第11話 ハープの屋敷
朝食後、アイちゃんが部屋に入って来た。メイドのヒマリアさんとアマルさんも一緒だ。アイちゃんは紙の束を手に持っている。何だろう? トコトコと駆け寄ってきたアイちゃんが言う。
「お兄ちゃん、ここを見て」
紙の束をめくり指さした所には、ハープの絵があった。紙の束は「屋敷シリーズ」のパンフレット、カードの屋敷に行ったときにもらったものだ。開かれたページはハープの屋敷のページだ。
「この楽器の絵、とてもきれいなの。本物がみたいわ。音色も美しいみたい。だから、私はこの楽器と一緒に演奏したいわ、とっても、とっても。それに前からこの屋敷に行きたかったわ。だからこの屋敷に連れていって欲しいの」
なるほど、パンフレットのハープの説明には、ハープは美しい音色の楽器と書かれていた。そして、自分の楽器とハープの2つで合奏して、ハープの演奏者から合格がもらえれば、チャレンジ成功であるとも書かれていた。
戦いでは無いから、アイちゃんに危険はない。最初に思ったのは、そのことだった。ならば連れて行ってもいいか。そう考えて、よし連れっていってあげるよ、と言ったら、ガリレさんが前に出てきた。
「ご主人様、ハープの屋敷をご利用されるのは、貴族の方や裕福な商人の方とそのお子さん方がほとんどです。服もそれなりの服が必要です」
「今持っている服じゃダメなのか?」
「もちろん、今の服も貴族や裕福な商人のお子さんの着ている服に負けないくらいのいい服です。でも今回は特別です。人前で演奏するかもしれません。その服は特別な服でなければいけません」
「わかった。その服を作るのにどれくらい日数がかかるのですか?」
「今日を含めて2日です。明日の夕方には出来上がります。それから、服だけではありません。それなりの礼儀作法も身につける必要があります」
礼儀作法で思い出したのは、カードの館でアイちゃんがカーテシーをしていたことだ。アイちゃんに尋ねてみる。
「アイちゃん、カードの屋敷で女王様にカーテシーをしていたよね?」
「カーテシー? それなあ~に?」
「ドレスを摘まんで、腰を落としてするご挨拶のことだよ」
「あれは女王様を目の前にしたら、自然に体が動いたの」
まただ。意味不明である。これは考えてはいけないことだ。アイちゃんの記憶が戻るまでは、そっとしておこう。
「そうか、アイちゃん、ハープの屋敷へ行くのは3日後でいいかな? それまでハープの屋敷にふさわしい礼儀作法のお勉強をしよう」
「うん、いいわ。楽しみに待っているわ。礼儀作法のお勉強もちゃんとするから、頑張るわ」
これで一件落着と思ったら、続けてガリレさんが俺の方を向いて言った。
「ご主人様もです。貴族方や商人の方に負けない服でなければいけません。礼儀作法は大丈夫でしょうか?」
「礼儀作法は大丈夫だと思う。服はキラキラピカピカしていないものでお願いします。なるべく目立たない、落ち着いた感じの服をお願いします」
ガリレさんが目をキラキラさせて服のことを語るとき、抵抗は無駄であることを知っている。俺は無駄な抵抗はしないのだ。
「ではお嬢様、お部屋でしばらくお待ちください。御主人様の採寸を先に行います。さあ、ご主人様服をお脱ぎください」
俺は立ち上がり、上着を脱いだ。
*
3日後の昼食の後、俺は新しく作られた服を着て、鏡の前に立っていた。いい服である。貴族風でも商人風でもない。騎士の礼服をほんの少しだけ豪華にした感じで、黒を基調とした服だ。キラキラピカピカはない。
ガリレさん曰く、お嬢様とご主人様のイメージでデザインしました。ひょっとして、アイちゃんが貴族のお嬢様で、俺はお嬢様をエスコートする騎士のイメージなのかもしれない。
ドアがノックされ、アイちゃんが入って来た。天使だ、天使がいる。白を基調とした清楚さと上品さを感じさせるドレス。そして、歩き方がこれまでと違う。貴族のお嬢様っぽい、背筋を伸ばした気品のある歩き方だ。俺の前で立ち止まり、ドレスを摘みカーテシーをする。完璧だった、ここまでは。
「どう?お兄ちゃん。これで良かった? 王女様みたいに見える?」
そうだよな。詰め込みレッスンでは、これが精一杯だろう。言葉使いは急に治せない。「お兄ちゃん」を「お兄様」に直すのは時間がかかるだろう。でも、アイちゃんはすごく頑張ったのである。褒めてあげよう。
「頑張ったね、アイちゃん。とても上手だよ。さあ、お出かけしよう」
屋敷護衛隊の人が5人ほど同行するそうだ。メイドではなく、護衛である。ハープの屋敷のような高級な屋敷を利用する貴族や商人には、必ず護衛が同行するものらしい。俺もアイちゃんも結界をはれるし、この時間はそれほど人出が多くないから不要だと思うのだが。体裁を整えるということらしい。
*
屋敷の転移陣から転移して、ハープの屋敷の正面にある転移陣に出た。ハープの屋敷は円形の白い建物で、屋根は波打つ美しい曲線を描いている。
左右に高い塔が立っていて、塔の先端には円盤がある。円盤の端から多数の長い弦や短い弦が、重りで垂れ下がっている。塔から突き出した先が丸くなっている棒が、出たり入ったりして、棒が弦に当たると音が鳴り、曲を奏でている。曲名は知らないが、おだやかな心が休まる曲だ。
その曲を聴きながら門から歩き出す。多くの白色の花の中に濃い色合いの青や赤などの花が咲く花壇があり、それを左右に見ながら、小道を通り玄関へ進む。
玄関ホールの左右にガラスケースがあり、その中に大きなハープが置いてあった。高さは150センチくらいだろうか。「曲線の美」とでもタイトルがついていそうだ。アイちゃんがうっとりと眺めている。そして、つぶやいた。
「きれ~い。とってもきれ~い」
そのまま少しの時間アイちゃんは見とれていたが、後ろから声がかかった。
「ご予約のアース様でしょうか?」
「はい。アースです。こちらがアイちゃんです」
「受付までご案内します。こちらへどうぞ。護衛の方はあちらの控室へどうぞ」
白いドレスの女性の案内で、白い壁の廊下を通り、受付の部屋に着いた。
受付の人も白いドレスを着た女性だ。この館の女性は全員白いドレス姿なのか? ガリレさんの作った、白色を基調としたアイちゃんのドレスは、彼女たちのドレス以上のものだ。さすが、「メイドスキル クロスの芸術」の持ち主。
「ご予約のアース様ですね。お2人とも楽器をお持ちでないようですが?」
「はい、アースです。チャレンジするのはこちらのアイちゃんです。アイちゃん、横笛を出して」
アイちゃんはうなずくと詠唱した。
「黄金のクラーフル アウト」
黄金色の横笛がアイちゃんの手に現れた。受付の女性は驚いていたが、やがて落ち着きを取り戻して言う。
「入場料はお1人様銀貨10枚です。10歳未満の方は無料です」
銀貨10枚を支払う。入場料が高い。来客のほとんどが、貴族や裕福な商人だからだろうか。もっとも、ハープを持っている時点で、お金に余裕がある家なのだが。
「当屋敷では、アイテム1つが銀貨5枚で販売しております。どうされますか?」
「1つ頂くわ。」
アイちゃんが銀貨5枚を支払う。すると受付の女性が案内する。
「あちらの壁のガラスケースの中からアイテムを1つ選んでください。」
それにしても、さすが高級屋敷、アイテムが棚などではなく飾りがたくさん付いた高級そうなガラスケースに入れてある。アイちゃんはガラスケースの中を一通り見ていたが、すぐに緑の球状の髪飾りを選び持ってきた。
「『想いを伝える髪飾り』ですね、良い品を選ばれました。では、次にチャレンジする時間を選んでください。」
そう言って見せてくれたボードには演奏時間と獲得賞金が書かれていた。どれをアイちゃんは選ぶのだろうか。
「ハープの屋敷」コース一覧
演奏時間
No1 10分 獲得賞金 金貨4枚
No2 15分 獲得賞金 金貨5枚
No3 20分 獲得賞金 金貨6枚
No4 30分 獲得賞金 金貨8枚
「No4の30分がいいわ。」
アイちゃんが答えた。きっと、長い時間一緒に演奏したいのだろう。アイちゃんの答えを聞いた受付の女性が、かなり分厚い紙の束を取り出した。
「これがチャレンジで演奏する曲の楽譜です。本来は、ハープ用の曲ですが、ハープと横笛でも合奏できるように編曲してあるものです。隣の部屋を使い暗譜してください。時間は30分です。チャレンジの演奏のときは楽譜を利用できません」
ここへ案内してくれた女性が隣の部屋へ案内してくれた。もし30分より前に暗記が終わったら声をかけてくれとのことだった。
部屋の中でアイちゃんは紙の束をテーブルの上に置き、イスに腰かけて、紙を1枚1枚見ていく。丁寧にみているようだが速い。10分としないうちに終わってしまった。
「お兄ちゃん、終わったわ」
「ずいぶん速いな。大丈夫?」
「うん、大丈夫よ。1回さっと見ただけで楽譜が頭に残るの」
これはもう信じるしかない。ドアを開けて、廊下で待っていてくれた案内の女性を呼び、チャレンジの行われる部屋に案内してもらった。
部屋は30m四方の広さで窓はない。天井から吊るされたシャンデリアが室内を明るく照らしている。奥にハープが置かれており、横に女性が立っていた。ハープは高さが180センチくらいだろうか、一番高い直線部分の木には見事な彫刻が彫られている。
20本以上はある弦の1本1本が、赤、紫、青、緑、黄色をしている。ハープ自体が芸術品である。横に立つ女性も腰まである金髪に白のドレスを着ていて、美しい。案内の女性が説明してくれる。
「お連れの方は、壁際のソファにお座りください。演奏者の方はあちらへ」
俺はソファに座る。アイちゃんは、貴族のお嬢様のように歩いてハープ演奏者の前に行き、カーテシーをした。ハープ演奏者が挨拶を返す。
「私の名前はハーパー、すぐに始められますか?」
「はい、私の名前はアイちゃんです」
「では、そこの床に〇が描いてある所に立って準備してください」
ハーパーさんはイスに座り、アイちゃんが所定の位置に立ち、横笛を構えると演奏を始めた。曲は『アヴェ・マリア』。最初はハープだけの演奏、独奏だ。ハープから奏でられる音はとっても優しい音色で癒される音色だ。
ハープの独奏が終わると横笛の独奏。改めてアイちゃんの演奏を聴くと、清楚、清らかな音色だ。独奏が終わると、ハープと横笛の合奏。ハープと横笛の美しいハーモニーが奏でられる。
1曲が終わると次の曲、その曲が終わると次の曲。あっという間の30分だった。とても心地よく癒された時間だった。
ハーパーさんがアイちゃんに告げる。
「合格よ、おめでとう。髪飾りを見てごらんなさい」
「ありがとうございます」
アイちゃんが髪飾りを取り、見ると緑の球状の髪飾りに赤いハートの絵が入っていた。
「とてもいい演奏だったわ。私も演奏していて気持ち良かったのよ」
「私も気持ち良かったです。ハープを近くで見ていいですか?」
「いいわよ。こちらにいらっしゃい」
しばらく、2人で楽しそうに話していたが、時間が来たようで、案内の女性が迎えに来たので、ハーパーさんに挨拶をして退室した。受付まで案内してもらったら、受付の女性が驚いて言った。
「髪飾りに赤のハートの絵ですね。赤の印は最上位の合格印で、ほとんど出ない印です。小さい女の子なのに凄いです。これは最年少記録です。驚きました。
では、金貨8枚をお受け取りください」
同じ合格でも、ランクがあるらしい。ギリギリ合格とか、余裕で合格とか。その中で最上位の合格印をもらったアイちゃんは凄い。ニコニコして金貨8枚を受け取ったアイちゃんが、帰り道の玄関ホールで置いてあるハープを見ながら言った。
「この髪飾りの名前は、緑色のハプーよ」
そして、俺たちは護衛の人たちと合流してハープの館を後にした。
*
*
帰り道、指の『緑色のハプー』と名付けた髪飾りを触っている
「アイちゃん、その髪飾りが気になるの?」
アイちゃんが答えた。
「お兄ちゃん、この髪飾りを付けると、音楽魔法を使う力が、強くなると思うわ。身体の中に魔力が溢れているの」
どうやら、花札の屋敷、カードの屋敷に続いて、アイちゃんは役に立つするアイテムを手に入れたようだ。
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参考
グノーのアヴェ・マリア 作曲 J・S・バッハ グノー




