第12話 白鳥とカメさん
今日の朝、散歩をしていたら、門から玄関までの道の両側で8割くらいバラの植え込みが終わっていた。まだバラの花は咲いていないが、ツボミが膨らみ始めているものもある。
アイちゃんは毎日朝食後10回ほど、昼食後10回ほど、合計20回くらい往復している。とても気に入ったようだ。早くバラが咲かないかと待ち遠しいのだろう。それはいい運動になっている、いいことだ。道の名前は全部のバラが咲いてから考えるらしい。
アイちゃんの午後のレッスンが変わった。これまでは、楽団の人たちに演奏をお願いしていたが、楽団のレパートリーが底をついたらしい。そこで、レベルを上げて、アイちゃんが曲を作る時間になった。最初はなかなか上手にいかなかったが、少しずつ上達しているということだ。
上達のきっかけは『コード進行』とやらを勉強したというか思い出したかららしいが。コードって何だ?スパイのコードネームとかのコードか? よくわからない。
その時間、お付きのメイドさんたちも見ているだけでは何なので、歌の練習やダンスの練習をしているとか。実はアイちゃんとメイドさんたちで、歌って踊れるグループを計画しているという話もある。
作曲はアイちゃん、作詞はヒマリアさん。衣装はガリレさんが担当、ダンスの振り付けはアナンさんが担当、センターはアイちゃんらしい。グループ名は『赤いバラの一味』。いや、それは止めた方がいい。
『一味』は。悪人集団みたいなイメージがある。どうせ省略して『アカバラ』とか言われそうだけど。もっといい名前を考えるべきだろう。俺はマッサージの時に、お付メイドのカルメさんに聞かれたことがあった。
「ご主人様、歌はお上手ですか?」
「う~ん、歌うけど上手ではない。下手でもないと思うが。普通かな」
「そうですか。練習するつもりはありませんか?」
「無いよ。俺自身の魔法のトレーニングと研究で忙しいから」
「そうですか。残念です」
あれはひょっとして、俺を『一味』に参加させようとしていたのか? 危ない、危ない、危なかった。人前で歌うなんて無理。どんな罰ゲームだ、それは。いや、考えすぎか?
屋敷の従業員さんたちの間でも、楽団以外に合唱やダンスのグループができたらしい。クラブ活動と言うようだ。いいことだ。そのうち発表会があるかもしれない。楽しみにしておこう。俺は舞台に上がらないけどね。
さて、裏庭の方を見に行くことになった。メンバーは俺とアイちゃん、お付きのメイドさん5人の合計7人だ。
裏庭には、アヤメ、ツツジ、ラベンダー、チューリップ、カーネーションやいろいろな花が咲いていた。色に満ちあふれた世界だ。驚いたのは、通路が藤棚のトンネルになっていたことだ。
白色、淡紅色、赤紫色、青紫色の藤の花のトンネルの中を、そよ風に吹かれながら歩く。最高だ。アイちゃんは藤棚のトンネルをワーイ、ワーイと叫びながら、何回も往復していた。
花壇エリアの最後の花壇にアジサイが咲いていた。前に聞いた通り、違う土の所には違う色のアジサイの花が咲いている。さすが庭師のイアペトさん、彼の努力が実って良かったと思う。
花壇エリアを過ぎたところで、アマルさんから提案された。
「食品工房を見学しませんか?」
「どうして? 何かあるのかな?」
「ジュースが飲めるのです。私たち従業員は昼休みと午前、午後の休み時間に無料でジュース飲み放題なのです」
「今は休み時間じゃないよね?」
「ご主人様が一緒ならいつでも大丈夫ですし、お嬢様も飲みたいと思いまして」
それを聞いたアイちゃんはすぐに反応した。
「私、飲みた~い。絶対飲む~~~」
その一声で食品工房行きが決定した。
食品工房にはレストランがあった。従業員用で昼休みにはランチも無料で提供されるという。今は仕事時間なので客はいない。俺たちが席に着くとメイドさんがやってきた。
「いらっしゃいませ、ご主人様。ご注文をお伺いします」
「どのジュースがおいしいですか?」
「すべてのジュースがおいしいですよ、原料がいいですから。原料はここで栽培された果物です。あえて選ぶとしたら、旬の、とれたてのものを原料にしたものでしょうか? 今ですとイチゴやトマトですね」
「私はイチゴジュース!」
大きな声が響いた。もちろん、アイちゃんの声だ。結局、全員がイチゴジュースを注文した。アイちゃんが2杯目のイチゴジュースを飲んでいるとき、調理場のドアから白衣を着た、中年の貫禄のある男の人が出て来た。その男の人が挨拶してきた。
「初めまして、ご主人様。私はここの工房長のビュルギと申します」
「こちらこそ初めまして、ビュルギさん。私の名前はアースです。お世話になっております。いつもおいしい飲み物などありがとうございます。本当に美味しいです」
「これはこれは恐れ入ります。この工房の従業員の励みになります、いや実は大きな声がしたので、何事かと思って来たらご主人様がいらっしゃるではないですか。驚きました」
「あの大声はアイちゃんです。アイちゃんはイチゴが大好きでして」
「うん、イチゴだ~い、だ~い、大好き」
アイちゃんが大きな声で訴えている。
「そうでしたか。来年はイチゴの収穫量を倍にしましょう。ところでご主人様、
許可を頂きたいことがありまして」
「何でしょうか?」
「この工房で製造しているワインやビール、ジュースなどの飲み物、ハムなどの加工食品に赤いバラのマークを付けたいのです。お屋敷の名前が『赤いバラの屋敷』になりましたから。どうでしょうか?」
「もちろん、いいです。マークの件、よろしくお願いします」
アイちゃんが2杯目のイチゴジュースを飲み終えてから、食品工房を後にした。
草原に入って、以前アイちゃんが咲かせた野バラの前に来た。野バラはまだ咲いていた。可憐に咲いている野バラ、たくましい生命力だ。アイちゃんがニコニコしていたのは言うまでもない。
牧草地の方を見ると、牛の群れと馬の群れが見えた。牛は90頭くらい、馬は50頭くらいいるように見える。
「黄金のクラーフル アウト」
「音楽魔法 おお牧場はみどり」
アイちゃんが横笛を口にあてて、ラッパの音色で民謡の『おお牧場はみどり』の演奏を始めた。元気の出るいい曲だ。それに合わせて牧草地の中を進んで行くと、牛や馬が近寄ってきて囲まれた。俺は牛たちに囲まれた。まるで牛飼いになった気分だ。
建物の方から、カウボーイハットを被った、身長の高い屈強な体の中年の男性がやって来た。
「御主人様でしょうか? 初めまして、牧場長のガウシアです」
「はい、アースです。いつもお世話になっております」
「いかがでしょうか? この牧場は?」
「とってもいい牧場ですね。すごく広くて牛や馬も気持ち良さそうです。牧草も青々と生えていて、手入れなど大変ではないですか」
ガウシアさんは笑って答えてくれる。
「いいえ、牛や馬が元気に育ってくれるのを見るのは楽しいですから、大変だと感じたことはありません」
「なるほど。ところで、牛に比べて馬が少ないのは何故ですか?」
「牛乳の生産などで牛はたくさん必要です。しかし、馬は東や西の草原に狩りや木の実、薬草採取に行く時の馬車用などに必要なだけでして」
「荷馬車があるのですか?」
「はい、箱馬車もありますよ。あまり使われませんが」
箱馬車は人が乗るための馬車だ。普通は貴族しか乗らない。その箱馬車があるとは驚きだ。
「箱馬車でどこへ行くのですか?」
「お客様が森に狩りに行く時やゆっくりと湖を周回される時に利用されます。湖を1周する馬車道が整備されていますので、1周2時間くらいですね。湖を1周されるのでしたら、これから準備します。どうされますか?」
夕食まで4時間くらいはある。よし、行こう。
「お願いします。アイちゃんはどうする?」
「行くわ。動物さんたちがたくさん見られそうだし」
「私たちも全員お供します。御主人様とお嬢様のお付きメイドですから」
カルメさんが言うと、全員がコクコクと頷く。
「すぐに準備します。少々お待ちください」
*
箱馬車が目の前にやって来た。10代後半くらいの女性もやって来た。魔法使いの杖を持っている。アイちゃんの魔法の教師のヘルミさんと同じ服装。赤色で騎士団の制服に似ている。箱馬車の2人の御者さんも色は黒色だが、同じデザインだ。屋敷警備隊の制服だろうか。赤色の制服の女性が挨拶してきた。
「屋敷警備隊隊長のイスリと申します。魔法使いで、火魔法と風魔法が得意です。水魔法は少しだけ使えます。本日は護衛をさせて頂きます」
屋敷の外へ出るので、護衛が付くらしい。馬車の御者さんも1人は剣、もう1人は槍の使い手のようだ。
牧場から直接、湖を一周する道へ出た。馬車は4頭立てで、乗っているのは8人と御者さんが2人で合計10人が箱馬車に乗っている。馬車はゆっくり進む。森エリアに入ると若葉が生い茂り、空気がおいしい。鳥はさえずり、チョウチョウは舞っている。
アイちゃんは赤色の鳥と青色の鳥がお気に入りのようだ、見つけるたびにキャーキャー騒いでいる。メイドさんたちも一緒に騒いでいる。楽しい時間がゆったりと流れる。
イスリさんが話かけて来た。
「あの~、ご主人様。野外訓練場によく来られますよね」
「ああ、ほとんど毎日行っているよ」
「私、見たのですがご主人様の火魔法、火炎弾とかファイヤーボールとか言われているものは、威力が非常に大きいです」
「あれは火魔法じゃないよ。炎の中に岩が入っていたよね。火魔法は炎だけでしょう?」
「えっ、じゃあ何でしょうか?」
星魔法のことは、あまり話したくないが、身内になるのだから、いいだろう。
「星魔法だよ。遠くの星々から届く魔力を使う魔法さ」
「えっ、星魔法一族だけが使えるというあの魔法ですか。初めて見ました」
「そうだよ。遠くから来る間に魔力が純粋になっているし、星は数えきれないほどあるからね。だから、良質で大きな魔力が集まり、大威力の魔法になるのさ。練習場で使ったのは、星魔法メテオシャワーの中の『ふたご座流星群』という星魔法さ」
「太陽が出ている昼の方が威力が大きいのですか?」
「近すぎる星からやって来る魔力は、あまり純粋じゃないから、それほど使えない。使える人もいるかもしれないけど、会ったことはないね」
「私にも使えるでしょうか?」
「残念だけど、使えないと思う。俺の一族しか使えない、遺伝の問題らしい」
「そうですか」
イスリさんが残念そうに言った。それからいろいろ教えてもらった。屋敷の従業員の給金は他のどこよりも高いこと、屋敷の中の部屋や近くの家に無料で住めること、レストランは無料で食材も無料でもらえることなど。
特に残業は無いどころか休みも多い。だから、屋敷で働きたい人はすごく多いそうだ。その結果、屋敷の従業員の人は、全員とても優秀な人らしい。
この森は『アルタイルの森』と呼ばれていて、魔獣や魔物はいないそうだ。馬車道にいたリスが、馬車を見て、あわてて森に逃げ込んだくらいが事件だった。
湖を一周して屋敷に帰った。とてもいい時間を過ごした。アイちゃんやメイドさんたちも大満足の様子である。牧場に戻り、牧場長さんたちにお礼を言った。そして、夕食まであと2時間くらいあるので、湖に行くことになった。
屋敷の門の正面に、湖に突き出した場所があり、屋根の下にテーブルとイスが置いてあった。四阿である。そこで湖を眺めていたら、アイちゃんが言った。
「私、湖の真ん中に行きた~い」
それにアマルさんが答える。
「お嬢様、船は今倉庫に入っていて、出すのに時間がかかります。別の日にしましょう」
「そうなの?」
その声が悲しそうだったので、俺は詠唱した。
「星魔法 はくちょう座」
7人が乗れるように、大きい白鳥にした。アイちゃんが目を丸くして質問した。
「この白鳥は乗れるの?」
「そうだよ、さあ、みんなで乗って湖の真ん中に行こう」
白鳥は泳ぐ、湖の真ん中を目指して。風が強く、アイちゃんやメイドさんたちの髪が風にたなびいている。少しスピードを遅くした方がいいか? と思った時、アイちゃんが詠唱した。
「黄金のクラーフル アウト」
横笛を口にあてて、再び詠唱した。
「音楽魔法 白鳥」
演奏が始まる。ゆっくりとした曲だ。白鳥がゆったりと泳ぐ様子、優雅に舞っているように見える様子が目に浮かぶ曲だ。湖の真ん中を中心に回るように白鳥は水面を舞う。水中で魚群も踊っているように動く。横笛の演奏が終わってから、アイちゃんがつぶやいた。
「絹糸のヒモを馬のしっぽの毛でこすった時に出る音色の方が良かったかも~」
ほんの少しがっかりした様子なので、俺は詠唱した、
「星魔法 いるか座」
10頭のイルカが集団で水面を泳ぎ、低い連続ジャンプや高いジャンプをしたりした。それを見たアイちゃんが元気になった。良かった、良かった。
帰りにカルメさんに言われて、水中を覗くと巨大な黒いカメが泳いでいた。長さ50mはあっただろう。襲われないかと心配していたら、アイちゃんが横笛を演奏し始めた。童謡の『うさぎとかめ』だ。
すると、カメが浮上してきて黒い頭を出した。アイちゃんが言う。
「カメさん、こんにちは~。これからもよろしく~。」
カメは穏やかにうなずいて、戻っていった。あのカメは襲ってこないようだ。安心、安心。ひょっとして、この湖の主だろうか。
アイちゃんから尋ねられた。
「お兄ちゃん、この湖の名前をカメさんの湖にしたいの。どうかしら?」
「いいね。カメさんの湖にしよう」
俺は即答した。うん、アイちゃんらしい名前だ。
無事に屋敷へ戻った。夕食は天ぷら、1つ食べると次が出てくる形式で、どれも揚げたて。特にエビの天ぷらがおいしかった。サクサクしていて、とても美味しかった。お風呂もマッサージも気持ち良かった。カルメさんの持つ『メイドスキル ナースの微笑み』は最高である。
いい1日だった。明日もいい日でありますように。
お読みいただきありがとうございます。
いいなと思ったら、評価等お願いします。
参考
「おお牧場はみどり」 スロバキアやチェコの民謡
「白鳥」 動物の謝肉祭 作曲 サン サーンス より
「うさぎとかめ」 作曲 納所弁次郎 作詞 石原和三郎




