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修復士ジオラスと壁画の乙女  作者: 有沢真尋


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黒き守護者の魔法

「ごめんなさい、大丈夫でしたか」


 手にした一枚を差し出し、ジオラスから声をかける。


「ありがとう。こちらこそ、前をよく見ていなかった。悪いね」


 答えたのは、歯切れの良い低音。

 陽の光を浴びて虹色に輝く銀髪。色白な細面で、麗人と呼ぶにふさわしい造形の青年。石畳に跪いた位置から、薄い唇に笑みを浮かべてジオラスを見上げる。手元に広がった絵を手早くまとめて持つと、腰を上げた。女性的な印象であったが、背はすらりと高い。


「絵は無事ですか」


 ジオラスの問いかけに、青年は笑みを深めた。


「たいした絵じゃないよ。欲しければお試しに一枚、あげる。お守りとしてドアにでも貼っておけば、魔物の侵入を防げるよ」

「たいした絵じゃない?」


(魔物の侵入を防ぐ「魔法」の付与されている絵が?)


 青年が視線の動きで、絵を見るように促してくる。ジオラスは、差し出したまま、いまだ手の中にある一枚に目を落とした。

 ぐにゃぐにゃとした黒一色の線。見ようによっては人型のようなものが、背景も何もなく描かれている。上手いとも下手ともコメントしにくい絵面。

 端的に言えば、額に入れて部屋に飾るには躊躇する。絵とみなして良いかすら迷う出来。

 ジオラスのその心中を読んだように、青年はあっけからんとした明るい声で言った。


「な? そんなもの実際、絵でもなんでもない。だけどさ、役に立つんだ。見てて」


 青年の指先が、ジオラスの手にした一枚の黒い線をなぞる。指が通り過ぎたところから、線が揺らめいて浮かび上がり、紙面を離れて黒煙として立ち上った。

 ひとのかたちのような。

 青年がその背とも胸とも知れぬ場所に、指先でさらさらと文字を書き込む仕草をする。指を止め、ちらりとジオラスを見た。透き通るような水色の瞳が光を放つ。

 手の平で、とん、とそれを前に押し出した。


来よ(ナザラ)


 途端、黒の線は爆発的に膨れ上がり、人間の形を取る。まるで大人一人分の影が実体を得たかのようで、ジオラスと対峙する位置に屹立していた。

 そのときにはすでに、ジオラスもまた考える間もなく馴染みのある構えを取っている。腰のあたり、そこにあるべき剣を掴もうと指が虚空をかいた。

 丸腰であった、と気づくと同時に、眼の前の「影」に違和感を覚えて目を凝らす。

 まるで銀髪の青年を守るかのように立つ影の人型も、鏡写しのようにジオラスと同じ仕草をしていたのだ。違いは、その手に握られた暗黒の剣。彼は、剣を持っていた。

 青年は、影の剣士の肩の後ろからひょいっと顔を出し、にこやかに笑って言った。


「使い捨て、一回限りの『守護魔法』だよ。『効果範囲内にいる、一番強い人間の姿を取り、私の敵と戦うように』と命じた。もちろん、それは私がこの絵の描き手だからできる微調整で、手順さえ間違えなければ誰でも、この絵からそれなりの強さの守護者を呼び出すことが可能だ。便利だろ?」

「使い捨ての絵で、守護者召喚。それはずいぶん、有用性が高い」


(その絵は戦場で、兵器になり得る。そうと利用したい相手が君を見つければ、君は死ぬまで同じ絵を描かされることになる)


 渋い表情となったジオラスを色の薄い瞳で見つめ、青年は声を低めて言い添えた。


「この影はずいぶんあなたに似ているね。私の指示は『一番強い人間の姿』なんだけど、あなたは何者?」

「絵画修復士の、見習い」

「剣士じゃなくて?」


 ストレートに尋ねられて、ジオラスは口をつぐんだ。青年は、それ以上聞くつもりもなかったのか「まあいいや」と拘る様子もなく呟き、手と手をぱん、と音を立てて合わせる。

 黒い影は跡形もなく消え失せた。

 人通りのある場だけに、遠巻きに見てくるいくつもの視線を感じたが、青年は特に気にした様子もない。

 無造作にベルトに挟み込んでいた残りの紙束を取り出し、「安いよ」と気安い調子で言った。数は多い。ジオラスは首を傾げて、率直に尋ねた。


「その絵は全部、同じような効力を? 量産可能なのか」

「そう。私の魔法はあまりブレがなくてね。特に『守護者』の魔法に関しては再現性が高い。今はこの街も物騒だし、描けば描くだけ売れる。ただね、私がそうと願って線を引けば魔法が宿るとして、使用は一回限りだし、絵柄に意味を持たせても仕方ないから、最近は手を抜いて描いている」


 青年は、不敵に目を細めてジオラスの瞳をまっすぐに見つめた。


「何か言いたそうだね、修復士の見習いさん」

「いや、言う立場に無い。その絵を必要としているひとがいて、売れているのであれば、そこには何の問題も無い。たとえ使い捨てだから手を抜いていると君自身が言っているとしても、再現性の高い魔法の付与というのは、誰にでも出来ることじゃない。それを惜しげもなく、安く売るとは。悪い人間に利用されなければ良いが」


 暗い瞳となったジオラスを前に、青年は吹き出した。


「どこかのお偉方が私に無理矢理絵を描かせるというのなら、私の『守護者』の魔法が火を吹く。それにこれは、庶民向けの()()()だ、高くはできない。修復士さんも、入用ならぜひこのシラルクまでお声がけを。さらさらっと描いて差し上げましょう」

「ありがとう」


 シラルクと名乗った絵描きの、黒く汚れた指先を見ながら、ジオラスは礼を述べた。


(使い捨ての絵。それが君の本当に描きたい絵なのかなどと、聞く立場にもない。必要とされているというのなら、きっといま描くべき絵なのだろう)


 口を挟まないようにと飲み込んだ代わりに、ジオラスは引っ掛かりを覚えていたことを尋ねた。


「街が物騒とは、どういう意味ですか」


 シラルクは、ジオラスの頭から足元までさっと見て「旅人さんか」と呟く。

 それから、愛想よく片目を瞑って答えた。


「夜な夜な魔物が街を徘徊している。壁の中から出てきて、ひとを襲うんだ。死者は出ていないが、けが人は出ている。馬鹿にならない被害さ」

「壁の中から、魔物が出てくる?」


 ジオラスが重ねて尋ねても嫌な顔ひとつせず、シラルクは頷いて言った。


「そう。幻の壁画、七百年前の巨匠ギガンテスの描いた絵から、魔物が出てくるんだ」


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