彼女との関係
部屋の中央にあるソファーには、見知らぬ年配のご夫婦が既に座られていた。
「こんにちは。お待たせしました」
「初めまして、小川と申します。よろしくお願いします」
50歳前後のご婦人がソファーから立ち上がり深々と頭を下げてきた。
「精神科医の上城真一です。よろしくお願いします」
「先生――うちの主人が10日前から仕事に行かないで、ずっと家にいるんです。家にいても何もしないで、ただ〝ボォ―〟っとしているんですよ。心配になって内科の先生に見てもらってもどこも異常がなくて、そこでこの病院を紹介してもらうことになったんです」
ソファーに座るご主人を一目見た時から気付いていた。目が虚ろで、視点が定まっておらず、体がダルそうに前屈みになっていた。事前に記入してもらっていた問診票からも該当する箇所が数ヶ所見受けられた。間違いなく鬱症状だった。本人と話しては見たが、ただ頷くだけで、まともな答えは聞き出せなかった。
今私は、尊敬する精神科医の槇村佳代先生が経営するメンタルクリニックで8年前から働かせてもらっていた。私の仕事は患者さんから話を聞いて症状にあった治療法をとっていく訳だが、心理療法や心理カウンセリング、薬物療法などで治療を行っていく。近年、日本人はストレスを受ける機会が多く、小学生くらいの小さい子供から大人まで精神的な症状に悩まされる人がどんどん増えているため、精神科の医療機関を受診する人は年々増加傾向にあるようだ。そのような社会情勢の中で、私が勤務している槇村メンタルクリニックも患者数が年々増加しており、私自身色んな症状の患者さんと向き合い、貴重な経験、勉強をさせてもらっていた。今では、私も1人前の精神科医として槇村先生から多くの患者さんを任されている。そして私が担当している患者さんの中にも、鬱症状の人や依存症、恐怖症、パニック障害、精神的不安を抱えている方が数多くいた。この小川正人という男性も職場での人間関係や仕事のプレッシャーなどの様々な要因があって精神に支障をきたすようになったのだろう。
「奥さん、しばらくは精神安定剤を服用して様子を見てみましょう」
「先生! 夫は鬱病なんでしょうか?」
ご婦人は今にも泣き出しそうな顔で私に問いかけてきた。
「奥さん、まだ決めつけるには早いと思います。もしかしたら働き過ぎが原因で、疲れからきているかもしれません。今は旦那さんの様子をしっかり観察してもらって、少しずつ答えを見つけていきましょう。とにかく奥さんも落ち着いて、あまり考え過ぎないようにして下さい」
鬱病の患者の介護は、もちろん家族の助けが必要不可欠であるが、患者とたった1人で向き合うのは負担が多いしリスクを伴う。
鬱病に限ったことではないが、1人で患者の介護をしていると精神的にも肉体的にも追いつめられ、逆に精神的な病気に陥ってしまうという落とし穴がある。そうならないためには、周りの人間が患者だけでなく、介護者の支援も行わなければならない。その支援をしていくのが、身近な親族、友人、私たち精神科医の仕事だと思うし、使命だと思っている。