第15話 狩人と大きな犬
朝食後、カメさん亭のテーブルで、1人でお茶を飲みながらアルタイルの森を眺めていた。カメさん亭は、湖の岸辺にある、屋根の下にテーブルとイスが置いてある壁のない建物、四阿のことだ。俺が名前をつけた。アイちゃんの影響がかなり大きい名前である。
今日は天気も良く、そよ風が吹くいい天気である。お茶はパシファさんが出してくれた美味しいお茶で、お菓子はアマルさんが作ってくれた甘さを抑えたクッキー、かなり美味しい。これは食べ過ぎに気をつけなくてはいけない。理由は、お腹が一杯になって、ご飯が食べられなくなるからである。
一人でここにいる理由は昨日、屋敷商会会頭のマーチャさんに聞いたことを考えるためである。考えているのは次の文章だ。
森の中の林に立つ狩人と大きな犬の教える場所の穴に、音楽魔法の杖を立て、その前で子犬の踊る曲を演奏するがよい。そうすれば、聖なる響きの館が姿を現すであろう。
森の中の林? 何だろうこれ、森と林は違うのか。多くの木がある場所が林で、もっと多くの木がある場所が森なのか。ならば、森の中で木が少ない部分が林だろうか。
そんなことを考えていたとき、突然、カンカンカンカンと激しい鐘の音が屋敷から聞こえ、門から5人の人間が飛び出して来た。制服と持っている杖から屋敷警備隊の魔法使いの人たちだとわかる。その中の1人が近づいて来た。以前、湖を一周したときに護衛についてくれたイスリさんだ。緊張した様子で訴えてきた。
「ご主人様、魔獣が北の山を越えたのが確認されました。鳥種の魔獣です。危険ですから、早く屋敷にお戻りください」
北の空を見上げると体長10mくらいのハゲタカに似た鳥が飛んでいる。あれは魔獣だ。魔物ではない。俺にとって、魔獣は大きな脅威にはならない。
魔物と魔獣の大きな違いは、魔法を使うのが魔物、魔法を使わないのが魔獣だ。外見としては、魔物は動物や植物とかなり違う外見で。別種の生物と考えられている。魔獣は普通の動物や植物とたいして変わらない外見をしていて、動物や植物が魔石などを体内に取り込み変化したものと考えられている。
俺は微笑んで答えた。
「大丈夫です。俺も魔法使いだし、結界が張れる。何なら俺が倒そうか?」
「わかりました。ですが、我々にお任せください。これは我々の仕事ですから」
警備隊の魔法使いさんたちは、魔獣を見つめている。魔獣が、魔法の有効射程距離に入るのを待っているのだろう。
湖の水面から小さな水球が飛び出した。速い、そしてどんどん大きくなっている。それに気づいた魔獣が逃げ出すが、水球は追跡する。そして、魔獣を飲み込むと湖へ落下した。
「黒きカメ」さんかな? ありがとう、カメさん。警備隊の人たちはガックリと肩を落としている。きっと、腕の見せ所と思っていたに違いない。しばらくして、1人が言った。
「隊長、昨日のお礼を」
ハッとした様子のイスリさんが、慌てた様子で言う。
「龍王丸、ありがとうございました。大切に使います」
そして、全員が揃って一礼する。見事に揃っている。
「どういたしまして。1日に1粒だけ服用してください。それ以上だと、魔法の使いすぎで体に負担がかかります。体を壊さないように、疲れすぎに気をつけて仕事してください。ところで、今回の対応の速さはお見事でした」
そう答えると、イスリさんが返事を返してくれた。
「お気遣いありがとうございます」
警備隊の人たちは、また一礼して屋敷に帰って行った。
そうか、イスリさんは警備隊の隊長だったのだ。おっと、「森の中の林」のことを考えなくては。いや、これは知識の問題だろう。知っている人、専門家に相談してみよう。考えても正しい答えは出ない。正しい答えを知っている人に聞いた方が速いし、正確な知識が得られる。
庭師のイアペトさんを探して屋敷の裏に来た。花壇の1つを通ると、紫色のラベンダーの花からいい香りがしてきた。そこを通り過ぎると、イアペトさんの姿を見つけた。アジサイの花壇の所だ。近寄るとイアペトさんが俺に気づいた。
「おはようございます、ご主人様、龍王丸をありがとうございます」
「どういたしまして。使い過ぎに気をつけてください。1日に1粒です。飲み過ぎは、体に悪影響が出るかもしれません。ほどほどに働いてください」
「ありがとうございます。気をつけます」
以前、ここに来た時にメイドさんに言われたことを思い出したので、尋ねてみることにした。
「アジサイの花が色とりどりできれいですね。やはり、土が原因ですか?」
「はい、布に色を付ける染料の1つにリトマス苔を材料にするものがあります。
これを水に溶かして、土と混ぜてよく振ります。水の色が薄い赤色になった土で育てたアジサイの花は青色が強く、それ以外の土で育てた花は、赤色が強くなることがわかりました」
不思議なことがあるものだ。それを見つけたイアペトさんが凄いのだが。
「大発見です。すごいです。きれいなアジサイの花壇ができそうですね」
「いえいえ、アジサイの花の色に影響を与えるのは、それだけではなさそうです。土に含まれている何かでも色調が変わるようです。調べても、調べてもキリがありません。ところで、今日はどのようなご用件でしょうか」
「はい、教えて頂きたいことがありまして。簡単なことで恥ずかしいのですが」
「私にわかることであればいいのですが?」
「森と林の違いを教えて欲しいのです」
イアペトさんは少し考えてから答えてくれた。
「森は自然に出来たものです。だから、たくさんの種類の木が生えています。林は人が植えたもので、植えた種類の木、限られた種類の木しか生えていません。たいていは1種類、たまに2、3種類の木しか生えていません」
「それでは、木を見れば森か林か区別できますね。アルタイルの森の中に林があれば、イアペトさんはわかりますね?」
「はい。お任せください」
よし、これで謎は1つ解けた。やはり知らないことは知っている人、専門家に聞くのが1番だ。次は林の中で「狩人と大きな犬」探すことか。人数が必要だ。獣が出る可能性を考えると護衛隊からも人を出してもらおう。
「イアペトさん、突然で申し訳ないのですけど、昼食の後に森に行きたいのですが、一緒に来てもらえますか?」
「はい、大丈夫です。森に行くのでしたら、木工部門長のタイタも誘いたいのですけど、よろしいですか。前から森に行きたがっていたので」
「はい、是非誘ってください。では昼食の後に門の外の転移陣の所に集合です」
それから、執事のサタールさんに、箱馬車を出してもらうこと、警備隊から5人参加してもらうことをお願いした。ついでに、湖の岸辺にある、屋根の下にテーブルとイスが置いてある四阿を「カメさん亭」と名付けたことを従業員のみなさんに連絡して欲しいこともお願いした。評判がいいか、悪いか、かなり気になる。もし、評判が悪かったら考え直そう。
*
昼食の時アイちゃんに聞いてみた。
「子犬が踊りたくなる曲を演奏できる?」
「うん、できるよ。クルクル回るのとか走り回るのとかプヨプヨ踊るのとか」
さすがアイちゃんである。でもプヨプヨ踊るって何だろう? いや、考えない、考えてはいけない。
「いつか横笛で演奏してもらっていいかな?」
「うん、いいわよ。いつでも大丈夫よ」
よし、また問題が1つ解決した。聖なる響きの館の発見が見えてきた。
*
昼食後、門の外の転移陣へ行くと、イアペトさんともう1人の男の人が待っていた。その男の人は作業服を着ていて、身長が2mほどの大男だ。初対面なので挨拶をする。
「はじめまして、アースです」
「はじめまして、ご主人様。木工部門長のタイタと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「気にしないでください。タイタさんは森に興味があるのですか?」
「はい、仕事が木工ですから。以前、馬車道から見たのですが、森の木を切るのは禁止されているとのことで、中までは見ていません。ですから、一度森の中を詳しく見たいと思っていました」
「そうですか。仕事熱心ですね。今日はよろしくお願いします」
そこに箱馬車がやって来た。イスリさんが降りて、小走りでやって来る。
「すみません。大変お待たせしました」
「いやいや、全く待っていません。今来たばかりです」
「護衛は剣士3人、短弓使い1人、魔法使い1人で大丈夫でしょうか」
「はい、大丈夫です。さあ、行きましょう」
剣士さん2人は御者台、残りは箱馬車の中に乗った。朝のことがあったので、魔法使いのイスリさんに聞いてみる。
「護衛隊の方の攻撃魔法の有効射程距離はどれくらいですか?」
「平均で300mくらいです」
有効射程距離とは、攻撃魔法が命中したとき、相手にダメージを与えることができる距離である。命中しても、ダメージを与えなければ意味がない。
「それは優秀です。たいしたものです。イスリさんは?」
「有効射程距離は500mくらいです」
「それはB級魔法使いの上位の実力です。A級も近いですね。その年齢にしてはすごいことです」
イスリさんは顔を赤くして、モジモジしながらつぶやいた。
「ステラ公爵家の若様に褒められるなんて」
イスリさんは一息ついて、意を決したかのように頼んできた。
「あの~、よろしければですが、いつか護衛隊の魔法使いに、魔法の指導をお願いできませんか? 全員喜ぶと思います」
「いいですよ。そうですね、今取り組んでいる問題が終わった後でどうですか?」
「あ、ありがとうございます。是非お願いします」
顔をさらに真っ赤にして、満面の笑みのイスリさん。とても可愛い。いや、笑顔の可愛くない人はいないが、それでも可愛い。
馬車が屋敷の対岸を進み出してしばらく経った時、馬車の窓から外を見ていたイアペトさんから声がかかった。
「ご主人様、林が始まりました」
全員馬車から降りてもらって、これからのことを説明する。
「昔からの言い伝えによると、林の中に『狩人』と『大きな犬』がいる、またはあるそうです。おそらく、石や木に描かれた絵か石で作られた像と思われます。300年前からのことですから、今でも残っているのは、石像の可能性がもっとも高いです。大きさは不明です。
私と護衛隊のみなさんは、『狩人』と『大きな犬』を探します。イアペトさんとタイタさんは木と草、花を中心に見て、何か特徴に気づいたら教えてください」
5mの間隔を取り、横一列で林の中を進む。あっさり見つかった。10分くらい進んだ場所に身長5mくらい、片手にこん棒を持つ人の像があったのだ。台座に「オリオン」とかすれた文字が読める。
俺は説明する。
「これは『狩人』の石像です。オリオンは星座の中で、こん棒を持った狩人として描かれていますから」
目印を残しておくために、詠唱する。
「星魔法 からす座」
カラスを近くの木に止まらせ、大きな声で鳴かせる。3時間くらい鳴き続けさせればいいだろう。
さらに10分くらい進んだ場所で、タイタさんが言った。
「木の種類が変です。ここ周辺にだけ、たくさんの桑の木があります。そして、それ以外の林の木はスギやヒノキで、これは家を建てるのに役に立つ木です」
それを聞いて考える。もし、ここが昔、人の住んでいた場所の近くとして、聖なる響きの館が大切な建物ならば、ここより森の奥に建てられているはず。そして、『音楽魔法の杖を立てる穴』は、その近くにあるに違いない。
そして、探す手がかりの『狩人』と『大きな犬』は、『音楽魔法の杖を立てる穴』より発見しやすい湖側にあると考える。そして、どちらか1つを発見した子孫が、もう1つを探しやすいように、『狩人』と『大きな犬』を配置したはずだ。
1つを発見して、そこを起点に、もう1つの場所を探しやすい方向、探す可能性が高い方向に配置されているだろう。間違っているかも可能性もあるが、その方向から始めよう。
『狩人』と『大きな犬』、『音楽魔法の杖を立てる穴』は、ある三角形と同じ形、相似な三角形を作っている、それが俺の予想の前提だ。だから、『大きな犬』がある位置はだいたい予想できた。
全員に指示を出す。
「まずは林の中を湖岸に平行になるように、馬車の進行歩行へ進みましょう。その方向に『大きな犬』がある可能性が高いと思います」
しばらく進むと、竹林があった。この国の他の場所に竹林はない、不自然だ。誰かが育てていた跡のだろうか。更に進むとイアペトさんが叫んだ。
「こんな所にアカネやベニバナ、布を着色する染料になる植物が、とてもたくさん生えています」
うん、それを聞いて確信できた。
「300年前、ここには布を織り、染色した一族が住んでいたという言い伝えがあります。布の材料であるシルクを作るカイコは、桑の木の葉をエサにします。染料となる植物もたくさん発見されました。きっと、この辺りにその一族は住んでいたのでしょう」
誰も何も言わないので続ける。
「『大きな犬』の場所がだいたい推測できました。馬車道まで戻りましょう」
馬車道に出た所で目印になる岩を決めた、赤い岩だ。そして馬車まで戻る。途中、カラスの鳴き声を頼りに、オリオンの石像へ入る場所で目印になるものを探したら、大きな岩があった。馬車まで戻り、馬車を進める。
大岩と目印の赤い岩と同じくらいの距離を、目印の赤い岩から進んだら、2つに割れた大岩があった。300年の間に割れたのだろう。冬の昼間、岩の窪みに雨水が溜まり、夜になって。気温が下がると氷になる。
氷は水より体積が大きいので膨張して、岩を砕く力を生じる。300年間、それが繰り返されて岩が割れたのだろう。
そこで馬車を止めて、再び5mの間隔を取り、横一列で林の中に進む。しばらく林の中へ歩くと『大きな犬』もあっさり見つかった。10分くらい歩いた場所に、体長3mくらいの犬の石像を発見したのだ。少し壊れた部分もあるが。台座には「シリウス」とかすれた文字が読める。イスリさんから質問された。
「シリウスって、冬の空で一番明るい星の名前ですよね?」
「そうです。おおいぬ座の星です。そして、おおいぬ座のシリウスとこいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスの3つの星で、冬の大三角を作っているのはご存じですよね。
おおいぬ座のシリウスとベテルギウスを内包するオリオンの石像が見つかりました。これで子犬の位置がだいたい見当がつくようになりました」
ここで言い伝えの全部を全員に紹介する。
森の中の林に立つ狩人と大きな犬の教える場所の穴に、音楽魔法の杖を立て、その前で子犬の踊る曲を演奏するがよい。そうすれば、聖なる響きの館が姿を現すであろう。
この最初の部分がわかりました。今日はここまでにしましょう。明日の午後から再開しますが、参加できますか?」
「私は染色用の植物をもっと探したいので、参加します」
「私も林の木をもっと知りたいから、参加します」
イアペトさんと、タイタさんが参加を希望すると、警備隊の人も全員参加してくれることになった。無理してなければ、働きすぎでなければいいのだが。
「では、明日も昼食後に転移陣の所に集合です」
その後、馬車に戻ったときイスリさんから提案された。
「食料保管庫の横に大きな転移陣があります。我々従業員は全員、転移のためのペンダントを持っていますから、馬車ごとそこへ転移しませんか?」
「えっ、知らなかったです。転移できるならそうしましょう」
屋敷からは食料保管庫に隠れて見えないが、荷馬車5台くらいが同時に転移できる大転移陣があるそうだ。いろいろな物資の運び出しや運び入れに使うらしい。王都で箱馬車を使うときもそこを利用するとのことだ。
転移!『赤いバラの屋敷の通用口』
一瞬で屋敷に帰った。行くときは1時間くらいかかったのに、転移って便利だ。つくづくそう思う。アイちゃんに、明日アルタイルの森に連れて行くことを話したら、喜んでくれた。さあ、明日が楽しみだ。
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