彼女との関係
「おっ、俺じゃねえからな! あんたが言ってたもう1人の容疑者かもしれねえじゃねえか!」
「被害者のおばあさんがあなたを見て、犯人だと言っているんですよ」
黒澤さんは、たじろぎながらそう言っていた。
「そんな訳ねえだろ! もしかしたら被害者のババアが落としただけかもしれねえし、そんな茶色の財布どこにでもあるじゃねえか!」
私たちが揃って男を見ると、男は慌てた様子で話し始めた。
「茶色の財布ですか――。よくわかりましたね? 色も特徴も誰も言ってないはずなのに。黒澤さん、言いましたか?」
「いいえ、自分は言っていません」
「見えたんだよ。その警察官が手に持っているのを――」
「誰が持っているんですか?」
「その警察官だよ!」
「自分は何も持っていませんよ」
黒澤さんは、両手を前に出して何も持っていないという素振りをした。
「お前、何言ってんだよ。見つけたんだろ?」「見つけましたけど、ここに戻る途中で他の警察官に渡しました」
「おい! ふざけたこと言ってんなよ!」
「あなたの負けです。私と会話をした時点で、あなたは自分が犯人であること、盗んだものをどこに隠しているということを無意識に教えてくれていたんですよ。あなたの気付かないうちにね。ちなみに、あなた以外に容疑者は1人もいませんでした。嘘をついたことは謝ります」
「くそっ!騙しやがって!」
「失礼致しました」
こうして男は逮捕され、スリ事件は無事解決した。
「上城先生、ありがとうございました。でも、どうして犯人が隠した場所がわかったんですか?」
「彼の視線、セルフタッチ、動作、話し方、口元を細かに観察していると真実が見えてくるんですよ」
それは、私が長年培ってきた精神科医としての経験と観察眼によるものが大きかった。
それから私は急いでコンビニに行き、昼食を買った。既に、昼休憩の終了の時刻になっていた。とにかく、急いでもと来た道を引き返した。
プルルルル――プルルルル――
胸ポケットに入っているスマートフォンを取り出して見てみると、医院長の槇村先生からだった。
『もしもし、上城です』
『上城くん、お手柄だったみたいじゃない?』
『はぁ?』
『警察の方から電話があったのよ。事件を解決したそうじゃない。すごい観察力だって褒めていたわよ』
『そんな褒められるようなことはしていませんよ』
『何、謙遜してるのよ! 褒められたんだから素直に喜びなさい』
『はい――』
『それより、お昼まだでしょ?』
『はい。でも、お腹はそれほど空いてないので大丈夫です』
『今日は13時からの患者さんはいないんでしょ?』
『はい』
『だったら、もう少し休んでなさい。たまには公園に行って太陽の下でお昼を食べてきなさい』
『でっ、でも――』
『でもじゃないわよ! 医院長命令です!』
『お気遣いありがとうございます』
それから私は、槇村先生のお言葉に甘えて、昼食をとらせてもらうことになった。とりあえず、病院に戻る途中にある公園に立ち寄ることにした。