彼女との関係
「上城くん、今夜どう?」
「先生――またですか?」
槇村先生は、40歳半ばを越えているというのに、仕事を終えたあとは毎晩のように酒を飲み歩くようなパワフルな女性だった。見た目も40代とは思えないくらい若々しく、顔にはシミやシワなど全くなく、20代の若者に劣らぬキレイな肌をしていた。それに先生は精神科医では名の知れた優秀な医師で、全国各地へ講演をしに回ったり、テレビ番組に出演したり、本を出版したりと日々多忙な生活を送っていた。
「いいでしょ? 付き合いなさい!」
「はい――」
槇村先生の強引な誘いに、いつも断り切れないでいた。それに尊敬する槇村先生ではあるが、酒の席では泣く、からむ、怒るという酒癖の悪さから、出来れば行きたくないというのが本音であった。
「よし! 朝まで飲むわよ!」
「―――」
こうしていつも飲みに付き合わされることになるのだ。ところで、そんな槇村先生の行きつけの店だが、BARや居酒屋、日本料亭、フランス料理店やイタリア料理店、本場韓国の焼肉屋など、とても幅広かった。もちろん全て先生のおごりな訳だが――。でも、先生1番のお気に入りは屋台でおでんを食べながら日本酒を飲むという庶民的なものだった。
そして今日はオシャレなBARに連れてこられた。私はハイボールを飲み、先生はレモンサワーをかなり強めのアルコールにしてもらって飲んでいた。飲み始めてから30分くらい経った頃、私の5つ下の後輩がやって来た。名前は尾崎環奈。可愛い顔からは想像出来ないくらい気が強い。物事をハッキリとズバズバ言うし、負けん気がとにかく強かった。でも意外に打たれ弱く、いつも槇村先生に泣きついていた。
「先生、お待たせしました」
「環奈、やっと来たわね」
「すいません。やり残していた仕事があったもので――」
「いいからここに座って、早く何か注文しなさい!」
「はい」
すると尾崎さんは、大好きな生ビールを注文していた。しかも大ジョッキで――。
「じゃあ早速仕切り直しよ! かんぱ~い」
「かんぱ~い」
「かんぱい――」
グラスとグラスを合わせると〝キーン〟という良い音が響き渡った。まるでこれから闘いが始まる開始のゴングのように――。 そして、乾杯の合図と同時に、2人とも物凄い勢いで飲み始めた。10分しか経過していないのに、尾崎さんは生ビールを大ジョッキで2杯も飲み終わっていた。先生は、甘くて飲みやすいがアルコールが相当高いと言われているレディキラーと呼ばれているカクテルを片っ端から飲んでいた。
「先輩、私が酔い潰れたらよろしくお願いします」
「申し訳ありませんが、お断りします」
「先輩のイジワル~」
尾崎さんは甘えた口調で私に寄り添ってきた。彼女は酔っ払うと普段の態度とは想像出来ないくらいの可愛い女の子になってしまう。とは言っても、私に対してはいつもこんな感じだが――。
「よしよし、尾崎さんは良い子でちゅねぇ。良い子は気を付けて自分で帰って下ちゃいねぇ」
私は尾崎さんの頭を撫でながらそう言った。
「先生~先輩に何とか言って下さいよぉ~。いっつも私を子供扱いするんですよぉ~」
「う~ん、しょうがないわねぇ。上城くんは女性には無関心だし、そんな簡単に心を開かないからなぁ。私の知る限り、何年も女性とは無縁だったものね。今でもあの子のことが忘れられないのよねぇ」
「―――」
「あっ、ごめん」
先生は、手を合わせて私に謝っていた。どうやら私の表情の一瞬の曇りを見逃さなかったようだ。
「先輩、どうしたんですかぁ? 急に困ったような顔になっちゃってぇ~」
「何でもありません」
尾崎さんも酔ってはいても観察眼だけは抜け目がなかった。
それからも2人はペースを落とすことなく飲み続けた。しばらくすると先生の様子がおかしくなってきた。どうやら酔いが回ってきたようだ。そして、とうとう泣き始めた。
はぁ――
今日は泣き上戸か――。
「ちょっとトイレに行ってきます」
私の言葉など聞こえている様子もなく、ひたすら飲み続けていた。
それから私は、トイレへ行くフリをして店を出た。あの2人に最後まで付き合わされたら、体が幾つあったって足りる訳がない。
翌日、いつも通りに出勤し、事務所の中に入ると医院長の席には既に槇村先生が座っていた。私の隣の席の尾崎さんも席についていた。
「尾崎さん、おはようございます。昨日は何時まで飲んでいたんですか?」
「先輩、おはようございます。昨日というか今日の朝方までですけどね」
「大丈夫なんですか?」
「はい、まだ若いから」
「それならいいんですけど――」
診察時間の1時間前になり医師とスタッフが全員集まると、朝の打合わせが始まった。槇村先生は、朝まで徹夜で飲んでいたはずなのに、物凄く元気で気合が入っていた。一体どんな体調管理をしていれば、あんな風でいられるんだ――。