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修復士ジオラスと壁画の乙女  作者: 有沢真尋


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絶麗佳人

 食堂に足を踏み入れた瞬間、悟った。

 自分に向けられる視線、男たちの目の色が今までとはハッキリと違う、と。

 衣服の下の肌を刺すような、好色な目つき。気持ち悪い、とシラルクは内心でうんざりとする。


(部屋の洗面器をのぞくだけじゃなくて、鏡を見てくれば良かった。そんなに「女」なのか、この体は。顔色を変えない朴念仁の反応だけじゃ話にならないんだよ。というかこの男でさえ、私に手を出したわけだから……。挑発したのは私とはいえ)


 隣に立つ、無駄に存在感のある長身の美丈夫。そっと横目でうかがうと、男らしい粗削りな顎や頬のラインに彫りの深い顔立ち、深遠を思わせる純黒の瞳が視界に収まる。そして、浅黒い肌にしっくりとくる色合いの唇。言葉少なで常に引き結ばれているそれが、ためらいもなく、シラルクの唇を奪ったのだ。その挙げ句、「味が」などと生々しいことまで口走っていた。


(絶ッッ対認めたくない……!! なんなんだこの男。女性の手を握ったことすらなさそうな奥手なふりをして、あんなに、あんなにあっさり……!!)


 思い出しても鮮やか過ぎる手際、摩訶不思議この上ない。「どのツラ下げて」と、「どの口が言うのか」の合せ技で、百戦錬磨の強者かと錯覚すらしてしまった。今こうして並んでみても、食堂の他の男たちのような劣情などおくびにも出す様子はなく、ひたすらに凪いだ顔をしているというのに。やることはやっているのだ。シラルクからすると「このムッツリが」という感想しかない。


「まったく、ジオお兄ちゃんは隅に置けない男だ……」


 席についてから恨み言を言うも、返事はない。

 正面に座ると壁のようで、シラルクに対する周囲からの無遠慮な視線を遮っているようにも見えるジオラス。さりげなく気遣われたのを敏感に察して、シラルクはさらに面白くないとばかりに続けた。


「なあ、なんでそんなに無口なんだ。私が十を話す間に一を話すかどうかだ、ジオラスは。一緒にいる私の息が詰まるとは思わないのか?」

「考えてから話すようにしている」


 無駄のない返答。

 そのときシラルクは、ジオラスの低い声が、ひどく澄んで通りの良い美声であることに気付いた。卓上にがばっと身を乗り出し、正面から見上げつつ声をひそめて言う。


「ジオラスは修復士だなんて言っているが、魔力があるらしい。わかったよ、実は音声系の魔法使いなんだ。呪いの言葉を口にすれば、その呪いが本当になる」


 ジオラスは、平静な様子で表情を変えぬまま頷いた。


「なるほど。それは強力そうだ」

「あぁもう……、なんて手応えのない。そんな反応じゃ、当たってるのか外したのかもわかんないよ」


 ぐずぐずと言いながら、テーブルの下でジオラスの足を蹴飛ばす。かわされると予想していたが、案外すんなりがつんと蹴られていた。表情は変わらない。

 ふてくされながら、シラルクは腕を組む。その腕の上に、柔らかな重みが乗り上げたことに気付いて、声に出さずに(わぁ……)と焦った。胸がある。


「なんでこんなことになってるのか、わからないんだけど。ただでさえ美形の私が、こんなにどこもかしこも非の打ち所のない女体になってしまったら、それはもう注目を集めて仕方ないよな……。自分でもそう思う」


 もそもそと言いつつジオラスをちらりと見ると、黒い瞳にまっすぐに見つめられていた。目が合った瞬間妙に動揺し、再びテーブルの下で足を蹴飛ばす。


「なんとか言えよ!」

「絶麗」


 ただ一言告げてから、「飲み物でも」と用件とともに立ち上がる。

 言われた内容をうまく処理できなかったシラルクは(それって美人の形容だったっけ? それとももとが絵だから? 褒めた? 褒めたのか?)と混乱しきりで両手で頭をおさえた。

 その後、ジオラスは寡黙なままで、二人で向き合いながらも黙り込んだまま粛々と食事を済ませることとなった。シラルクとしても、これ以上この得体の知れない男をいじってはならぬ、という妙な危機感を覚えていた。そのため、余計な口出しは慎んだ形だ。


 空腹を満たしたところで、二人連れ立ち、昨夜異変のあった壁画へと向かうべく宿を出た。

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