必要とされる絵
ザイザフォーン神殿跡広場にて、シラルクの絵は飛ぶように売れた。
待っててと言われてジオラスはその様子を眺めていたが、体感的にはほんの一瞬。人々が競うように買い求める様は、彼の「絵」が必要とされている何よりの証左。
(壁画から現れる魔物の脅威。魔物からひとびとを守る彼の絵、か)
売上の硬貨を詰めた袋を胸元にしまいこんで、シラルクは石柱にもたれかかっていたジオラスの元へと小走りに寄ってくる。
「早かったでしょ?」
得意満面の笑みを向けられ、ジオラスは組んでいた腕をとき「想像以上」と答えた。
「本当はね、あんなに喜んで買ってくれるなら、飾って楽しい絵の方がなお良いんだろうね。だけどそれじゃ、たくさん描くことはできないから」
そう言うシラルクの足元がふらつき、ジオラスは腕を差し出す。「大丈夫」シラルクはその腕に手をのせて押し返そうとしたが、力が入らないようだった。目を瞑って、青い息を吐き出す。顔色が悪い。
「座った方が良い」
「そうするよ。めまいがしている」
言うなり、シラルクはその場に沈むようにしゃがみこみ、石床に座り込んで石柱に背を預けた。ジオラスは立ったまま、遠くへと視線を向ける。足元で、呼吸を整えたシラルクが話し始めた。
「東方には『呪符』というものがあるらしい。効力のある文字を書き込んだ紙切れで結界を張ったり、封印を施したりできるとか。あちらでは『書』が芸術でもあるというけど、『文字』で魔法を付与できるなんて画期的だと思わない? おそらく、書く文字の内容である程度効果も限定できるんじゃないかな。実践的だ」
「『書』であれば、南方にも近いものがある。王の『花押』に代表される、サインを絵画のように装飾したもの。あれも魔力を持つ者が書けば魔法を持つ」
ジオラスが控えめに相槌を打つと、そうそう、とシラルクが楽しげに声を上げた。
「さすがに、私の魔力では文字に魔法を付与することはできなかった。『呪符』の実物を知らないから、描けない、これじゃないという心理的な抵抗が強いせいかも。何を書いても自分では正しくないと思ってしまって、筆先に迷いが出る。偽物だと。だから、文字ではなく絵で応用した。黒い線で『守護者』を描いている」
(口ぶりは軽いが、描き手としてすごく誠実だ。才能ある「第一世代」の魔法使い。だが、使い捨ての絵では後世に残らない……。それに)
危うさを感じながら、ジオラスは率直に意見を述べた。
「『黒の守護者』はすごく有用性の高い『魔法』だ。悪用の方法がいくらでも思いつく」
シラルクは低い声で笑ってから、首を傾けてジオラスを見上げた。虹色の輝きを放つ銀髪がするりと肩をすべり落ちる。目が合うと、にこりと唇を笑みの形にした。
「彫刻家、ハガル・ナイザキの悲劇、とかね。巨石を切り出し動く石像を作り出したハガル・ナイザキの魔法。それははじめ、人間には不可能な重量の荷を運び、人の仕事を助けることに使われた。しかし、やがて石像は貫かれても死なぬ体を持つ兵として戦争に駆り出され、その石の腕で多くの人間を叩き潰した。危険な石像は、報復として人間により破壊された。何体も何体も、徹底的に。この世界で『役に立つ魔法』は、すべて兵器として運用される可能性を持っている。私の魔法も。あなたが気にしているのはそういうこと?」
役に立つ魔法があれば、他にも使い道が無いか、ひとは考える。
その結果、戦争に使われる例は多い。
ジオラスは返答に迷い、唇を引き結んでシラルクを見下ろしていた。やがて、穏やかな声で尋ねた。
「普段はどんな絵を?」
「売れない絵。わかってるんだ、自分で。綺麗な絵を描いても売れるわけじゃない。そこに魔法がなければ誰も見向きすらしない」
「その絵に魔法は?」
「不思議と、うまく定着しないんだ。役に立たせようという気が無いからかな。絵は絵だからね。使い捨てないで飾っていて欲しいと願いながら描く。そこに魔法は宿らない。ゆえに価値はない」
一息に話し終えると、シラルクはふーっと大きな息をつき目を瞑った。
「魔力を使いすぎたせいか、すごく眠い。『壁画の魔物』が現れるのは日が沈んで、真夜中だ。後で説明するから寝て良い?」
「わかった。待つ」
壁画の魔法について知るというシラルクに、話を聞く約束をとりつけていたのだ。他に手がかりもない中、シラルクに話してくれるつもりがあるなら、待つのみ。不用意に他のひとにあたるより、よほど確実に思えた。
それに何より、ジオラスは彼の絵に興味をひかれていた。使い捨てではなく、価値がなく売れない普段の絵のほうに。
「あとで、他の絵も」
見てみたい。
そう告げたジオラスに答えたのは、シラルクの健やかな寝息のみだった。




