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修復士ジオラスと壁画の乙女  作者: 有沢真尋


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13/13

再会からの押し問答、勝者は

「見つけましたよ、陛下」


 シラルクのぶつかった相手は、シラルクをちらりと見ることもなくジオラスに向かってそう言った。


(「陛下」? 陛下って言った?)


 呼ばれたのはジオラスであり、シラルクには関係ない言葉――

 それにも拘わらず、記憶の奥深くの暗い部分で、ごとり、と重いものが動いた感覚。

 戸惑いながらシラルクは片手で胸をおさえ、正面に立つ相手を確認する。


 陽の光に輝く白金色の髪に、翠の宝玉をはめ込んだような瞳の青年。長いまつ毛の先に至るまで優美な印象であり、ほっそりした顎と雪花石膏(アラバスター)の如くしみひとつない肌には、作り物めいた美しさがあった。


「息災のようだな、シハーブ」


 何一つ揺らいだ様子のない、ジオラスの声。向かい合う両者に挟まれた形のシラルクは、二人の顔を交互に見た。シハーブと呼ばれた青年が、唇に笑みを浮かべた。


「お迎えに上がりました。休養はもう十分ではありませんか。そろそろ公務に復帰願います」

「譲位は済んでいる。戻る理由はない」

「ルピナス様には、荷が重いようです。国が乱れ取り返しがつかなる前にお戻りください。我々にはグラジオラス王が必要なのです」


 薄く鋭い刃を喉元に押し付けるかのような、冷ややかな物言い。


(表情と話し方が全然合ってない。なんだこの男)


 得体の知れぬものを感じて、シラルクはジオラスの側へと駆け寄る。自然な動きで、ジオラスはシラルクを背にかばった。

 シハーブは愛想の良い表情のまま、淡々と続けた。


「わがまま、と言うのですよ。陛下のような生まれの方が、役目を離れて自由に生きるなど。あなたは本来ならどこにも行けない人間なんです。なにせ、力がある。国を治める為政者としての手腕です。慕う者も多い。陛下が玉座にお戻りになるだけで、救われる命がたくさんあるでしょう。それでも今のように自由気ままに生きるというのですか? 他人を犠牲にした遊興はそれほどに楽しいものですか?」


 ジオラスが、大きく息を吐きだした。後ろに立つシラルクの位置から、その顔は見えない。シハーブはといえば、まったく表情が動いておらず、参考にならない。


「ジオラス……?」


 思わず声に出して名を呼ぶも、ジオラスは振り返ることなくシハーブに向かって言った。


「罪悪感に訴えかけるのが実に上手いな。説得されそうになる」

「説得されてくださいよ」


 言いながら、ふとシハーブの視線が逸れた。

 そこに初めて、シラルクがいることを認識した様子だった。翠色の瞳が大きく見開かれて、驚愕したように顔に動揺が走る。


「陛下が女性を……陛下が女性を……陛下が女性を」

「同じこと三回言ったよ? 大丈夫?」


 それまでのしれっとした態度はなんだったんだと思いながら、シラルクは口を挟んでしまった。


「あの陛下が女性をお連れになられている! お世継ぎの予定は?」


 すうっとシラルクは表情を引き締めた。笑顔のまま、臨戦態勢となる。


「なんだお前。私がジオお兄ちゃんとヤッたの前提で話進めようとしているのか? そんなわけないだろ。私に対して失礼だろそれは!」


 シラルクは胸に手をあてて主張した。


(だいたい、記憶にある限り昨日まで男だったんだぞ! お世継ぎってなんだお世継ぎって)


 不穏な単語の数々に、シラルクとてジオラスがどういう手合なのかは薄々想像がつきはじめていた。おそらく一国一城の主で、どこかでは有名な男なのだ。その役目を放り投げて、旅の修復士などと名乗り、壁画の修復に取り組もうとしている。

 酔狂のひとことに尽きる。

 シラルクと目が合ったシハーブは、目を逸らしてジオラスへと視線を向けた。


「なるほど。これほどお美しい女性と過ごしてらして、まだ手も出してらっしゃらない。さすがですね不能ですか陛下は」


 はぐっと、シラルクは口をつぐんだ。

 言われっぱなしのジオラスはといえば、泰然とした態度のまま、そっけない口ぶりで答えた。


「キスをしたくらいだな」


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