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閑話 執事サタールの回想と娘イスリ

閑話 執事サタールの回想とイスリ

 私の仕事は赤いバラの屋敷の執事である。お嬢様がこの名前を付けるまで、この屋敷は単に屋敷と呼ばれていた。そう、名前は無かった。

 

私の家は先祖代々、この屋敷の執事を仕事とする家だ。他の屋敷の執事と違うのは、ご主人様がいないこと。この土地にご主人様の一族が帰られて、本来住むべき屋敷が建てられる日までの一時的な仮住まいとして、この屋敷は建てられたのだ。


いつ帰るともわからないご主人様を待ち続ける日々。その流れる日々の中で、私は結婚した。当時メイドだった優しくて、しっかりと仕事のできる娘と結婚した。今メイド長をやっているジュリだ。


ジュリとの間に、この屋敷で働いている2人の娘と執事学園に通っている1人の息子を授かった。その後、父親の後を継いでこの屋敷の執事となった。


3人の子どもの中に1人の息子がいる、これは一族の中では幸運ことだ。なぜなら、音楽魔法一族は男子の出生率がとても低いからだ。


私の仕事はこの屋敷の管理、運営である。屋敷の敷地には住居用の建物以外に、食品工房や、一般工房、果樹園、牧場などがある。施設があれば、そこで働く従業員がいる。それら施設及び従業員の管理・運営も私の仕事である。


だから、私の仕事量はとても多くて大変だ。とても執事1人でこなせる仕事量ではない。執事スキル「バトラーの聖域」を持つ私でも無理だ。だから、執事見習いが1人と文官3人が私の下で働いている


そして、部門ごとに責任者を置き、その責任者に大きな権限を持たせて、執事は全体の仕事と各部門間の調整をする。それが、屋敷が建設された300年近く前からのシステムである。


ただし、各部門間の責任者や執事見習い、文官になる者には条件がある。それは音楽魔法一族の者であること。理由はこの屋敷が待ち続けているご主人様が音楽魔法一族の族長だからだ。


待ち続ける日々の、終わりの始まりの日は、桜が満開の日だった。音楽魔法一族の同志、花札の屋敷の屋敷長トーフーから至急の連絡が入った。伝説の黄金色の横笛と音楽魔法の杖を手に入れた少女が現れた。ボーナスゲームもクリアして、そちらの屋敷に向かうかもしれないと。


その知らせを受け取り、至急責任者たちに連絡した。その中でも直接関わる可能性のある2人を呼び指示を与えた。警備隊隊長のイスリ、彼女は私の娘である、には接触することなく、遠くから見守るようにと。


そして、私の夫人でもあるメイド長のジュリには、お付きメイド候補5人を音楽魔法一族の中から選ぶように、もし屋敷にいらっしゃった場合は、メイド全員でお出迎えするようにと。


すぐに少女は現れた。年齢は5才か6才と思われる金髪の幼い少女。驚いたのは彼女の着ていた水色のワンピースだ。あれは、我が一族の秘密文書に描かれている巫女様の略装ではないか。


音楽魔法一族族長の家族の者にしか巫女様になれない。ならば、彼女は音楽魔法一族の者、それも高い位にある者に違いないと確信した。


同伴者は、冒険者風の服装をしている10代中頃と思われる、銀髪で顔立ちの整った少年。その立ち居振る舞いから、貴族の子息かもしれないと思われた。少年が言うには、少女は迷子だと。もう全く訳がわからなかった。何が起こっているのだ。


 次の日、お付きメイドたちから報告があった。少女が音楽魔法を使い、野バラを咲かせ、小鳥を呼び寄せたと。それは本当かと、私は何回も確認した。


しかし、5人全員が本当だと証言した。私は歓喜した、喜びで走り出し、叫びそうになってしまった。先祖代々、待ち焦がれた日が訪れる可能性がとても高くなったからだ。いや、もうほとんど実現していると思いたかった。

 

そのために、もう1つの報告を聞き流してしまう失態を犯してしまった。少年が星魔法を使ったという報告に、それほど注意を払わなかったのである。


私は、残留音楽魔法一族のトップである屋敷商会会頭に連絡したが、あいにくと会頭は遠国に商談に出かけており、屋敷に来るのは、しばらく後になるとのことであった。

 

それまでの間に、メイドたちは少女に魅了され、少年に魅惑されるようになってしまった。最近は娘のイスリも少年に夢中になっているようだ。大丈夫か? 貴族と平民は結婚できないことを忘れていないか?

 

そして、会頭が訪れた日、もう1つの驚くべき事実が明らかになった。それは、少年がステラ公爵家のご子息、それも次期当主であるということだ。


我が国の貴族の地位の序列は、上から公爵、特別侯爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵である。他国には存在する辺境伯という爵位はない。辺境伯には、魔物や魔獣、他国の侵略から国を守る役割がある。しかし、この国では、その役割は星魔法の一族が担っている。だから、辺境伯は必要ないのだ。


また、他国では国王の兄弟が臣籍降下される場合、公爵の爵位を授けられるが、我が国では特別侯爵の爵位を授けられる。

 

つまり、ステラ公爵家は貴族の最高位。そして、我が国に公爵家は1つしかない。ステラ公爵家は王家の次、我が国No2の家なのだ。さらに、ステラ公爵家の次期当主はこれまで公式の場に姿を現したことはなく、肖像画も出回っていない。幻の御曹司とさえ言われているのだ。


イスリから、少年が星魔法を使い、上級の魔法使いであり、魔法に関して深い知識を持つと報告された時に、貴族だとしても、星魔法一族の伯爵家くらいのご子息、と推測した自分の愚かさが恥ずかしい。


商会会頭から、聖なる響きの館に関する秘密の言い伝えを語られ、それを探すように依頼されて、わずか2日後には聖なる響きの館を、少年は探し出してしまった。


ああ、秘密の言い伝えの「星の導きにより、願いは叶う」は、このことだったのだ。星とは、星魔法一族の少年のことを意味していたに違いない。


さあ、過ぎ去った日々を振り返るのはここまでだ。前を向こう、やるべき仕事が山ほどある。馬車道から聖なる響きの館への石畳の道もまだまだ未完成だ。聖なる響きの館の周辺もきれいに整備しなくては。


「狩人の石像」と「大きな犬の石像」への道と石像の周囲も整備しよう。お客様だけではなく、護衛や侍女、御者や馬のための休憩所も必要だ。湖に注ぎ込む川と湖から流れ出る川の場所の調査と浄水施設の建設、森の獣への安全対策、数え上げればきりがない。


屋敷の従業員だけでは足りない。そうだ、資材も集めなくては、人も集めなくては。いや、この屋敷の莫大な富のほんの一部を使うだけだ。300年近くかけて、先祖が蓄えてきた富を今、使わずにいつ使うのだ。


忙しくなるぞ。さあ、頑張ろう。そして、現在13才の息子に、この屋敷の執事の仕事をバトンタッチする日まで、この屋敷を、この土地をもっと良くするのだ。



イスリは王都の喫茶店でヘルミとお茶を楽しんでいた。


「イスリ、あなたのお父さん、とても大変なことになったみたいね」

「そうなのよ。これまでもあの仕事量だったのに、それが2倍、3倍になったからね。執事見習いが1人ついているけど、無理よ、無理、無理。お母さんもとても心配しているわ。ご主人様も従業員の働き過ぎを嫌われていらっしゃるのに」


「部下に即戦力の文官を雇って、文官の数を増やすとか、屋敷商会から文官を回してもらうとかできないのかしら」


「募集しているようだけど、今の所いい人の応募がないみたい。音楽魔法一族だけが対象だからね。だからといって、一族以外の人を採用するわけにもいかないし。

屋敷商会も同じ仕事で忙しくなっているから、国外に出張している人たちを呼び戻しているらしいの。2週間くらいしたら、その中から2人ほど回してくれるらしいわ」


イスリが首を振りながら、心配そうに言う。それを聞いたヘルミは顔をしかめる。


「ふ~ん。あと2週間頑張るしかないのか。辛いわね。ところでさあ、お嬢様の魔法訓練のことだけど、困っているの」

「どう困っているの? 順調そうに見えているけど」


「体力や魔力の基礎訓練は順調よ。お嬢様は頑張り屋さんだからね。でも音楽魔法がね。私、音楽魔法のことは何も知らないし、どうしたらいいの? ああそうだ、もう1つあったわ。お嬢様は水魔法と風魔法が使えるの。それも長い間使っていたかのように自然に。なぜだろう、わからないわ」


「ああ、それはどうしようもないわ。音楽魔法のことは誰も知らないから。体力や魔法一般の訓練のコーチとして、レッスンするしかないわよ。それにお嬢様の不思議については考えないようにする、ってご主人様も言っていたわよ」


「そうだよね。その通りだわ。イスリに言ってもらえて安心したわ」

「ヘルミったら、小さい頃からずっとそうだよね。自分で分かっているくせに私に相談するのよね」


苦笑いをしながらイスリが言うと、困ったようにヘルミが答える。


「そう言わないで。イスリに聞いてもらうとほっとするのよ。ところで、ご主人様のことをどう思う? 魔法はすごいし、顔は整っているし、優しいし」


イスリが顔を赤くして応じる。


「そうよね。あんな男の人には、これまで出会ったことがないわ。あら、でもどうしてそんな事を私に聞くの?」

「だって、イスリは自分よりすごい魔法を使う男の人にしか興味がないじゃない。だから、ひょっとしたらって思って聞いてみたの」


「もちろん興味は大有りよ。でもご主人様は貴族で、私は平民。どうにもならないわ。さて、そろそろ行こうか?」


イスリは残ったお茶を飲みほして、席を立った。それは、この話題には触れて欲しくないという意思表示のようだった。ヘルミは苦笑いをしつつも後に続く。


店から出た2人に、「暴走馬車だー」と叫ぶ声が聞こえ、人々が逃げ惑う姿が見えた。逃げてくる人々の先をたどると、2頭立ての箱馬車が猛スピードでこちらに走ってくるのが目に入った。御者は必至で馬を宥めようとしているが、止まる様子はない。イスリがヘルミに言う。


「2人で止めるわよ。風魔法、最初は中くらいの風速で、だんだん速くしていくの。それでいい?」

「了解」


2人は通りに飛び出す。箱馬車は50メートルくらい先。幸い2人と箱馬車の間に人はいない。2人は詠唱する。


「「風魔法 風流」」


幼馴染なので息はぴったりあっている。1人が1頭の馬に風を吹きつける。風をだんだん強くしていく。すると、馬のスピードが遅くなってきて、やがて止まった。


2人は馬へ走って行き手綱を握り、馬を宥める。御者も落ち着きを取り戻したようだ。馬は御者に任せて、箱馬車に近づく。窓から青ざめた顔の、侍女らしき服装の女性がこちらを見たので、イスリが声をかける。


「もう大丈夫ですよ。安心してください。お怪我はありませんか?」

「おかげさまで怪我人はいません。助けて頂きありがとうございます。私たちはコナモ伯爵家の者です。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「いえ、名乗るほどの者ではございません。ただの通りすがりの者です。では失礼します」


そして、2人は走り去った。後に残されたのは、あっけにとられた箱馬車の人たちだった。



お読みいただきありがとうございます。

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