド5人を連れて、アイちゃんがやって来た。着替えたのだろう。初めて会った時の水色のワンピースを着ている。女の子の着替えには、時間がかかるもの、気にしてはいけない。まあ、遅れる時間にも限度はあるが。


「そのワンピース姿を見るのも久しぶりだね。あれは、桜が満開の頃だったから、3か月ぶりくらいかな?」

「そうね。たまには着てあげないと服がかわいそうだし、今夜は着たい気分になったから」



「そうか、特別な服とはそのワンピースのことか。アイちゃんは何を着ても可愛いから、いいんじゃないか」

「ありがとう。今夜はお星さまが、いっぱい見える、とってもきれいだわ」


アイちゃんが照れて言う。うん、可愛い、とても。さて、本題に入ろう。まずは天の川からだ、天の川を指さして。


「あそこに雲のように見える光の帯があるのがわかる?」

「わかるわ」

「あれが天の川。星がたくさん集まっている所だ。」

「言われてみると川に見えるわ。空にも川があるのね」


この後は探しやすい。探している3つの星が明るい星だからだ。1つ1つ指さしながら教えていく。


「あそこの星がアルタイル、わし座の星。天の川の対岸にあるのがベガ、こと座の星。そしてあれがデネブ、はくちょう座の星さ。」

「アルタイルの森のアルタイルね。あっ、3つの星を結ぶと三角形になるわ。」

「そう、あれが夏の大三角形だ。」


簡単に見つけてしまった。もう少し、教えてあげよう。


「白鳥座のデネブは、絵に描くと翼の付け根の尾に近い所にある。」

「よくわからないわ。」


当たり前か。絵を知らないとわからない。俺は詠唱する。


「星魔法 はくちょう座」


湖面に現れた白鳥に翼を広げさせて、指さす。


「ほら、あそこだよ」


湖面に浮かぶ白鳥と、空のはくちょう座を交互に見ていたアイちゃんが、言う。


「うん、そんな風に見える」


「星魔法 わし座・こと座」


わしとことも近くに出して、アルタイルとベガの位置を教える。そして、もう1つ。おとぎ話の説明をする。


「倭国の七夕というお話では、ベガは織姫星、アルタイルは牽牛星と呼ばれている。織姫ははたを織る娘でよく働く娘、牽牛は牛飼いの男でよく働く男。2人は愛し合っていて結婚したが、結婚後は楽しすぎて働かなくなってしまった。


これに怒った天の王様が2人を天の川の両岸に置いて、会えないようにした。

しかし、あまりに可哀そうだったから、1年に1回だけ、7月7日に会えるようにした。それが、七夕のお話だよ」

「えっ、今日は7月7日だわ。あれっ、何か思い出せそう」


そう言うと、アイちゃんは目を閉じた。すると、淡い赤い光がアイちゃんを包み込んだ。数分後、光が消えて、アイちゃんが目を開けて、話し始めた。。


「300年前の巫女長様からのメッセージの中で、ぼんやりしていた部分がはっきりしたわ。七夕の夜にアルタイルとベガを見て、七夕の伝説の事を想うと、最後の封印が解けるようになっていたのね」

「何がわかった?」


「私の故郷の名前はベガの森。アルタイルの森とベガの森。七夕に関係しているわ。アルタイルはわし座の星で、牽牛星。ベガはこと座の星で、織姫星。ことは楽器の名前。


そして、故郷の場所を知る方法が分かったわ。音楽魔法に、1年で7月7日の夜にだけ、愛し合う2人が一緒にいれば使える魔法があるの。300年前の巫女長様が創られた音楽魔法よ。その魔法を使えばベガの森の場所が分かるわ」


俺は驚いてしまい、焦って尋ねる。


「そうか、そうなのか」

「お兄様、あの白鳥は空を飛べる? 白鳥で私の故郷へ一緒に行ってくれる?」


アイちゃんが湖面の白鳥を指さして言う。


「もちろん飛べるし、喜んで一緒に行くさ」

「ありがとう、お兄様」


そう答えると、アイちゃんは詠唱した。


「黄金のクラーフル アウト」 


横笛を手にしたアイちゃんは、再び詠唱する。


「音楽魔法 天の川にかける虹 ―虹の導く彼方へ―」


アイちゃんが横笛を演奏し始める。静かできれいな曲。そして、希望に満ちていて、キラキラ輝いている曲だ。


湖面に7色に輝く粒が現れ、北に向かってアーチを描いていく。まるで虹のようだ。きっとアイちゃんの故郷へ伸びているのだろう。

 

よし、虹の導いてくれる方に飛べば、アイちゃんの故郷に行けるだろう。俺とアイちゃんは白鳥に乗る。メイドたちには残ってもらい、ハトによる連絡を待ってもらうことにした。

 

飛び立つ前、アイちゃんに頼まれた。


「お兄様、出発の合図は私がしていい?」

「もちろん、いいよ」


返事を聞いたアイちゃんは、ビシッと虹の伸びる方向を指さして、力強い声で指示する。


「飛び立て! 白鳥よ。白き翼に我らを乗せて。アルタイルの森からベガの森へ」


白鳥は飛び立つ。虹に導かれて北の空へ。300年前、ここアルタイルの森を追われた音楽魔法の一族は、この日のために、たどり着いた森をベガの森と名付けたのだろう。


白鳥自身の結界があるので、風を感じなといし、寒くもない。地上を飛び立ってから2時間後、白鳥が虹のアーチの頂点に近づいた頃、アイちゃんが俺の前に来た。


「お空にお星様がたくさん輝いてきれいだわ」

「うん、きれいだね」

「この魔法は魔力の消費量が大きいの。そろそろ私に魔力補給して欲しいわ。キスして、く、く、唇に」


アイちゃんが顔を真っ赤にしている。


「好きだよ、アイちゃん」


そう言うと、俺はアイちゃんを抱きしめて唇を重ねた。しばらくして唇を離した後、


「甘いわ。とっても甘いわ。好きよ、お兄ちゃん」


トローンとした目でアイちゃんがつぶやいた。俺も同じ想いだった。


2人の想いを乗せて白鳥は飛び続ける。満天の星の下、ベガの森へ。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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この物語は『星魔法使いの少年と音楽魔法使いの少女』シリーズの1作目です。


2作目の『音楽魔法使いの少女は第一夫人の座を目指』と3作目『 星魔法使いの少女たちと音楽魔法使いの少女たちは活躍するのページへ移動するには、目次ページの作品タイトル上部に、小さい文字で「星魔法使いの少年と音楽魔法使いの少女」の文字列があります。そこをクリックして移動先の作品を選択してください。


参考

「たなばたさま」 童謡 作曲 下総 皖 作詞 権藤はなよ 


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