第17話 アイちゃんの変身
翌朝、着替えを終わり部屋でゆっくりしていると、アイちゃんがやって来た。部屋に入るなり、トコトコ走ってきて抱きついて来た。いつもより、強く抱きつかれている。うん、元気だ、良かった。昨日の魔力切れはすっかり回復したようだ。
一緒にやってきた5人のお付きのメイドさんたちは疲れ切った表情をしている。一晩中お世話してくれたであろう、お付メイドさんたちに感謝である。アイちゃんが内緒話をするように言う。
「おはよう、お兄ちゃん、私ね、寝ている時に夢を見たの」
「おはよう、それはどんな夢だったのかな?」
「あのね、森の中のバラの花に囲まれた家の中で、何ヵ月もベッドで眠り続けている女の子がいたの。そこに白い鳥に乗った銀髪の王子様がやって来て、女の子にキスしたら、女の子が目を覚ましたの。そして、王子様は女の子が前に住んでいた場所に、女の子を連れていってあげて、二人は幸せになるの」
「ふ~ん、ロマンチックな夢だね。おとぎ話みたいな夢だね」
アイちゃんはいったん俺から離れて、俺の目をジーと見て、話を続けた。
「だからお兄ちゃん、私にキスして」
ど、どうしてそうなる? ビックリしていたら、アイちゃんは目を閉じて追撃してくる。
「早く~、早く~」
ちょっと待て。アイちゃんはまだ5,6才くらいだろう。こんな子にキスしたら騎士団に逮捕されるじゃないか。部屋の中にいる5人のお付きのメイドさんたちは、生暖かい目で見てニコニコしているだけで、助けてくれそうにない。
頭を全力で回転させ、この場をどう切り抜けるかを考えて、おでこにチュッとすることにした。これなら、問題ないだろう。キスしたことになるし、騎士団に逮捕されることもないだろう。
アイちゃんの頭を両手で挟み、チュッ。えっ、口がおでこから離れない。それどころか、俺の口からアイちゃんのおでこに魔力が急速に吸われて、アイちゃんに流れ込んでいる。どうした、何が起こっている?
3分くらい吸われ続けたら、やっと口をアイちゃんのおでこから離すことができた。そして、アイちゃんの頭がほのかに赤く光った。アイちゃんが目を開けて言う。
「お兄ちゃん、キスしてくれてありがとう。花札の屋敷に来る前のことを思い出したわ。でも、おでこだったから、思い出しただけ。唇だったら身体も元にもどったのに。」
「記憶が戻ったのは良かったね。でも、唇はね、アイちゃん5、6才くらいだから無理だよ」
「私は思い出したの。私は15才よ、大人よ、大人。だから、大丈夫」
「でもな~。外見が5,6才くらいだから無理だよ。それに大人でも唇へのキスは恋人か結婚してからだから」
「お兄ちゃん、私たちが初めてこの屋敷に来た日の約束を覚えている?」
えっ、何だっけ。あ~、あれか、結婚の約束。アイちゃんが15才になっても覚えていたら結婚する、って約束。うん、覚えている。でも、何年も経ったら忘れる、と思っていた約束だ。こんな状況は想定していない。
しかし、約束は約束だ。結婚しよう。アイちゃんのことは好きだし。本当に15才ならば、俺が17才だから年齢的にも問題はない。
「覚えているよ。結婚の約束だね。約束は守る」
「だったら、唇にキスでもいいじゃない。私の身体を元に戻すためだよ」
「でも、外見が……。無理だよ」
俺の目をジーと見ているアイちゃん。その姿を見ながら俺は考えた。まずはホッペで試してみよう。それでダメなら唇だ。これは人工呼吸と同じ、人助けということで。
「アイちゃん、キスするから目を閉じて」
「うん」
アイちゃんが抱きついてきた。俺はアイちゃんのホッペにキスをした。俺の唇はホッペから離れない。魔力を吸われる、どんどん吸われる。今度は5分くらい吸われ続ける。魔力の吸い込みが終わったら、アイちゃんの身体が淡く赤く光った。
身体がグングン大きくなっていく。身長が160cmほどになった時、光が消えて身体の大きさは一定で落ち着いた。そして、とても可愛い金髪の美少女がそこにいた。
「お兄ちゃん、ありがとう。身体も元に戻ったわ。それに、お兄ちゃんの魔力が身体に入って来ると、とってもいい気持ちになったわ」
良かった、唇へのキスが避けられた。今の姿ならいいけど、5,6歳くらいの外見では無理だからな。いやアイちゃんの身体が元に戻ったのを喜ぶべきだろうか。
確かに15才だ。身長も160cmくらいだし、胸のあたりに2つの柔らかいものが当たっている。でも服が魔法服ではなかったらしく、ほとんど破れ落ちている。これは、どうにかした方がいいと思っていたら、それまでアイちゃんの身体の変化に固まっていたガリレさんが、あわてて叫んだ。
「お嬢様、新しい服を作りましょう。さあ、お部屋に戻って採寸です」
アイちゃんとヒマリアさんを連れて部屋を飛び出して行った。
部屋に残ったカルメさんとアナンさん、アマルさんがヒソヒソ話をしている。アイちゃんの身体が急に大きくなった事に驚いているのか、と思ったら全然違った。
「お嬢様が、ご主人様の魔力が身体に入って来ると、とてもいい気持ちになるって言われていたけど、本当かしら?」
「私も味わってみたいわ。ホッペならいいかしら?」
「私は、できれば唇で味わいたいわ」
それが耳に入った俺はキッパリ言った。
「ダメです。そんな事をしたら、俺のパワハラ、セクハラになります」
「大丈夫です。私たちの自発的な自由意志ですから」
「そうです。私たちがお互いに証人になります」
「いや、ダメなものはダメです」
「私たちは全員、音楽魔法一族の子孫です。だから、お付きのメイドに選ばれました。ご主人様になら、どんなご奉仕でもする覚悟はできています」
「いや、それとこれとは関係ないでしょう」
「ホッペにチューくらいなら、いいじゃないですか」
「うっ、ま、まあアイちゃんが許すなら」
ふう、何とかなりそうかと思っていたら、アイちゃんたちが帰ってきた。アイちゃんは、ちゃんと服を着ている。ただし、普通の服は無かったらしく、メイド用の服だが。メイド用の服もよく似合っている。アイちゃんは、何を着ても似合うな。うんうんと頷いていたら、アイちゃんがまた俺の胸に飛び込んできた。
「お兄ちゃん、結婚式はいつにしようか?」
「結婚しよう、必ず結婚する。だから、少し落ち着こう」
「嬉しい~。きっとだよ、約束だよ」
「まず、この屋敷と土地をアイちゃんのものにしよう。15才なら資格があるからね」
「その必要はないわ。結婚すれば、2人の物になるのでしょう?」
「そうか、そうだね。じゃあ、どこから来たのか思い出した?」
「うん、森の中から来たの。森の中の湖の近くよ。森はどこまでも続いているの。そこで一族と一緒に暮らしていたの」
「一族は何人くらい?」
「300人くらいかな?」
「一族の人たちは、ここに来て住むことに賛成するかな?」
「きっと賛成するわ。昔からここに帰りたがっていたから」
どうやら森の中に音楽魔法の一族は住んでいるらしい。さて、どこの森だろう? 詳しく聞いてみよう。
「ここから見て、一族の人たちが住む場所の方向と距離はわかる?」
「わからないわ。でも、いつかは分かるわ」
「それはどういう事?」
「うん、理由はわからないけど、それを知っているの。300年前の巫女長様が、そのように魔法をかけていたみたい」
う~ん、なぜだ。いや、アイちゃんだからだ。考えてはいけない。待てよ、まだわからないことがある。
「アイちゃんはどうやって花札の館に来たのかな?」
「わからないわ。一族の娘は、15才の誕生日に儀式があるの。神様を祭ってある小さな神殿に入って『故郷』の曲を演奏するの。私も誕生日に入って演奏したわ。
その時、頭の中で声がしたの。名前以外を忘れ、身体が幼くなってもいいなら、あなたたち一族の故郷に行けるけど、どうする? って。少し迷ったけど、『私は行きます』と答えたの」
なるほど、大量に魔力を消費したから、記憶をなくし、身体が幼くなった。俺から大量の魔力を補給したから、記憶も身体も元に戻った、ということか。しかし、一族の住む場所はわからないままだ。よし、次だ。
「結婚には親の賛成があった方がいいと思わないか?」
「そうね。でも、私の両親も一族の者もみんな賛成してくれるわ。一族では、本人同士が結婚したければ、それでいいの」
「両親はわかるけど、なぜ一族の賛成が問題なのかな?」
「私は族長の娘だから。そして、族長の娘は一族の巫女なの」
うん、また新たな事実がわかった。そういえば、聖なる響きの館でも巫女様と呼ばれていたか。
「わかった。俺の両親というか家には問題がある、貴族家だからな。最初の結婚、つまり第一夫人との結婚には、2つの課題をクリアしなくてはいけない」
「それは、どんな課題?」
「今はわからない。結婚を希望する相手を連れていった時、両親から課題を言い渡されるらしい」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん、一緒に頑張ろう」
「そうだね。頑張ろう」
2人で盛り上がっていたら、アナンさんから言われた。
「あの~、結婚されるのでしたら、お兄ちゃんと呼ばれるのは止めた方がいいと思います。まるで兄と妹で結婚するように誤解されますから」
アイちゃんが少し考えて答える。
「お兄様でどうかしら?」
「同じことです」
う~ん、と考え込むアイちゃん。ヒマリアさんが助け舟を出してくれる。
「ご主人様では?」
ガリレさんが突っ込む。
「それでは、私たちと同じです。アース様でどうでしょうか?」
婚約者からの一般的な呼び方である。問題はない。アイちゃんは、しばらく考えた後、結論を出した。
「お兄様も捨てがたいわ。2人だけの時はアース様かお兄様、それ以外はアース様と呼ぶことにするわ。それでいいかしら、お兄様」
「好きに呼んでいいよ、2人だけの時は。それ以外はアース様で」
やっと、アイちゃんが俺の背中に回していた手を離してくれた。これで一件落着とホッとしたら、アナンさんが爆弾を落とした。
「お嬢様、私たちもご主人様から、ホッペにチューを頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいわ。でも結婚式前は私のいない所でお願いね」
えっ、いいのか。本当にいいのか、アイちゃん。俺が困るぞ。
「アイちゃん、本当にいいのか?」
「うん、それくらい何でもないわ」
「どうして? 理由を教えてくれるかな?」
「お付メイドさんたちはいつも一緒にいてくれるでしょう。もう家族みたいなものよ。家族の間でホッペにチューするくらい普通のことよ」
「えっ、普通のことなの?」
「そうよ、私の一族では普通のことよ。家族以外でも、とても親しい人たちとも挨拶の時にホッペにチューするわ」
そうか、一族が違えば、風習も違うという事か。でも、俺にはかなり抵抗がある。なんとかならないのか。しかし、その願いは次のアイちゃんの一言で叶わなくなった。
「お兄様、みんなで仲良くするためよ。頑張ってね」
「ヤッター、お嬢様ありがとうございます」
「御主人様、あとでたっぷりとお願いします」
「とても楽しみです。わくわくします」
それぞれ勝手なことをいうメイドさんたち。そんな中、アマルさんが冷静なことを口にした。
「早くお嬢様の服を用意しましょう。靴も装飾品も新しいものを揃える必要があります」
それで、とりあえずこの場は落ち着いた。アイちゃんたちは、服を作るために戻っていった。特に巫女服が大切らしい。最初にアイちゃんが着ていた水色のワンピースは略装の巫女服で、正装の巫女服、ワンピースを作るらしい。それ以外に普段着る服をとりあえず10着くらい作るとの事だ。
俺は手紙を書いた。両親に、2週間後くらいに結婚予定の相手を紹介したいが、いつ都合がいいかを尋ねるもの。これを青い鳩に配達させた。
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参考
「故郷」 作曲 岡野貞一 作詞 高野辰之




