彼女との関係
「あのぉ――いつもここでお昼食べていますよね?」
「えぇ」
「私はいつもあそこで絵を描いているんですよ」
彼女は、先程までいた場所を指でさして教えてくれた。それにしても初めて間近で聞く彼女の高めの声と音量は私の耳には調度良く心地良かった。
「知っています。いつも絵を描きながら、通りすがりの人と楽しそうに話をされてますよね?」
「本当は絵に集中しなきゃいけないと思うんですけど、公園に来てる人と触れ合いながら楽しく描きたいので――」
彼女の話し方、表情、視線、動作を見てわかったことは、彼女は仕事をしていないか、あまり人間関係がないような仕事をしているか、もしくは学生ということだった。なぜなら彼女からは、ストレスを殆んど感じなかったからだ。また私に対してだが、それ程の警戒心はなく、どちらかと言えば開放的で興味があるようだった。まぁ、それは私に対してだけではなく、誰に対してもそうみたいだが――。
「プロの絵描きさんですか?」
「プロではありません」
「仕事はしていない? もしくはあまり人と関わらない仕事をしている? それとも学生とか?」
「何か尋問みたいですね? 警察の方ですか?」
「そんなんじゃありませんよ。わたっ――」
「美術大学に通う学生です」
「そうなんですか――。何年生ですか?」
「4年です。単位は3年までに取ってしまったんで、今は大学には殆んど行ってません」
彼女は私の隣に座ると覗き込むように私を見ていた。そして私と目が合う度に笑顔になった。
「就職活動はしてない? もしくは既に決まっている?」
「どっちだと思います?」
「そうですね――内定はもらっているようですね」
「よくわかりましたね? でも何で?」
「話し方や表情から、あまり普段からストレスを受けていないのはわかりました。でも、悩みや心配事があるような感じはしました」
「すご~い。お兄さん、何の仕事しているんですか?」
「〝お兄さん〟って――。嬉しいけど、あなたと10歳近く離れていると思いますよ」
「そんなの関係ないって! それに、若く見えるから〝お兄さん〟でも全然変じゃないよ」
「そうですか? ありがとうございます」
彼女と話していると笑顔と明るさに自然と引き込まれてしまう。
「それで、何の仕事を?」
「私は、この公園から5分くらいのところにある槇村クリニッ――」
プルプルプル――プルプルプル――
メールが入った。病院からだった。
「すいません。病院に戻ります」
「えっ!? 病院? 今度いつ会えますか?」
「また、直ぐに会えますよ」
私はそれだけ言い残すと、病院に向かって走り出した。
病院に戻ると直ぐに自分のカウンセリングルームに入った。この部屋は一般の診察室とは違い、落ち着いて話が出来るように、部屋の色使いや設計に工夫が凝らしてあった。また、心地良い音楽が流れ、リラックス効果のあるアロマの香りが漂い、心を癒してくれる観葉植物が置かれていた。どれも槇村先生のこだわりが凝縮された空間になっていた。