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賢いね、キミは(後編)

「賢いね、キミは。賢過ぎてつい言葉が難しくなってしまうのか俺には意味がわからないよ。

 だけど、弱者のモノは強者のモノだってことは弱者のキミが強者の俺に俺がよこせっつってるモノを平然とガメたままトンズラを考えてるってことは俺でもわかるからそこは安心してよね」


 ふざけるな、僕がいったい何をしたっていうんだ、なんでこんな仕打ちを受けないといけないんだ。

 僕をカネを持たない弱い生き物にさせるな。


 背中を右足で踏まれる感触がふたつ。刺青の輩以外に少なくとも2人はいる。


「賢いね、キミは。ずいぶん大人しくなったじゃないか。理解が早くて助かるよ」


 お尻から中に挿し込まれた指が、屈辱感をまくし立てる。気持ち悪い。


「俺にはひとり、弟がいた。家族皆で、可愛がっていた」


「ある日その弟が、攫われた。家の目のまえで事が起こった。

 家を出た弟と親父のまえを馬車が遮り、なかから甲冑を着た剣士が降りてきて弟を連れ去ろうとした。

 手を握ったまま離さなかった親父の腕は、剣で斬り落とされた。

 弟は、馬車に乗るからこれ以上はやめてくれ、とその剣士に懇願したよ」


 刺青の輩の話に記憶が蘇った。そのお父さんは片腕を斬り落とされてなお追いすがろうとしていた。

 その子はお父さんに諭すような目を涙ながらに送っていた。

 そのお父さんには、衛兵にカネと回復薬を渡させた。


 家から家長を奪うほど、僕は人として終わってはいない。


「親父が涙ながらに回復薬で切り落とされた腕を治しているとき、お袋にありとあらゆる罵声を浴びせられた。

 親父は逆上し治りたての腕でお袋を殴り殺した。

 親父はふと我にかえると、再生した右腕を今度は自分で斬り落としたよ」


 なんだ、こいつの親父も弱い生き物だったのか。


「以降親父は、抜け殻のようになっちまった。デキの悪い俺とちがって、物覚えのいい弟だった。

 将来は、家を陰から支えてくれると期待してたよ」


 僕は家を出たことを後悔した。掃除すべき社会の汚物たちを、家ごとまとめて掃除したい。

 寄り添いあわねば生きてはいけない、そんな弱い生き物め。どの面下げてこの街にいるんだ。

 僕のカネを、今すぐ返せ。僕をカネの無い力の無い弱い生き物になんかさせるな。


「俺は強者だ、強い生き物なんだ。カネと権力にすべてを壊された親父なんかより、どっかの大発明家とやらのそこら中に顔を知られたボンボンなんかよりよっぽどね」


 挿しこまれた指が乱暴に抜かれた。痛みと恥辱感が全身を襲った。


「賢いね、キミは。どうやら後ろにも隠してなかったみたいだね。

 もう隠せる場所はひとつしかないってわかりやすく教えてくれるんだからね」


 背中を踏みつけ続けていた足がどけられると、今度は腹を蹴り上げられた。僕は腹を押さえながらもだえ苦しんだ。


「賢いね、キミは。このまま腹を蹴られ続けたらせっかくガメようとしたカネを吐き出してしまうもんね」


 どうせ無いってわかってて言ってんだろ。痛めつけながら悦に浸りたいだけだろ。


「炎の精霊イフリートよ、その纏いし炎にて彼の者を焼き払いたまえ……、ファイア!」


 必死の思いで攻撃魔法を長髪の輩に向け唱えた。

 長髪の輩の全身に火がついた。


「何してくれやがんじゃテメェ!」


 坊主頭の輩に殴り飛ばされた。単体魔法では他に対して隙だらけになった。

 次いで刺青の輩、長髪の輩が足蹴にしてきた。初歩的な攻撃魔法では着ている服のところどころに焦げ目を作る程度が関の山だった。


「賢いね、キミは。攻撃魔法が使えるんだね。

でもなぜかただ足蹴にされているだけのキミのほうが効いてそうだよね」


 それからは3本の右足が全身のあらゆる場所に飛んできた。

 腹、胸、口元、局部、腕、足、目、耳、喉と次々絶え間なく蹴られていった。

 肉が爆ぜる感触、骨が折れる感触、健が切れる感触、玉が潰れる感触、関節が壊れる感触、目玉が飛び出す感触と、実に不愉快な感触に襲われた。


 もう痛がることを恐怖することを生を求めることを死を拒むことを忘れかけたところに踏みつけられた腹が血反吐を吐き出させた。


「賢いね、キミは。本当にもうなにも出せないって、わかりやすく教えてくれるもんね。

 もしなにか出せたら、とっくに出してただろうからね。

 バイバイ、賢くて弱いオニーサン」



「偉大なる霊樹ユグドラシルよ……、どうかその力にて汝を慈しみたまえ……、キュアオール」


 僕はかろうじて残った片目で輩たちがその場から立ち去るのを視界から姿を消すまで見送ったあと、最後の力を振り絞るようにして回復魔法を唱え身体を回復させた。


「どうだ、僕は賢いだろ、回復魔法が使えるんだから」


 精一杯強がろうとして口から出した言葉を耳にして、僕は恥辱感と屈辱感に嗚咽した。



   ―― 序章:旅立ちの日 the end ――

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