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第16話 聖なる響きの館

 狩人の石像と大きな犬の石像の間の直線を1辺とする三角形を考えます。その辺の真ん中は目印にした赤い岩の付近です。


三角形の残りの頂点に「子犬の踊る曲を演奏する場所」があるはずです。その場所は、冬の大三角形のプロキオンの位置になります。他の2点は、オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウスの位置です。


ですから、目印の赤い岩から馬車道に垂直に森の奥へ進んだ場所、距離は狩人の石像と大きな犬の石像の間の距離より少し短い距離に、探す「音楽魔法の杖を立てることができる穴」はあるはずです。

 

ただし、300年前の穴ですから、埋まっている可能性がありますし、穴を守るための工夫がしてあるかもしれません。ですから、穴や不自然な物を発見したら、大声を出して教えてください。


「冬の大三角形」からの推理を、目印の赤い岩の前で参加者たちに話す。正確には、おおいぬ座のシリウスとオリオン座のベテルギウスとこいぬ座のプロキオンが作る三角形だが、今は石像でいいだろう。


そのプロキオンにあたる地点を起点にして、徐々に探索範囲を拡げていけば、いずれ穴は見つかるはずだ。かなり大雑把で強引な方針であるが、仕方がない。


全員が黙って聞いてくれた。昨日の参加者に、アイちゃんとメイドのヒマリアさんとアマルさんが加わっている。服装はいつものワンピースやメイド服ではなく、農園で働く女性が着るような服で、靴も森の中を歩けるようなしっかりした作りの靴だ。


「音楽魔法の杖を立てることができる穴」の捜索にやる気があるようだ。ひょっとして、メイドさんたちも音楽魔法の一族だろうか。開始の号令をかける。


「それでは、森の中へ出発します」


馬車道から森の中へ歩き出す。すぐに気づいたのは、草が邪魔だということだ。歩くには気にならないのだが、穴を探すには邪魔になる。どうして昨日気がつかなかったのか。自分の迂闊さにあきれるが、まあいい。


染色用の草が生えている場所に着いた。イアペトさんに見てもらって、染色用の草が生えていない場所まで奥へ進む。穴があるのはこの辺り、と予想していた場所に辿り着いた。やはり、ここも草丈が高い。穴を探すのに邪魔になる、そう思っていたら背中のアイちゃんが話しかけてきた。


「お兄ちゃん、草丈の高い草が邪魔だね。私が短くするわ」

「そうか、お願いするよ」


ショックから立ち直ったらしいアイちゃんは、俺の背中から降りると詠唱する。


「黄金のクラーフル アウト」


現れた横笛を手に持ち再び詠唱する。


「音楽魔法 虫のこえ」


虫の鳴き声が歌詞に入っている童謡だ。秋の歌だと思うが、今は初夏だ。季節が合わないけど、関係ないらしい。あちこちから何かが飛んで集まってきた。緑色をしている。


これは、バッタだ。他にもいろいろな種類の虫が何百、いや何千という虫たちが森のあちこちから飛んで来る。俺たちの前から森の奥へ100mくらいの幅で、虫たちが草に群がって食べる、食べる、食べている。


10分ほどで、幅100mくらい、森の奥へ3kmくらいの土地の草の背丈が、かなり短くなった。穴を探すのに邪魔にならない程度になった。すごい、数は力だ。


警備隊の人やイアペトさん、タイタさんは驚いている。アイちゃんが音楽魔法を使うことは聞いていただろうが、実際に自分の目で見ると驚くのは当然だ。さあ、穴探しを始めよう。


食べ残しの草が散らかっているので、イスリさんに風魔法で吹き飛ばしてもらい、全員で横一列になり進む。200mくらい進んだところで、1回休憩。体は疲れていないが、みんなの集中力が散漫になってきたみたいだからだ。


集中しすぎるのも良くない。視野が狭くなりそうだから。探すのを再開して、そこから300mほど進んだ場所で、アイちゃんから呼ばれた。


「お兄ちゃん、変なものがあるわ。こっちに来て」


行ってみると、地面から2cmくらいの高さで直径10cmくらいの円筒状の物体が突き出ていた。土の塊かと思って触ったら、土がボロッと落ちて光るものが見えた。全体の土を払い落とすと薄緑色に光る円筒が現れた。


円筒に触ると金属の感触がした。薄緑色に光る金属、ミスリルだ。これは、ミスリルでできている。ミスリルは鉄や銅と違って錆びない。昔からとても高価な金属だ。そのミスリルで作られた物、きっと重要なものに違いない。そうか、これを地面から引き抜けば、穴ができるのか?


円筒を地面から引き抜こうと力を込めた。スポン、大きな音がして円筒が引き抜かれた。穴があった、ミスリルで囲まれた穴が。引き抜いたミスリル製の円筒は穴のフタだったようだ。


「みなさん、やりました。アイちゃんが穴を発見しました」


俺がそう叫ぶと、「やりましたね~」、とか「良かったですね~」、の声と共に拍手が起こった。よし、次のステップに進もう。


「森の中の林に立つ狩人と大きな犬の教える場所の穴に、音楽魔法の杖を立て、その前で子犬の踊る曲を演奏するがよい」


この言い伝えの文章通りに実行するために、アイちゃんに頼む。


「アイちゃん、この穴に音楽魔法の杖を立てて、子犬の踊る曲を演奏して」

「わかったわ」


そう答えるとアイちゃんは詠唱した。


「虹色のタクト アウト」


虹色のタクトが現れる。上部には7色の宝石で作られた装飾がある杖だ。アイちゃんが穴に杖の先を差し込むと、穴の内部が小さくなっていき、杖を包む。杖が固定され、しっかり立った。


そして、杖の上部の7色の宝石が光を発する。とてもきれいだ。少しすると、光が速いスピードで点滅し始め、だんだん点滅が遅くなる。点滅の間隔が安定し、「強い光、弱い光、弱い光」を繰り返している。


それをしばらく見ていたアイちゃんが詠唱する。


「音楽魔法 子犬のワルツ」


演奏が始まった。ピアノの音色だ。子犬がグルグル回ったり、飛んだりする様子が思い浮かぶ曲である。しかも舞踏会でワルツを踊っている雰囲気がする。


演奏に聴きほれていたら、どこからともなく子犬が飛び出して来て、杖の周りを回り出す。しばらく回っていたが、やがて光となって杖の根本に吸収されて消えた。


すると、300mほど先でゴゴゴゴゴという音がした。見ると木々が動いている。いや、動いているのは木ではない、地面だ。正方形の穴ができるように地面が動いている。地面の移動が終わり、1辺120mくらいの正方形の穴ができると、地面の下から直径100mくらいの円筒状の建物が、せり上がって来る。


高さ30mほどの建物が完全に姿を現したとき、動きは止まった。薄い緑色や濃い緑色の混ざった外見、緑色の建物、たぶん、あれが「聖なる響きの館」だ。


屋敷商会の先祖は、これを知っていたのだろう。しかし、音楽魔法でなければ、この建物を浮上させることはできない。だから、未来に現れる音楽魔法使いのために、言い伝えを残したのだ。


他のみんなを見ると、大きく口を開けて動かない。驚くのが当たり前だ。いや、アイちゃんだけは目をキラキラさせて喜んでいる。建物の正面にドアらしきものがある。中に入れるかもしれない。


「みなさん、あの建物に行ってみましょう」


俺の声に全員動き出した。アイちゃんが尋ねてきた。


「お兄ちゃん、あれはなあに?」

「たぶん、聖なる響きの館だよ」

「私行ってみたい。建物の中に入りたい」


建物のドアの前に来ると、アイちゃんの持つ音楽魔法の杖の上部の7色の宝石から、ドアに光線が伸びた。ドアでカチャリと音がし、内側にドアがスーと開く。音楽魔法の杖はドアを開くキーでもあったようだ。


内部に入ると、左右に廊下があり、正面の壁にドアがあった。さっきのドアと同じく、音楽魔法の杖でドアが開く。内部は弱い照明しかなく、あまりよくわからないけど、広い空間になっているようだ。中に進むと、天井から女性の声が話しかけてきた。


「お帰りなさいませ、音楽魔法一族の巫女様。長い年月お待ちしておりました。私は警備の兵衛督です。大納言様は魔力節約のため、眠りに入っております。大納言様を起こすため、まず、ホール中央で音楽魔法の杖を上に掲げてください」


少し先の場所の床が光り始めた。アイちゃんはそこへトコトコと歩いて行き、音楽魔法の杖を上に掲げる。


すると、杖の先の7色の宝石が光り、一筋の光が天井へ伸びていく。杖と天井が光でつながる。その状態が5分ほど続き、杖からの光が消えた。天井から女性の声が語りかける。


「次に音楽魔法の杖を収納して、目覚めの曲を演奏してください。なお、曲名の前に奉納演奏と付け加えて詠唱してください」


アイちゃんが詠唱する。


「虹色のタクト イン」


そして、再び詠唱する。


「奉納演奏 朝」


演奏が始まる。最初はゆっくりと静かに、小さい音で曲が流れる。朝日が昇り、希望に輝く朝が始まる様子だ。だんだん音は大きくなる。そして、しばらく後、演奏は終わった。


 建物の照明が明るくなり、先ほどは違う声が呼びかけてきた。女性の声だ。


「お帰りなさいませ、音楽魔法一族の巫女様。私はこの館の統制補助の大納言です。300年前の巫女長様からお預かりしているものを、現在の巫女様に転送します」


アイちゃんの身体が赤い光に包まれ、曲が流れ始めた。何種類もの楽器による演奏。メロディは横笛だ。春の優しい光が降り注ぎ、流れる小川のそばの木で鳥がさえずる。のどかな森の風景が思い浮かぶ曲、そんな曲が10分くらい続いた。


曲が終わり赤い光が消えた時、アイちゃんが座り込んでいた。慌てて駆け寄ると、


「お兄ちゃん、私とっても眠いの」


そう言って、アイちゃんは眠ってしまった。これは魔力切れだ。大納言を起こすために演奏をしたり、300年前の巫女様からのメッセージを受け取るために大量の魔力が必要だったに違いない。


全員に言った。


「アイちゃんは魔力切れで眠っているだけです。心配ありません。今日はもう終わりにしましょう。俺は急いで屋敷に転移します。ヒマリアさんとアマルさんも一緒に来てください。他の人はサタールさんと一緒に、20分後に会議室に集合してください」


アイちゃんをお姫様抱っこして屋敷に転移した。アイちゃんをベッドに寝かした後、ヒマリアさんとアマルさんに指示する。


「アイちゃんは寝かしているだけで大丈夫です。念のために、見守っていてください。起きた時のために、飲み物と軽食を用意しておいてください。また、後で様子を見に来ます」


会議室に行くと、全員揃っていた。サタールさんに説明する。


「サタールさん、聖なる響きの館を発見しました。屋敷商会の会頭さんに連絡してください。きっと、すぐに訪問したいとおっしゃるでしょう。しかし、馬車道から聖なる響きの館までの通路や館の周辺を、最低限整備してからお招きしたいのですが」


サタールさんが笑顔で答える。


「それは喜ばしいことです。具体的に整備とはどのようなことでしょうか?」

「歩きやすいように雑草を刈ることです。他にもあります」


ここでイアペトさんの方を向き尋ねる。


「馬車道から聖なる響きの館まで幅5mほど、歩きやすいように草を刈るのに何日くらいかかるでしょうか?」

「作業する人数にもよりますが、2日~3日でしょう」


「染料用の草や薬草が密集して生えている土地を縄で囲い、その周囲の雑草を刈るには?」

「庭師部門の者だけで1日から2日です」


タイタさんにも尋ねる。


「桑の木や布の材料となる草が密集して生えている土地を縄で囲い、その周囲の雑草を刈るには何日かかるでしょう?」

「木工部門の者と2,3人の手伝いをもらえば、1日から2日です」


イスリさんに尋ねる。


「警備隊は、作業する人たちの護衛に十分な人数を出せますか? できれば、危険な猛獣も討伐して欲しいのですが」

「大丈夫です。お任せください」


それを聞いたサタールさんが、頷きながら答える。


「わかりました。庭師、木工、農園、果樹園、牧場、警備隊、各部門の幹部を集めて手配します」


この屋敷の従業員を総動員するようだ。作業はかなり速く進みだろう。俺は念のために言う。


「準備完了の予定日も屋敷商会の会頭さんにお伝えしてください」


「承知いたしました」


「それから、当日はこの屋敷の従業員のみなさんの中で、音楽魔法一族の子孫の方も同行できるように馬車なども準備してください。子孫の方は何人くらいでしょうか?」


「ありがとうございます。私と幹部全員を含めて、50人です」

「やはりそうでしたか。先祖代々、この土地を守ってこられたのですね。みなさん、ご苦労様でした」


全員が深く一礼した。サタールさんが頭を上げた時、彼の目には涙が溢れていた。


その後、アイちゃんの様子を見に行ったが、スースーとグッスリ寝ていた。メイドさんたちも5人全員揃っている。大丈夫、そう判断して自分の部屋に戻った。



お読みいただきありがとうございます。

良かったら、誤字報告・評価等お願いします。


参考

「虫のこえ」  文部省唱歌

「子犬のワルツ(ワルツ第6番)」  作曲 ショパン

「ペール・ギュントより 朝」   作曲 グリーグ

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