味わいたくなかった味
「もうひとつ。旅人よ、父上にしていた話を聞いていたのだが、兄上の仇敵のひとりを斃したそうだな?
妾と一戦交え、その実力を証明してみせよ」
え? え〜? 聞いてないよぉ……。
「何をもって証明としますか?」
「まず場所を移そう。ついてくるがよい」
短剣を鞘ごと取り出したご令妹さまに導かれる。
「旅人さん、死ぬなよ……。姫さまがなかなかどこにも嫁がれない理由がこれなんだ。『女にすらしてやられる男のもとなど危険過ぎて出向きたくない』ってな
名家のご令嬢となると引く手数多だったんだが、命を落とした者も居て次第に縁談自体がなくなっていったんだ」
「お兄ちゃんやばいじゃん、おばちゃんは諦めたら?」
ビビらせるなよ。今さら引くに引けるか。
着いたさきは中庭だった。中庭というより練兵場といった様子で、四方を壁に囲まれたなかで衛兵たちが各々鍛錬を行っていた。
「しばしこの場所を使う。その間おまえたちは休むがよい」
「は!」
衛兵たちがきびきびとした動きで装備や器具を片付け出ていった。物腰から緊張感が伝わってくる。
「うおお!!」
思わず声がでた。衛兵たちが立ち去るやいなや脇腹を刺されそうになり、すんでのところでかわし腹を蹴って反動で距離をとった。俺は生命の危機感にダガーを抜き構えた。
「ほう? 帯剣しておる者の間合いで呆けておったように見えたからいささか失望しかけておったが、なかなか奇襲に強いではないか」
ご令妹さまは蹴られた腹を意にも介さず、手に持つ鞘を投げ捨て構えた。見覚えのある構えだった。
「お嬢さま、ご冗談が過ぎますよ」
「冗談などではない。蛮族に命を狙われても同じことを問うか?」
ご令妹さまが構えを保ったままにじり寄ってきた。
やはり、あの元衛兵と同じ戦いかただ。
「ふふん、腰抜けが。逃げてばかりでは相手を仕留めれぬぞ。
そのときはそのときだ、殺す気で来ぬか」
いろいろと冗談が過ぎる。あの元衛兵が蛇なら、いま目のまえに居るのは、竜だ。眼光と圧力が段違いだ。
半身に構え差し出されたその手にいちど絡めとられれば、為すすべもなく喰い殺されそうだ。
「その誘いに乗るわけにはいきませんね。かの裏切り者もその構えをとっていましたから」
「ほう?」
隙をみせろよ。なに、首尾よく刺せたあとは魔法で回復させてやる。
「この構えは兄上から教わったのだがな。裏切り者も、兄上から手ほどきを受けておきながら、このような優男に斃されたわけか」
蹴りをいれたとき妙に踏ん張りを利かされたと思ったが、ブーツなんて履いてやがる。ブリオーの丈も足首より短くてはしたないぞ。
ん? 待てよ?? なんだ、活路はあるじゃないか。
「さっきからぶつぶつと。辞世の句でも詠んでおるのか?」
俺は死ぬ覚悟なんて一切決めない。
決める覚悟は、生き抜く覚悟と、殺す覚悟だ。
「ファイア!」
シルクのブリオーとフェルトのブリゾンが瞬く間に炎に包まれた。白昼に他者の面前に素肌を晒された気分はどうだ? お嬢さま。
だがまだだ、これくらいでは足りない。
「フロスト!」
今度は両眼を凍らさせてもらう。なに、あとで回復させてやるさ。
刺したあとな。
「甘いな」
腹を刺そうとした俺の左手は凍りついた左手に受け流され、俺はそのまま左脇をこじ開けられた。
「ぐはあ!!」
「残念ながら、決着だ」
肋のすき間から左肺を刺された。逆手に持ち替えられた短剣が右肺も刺した。
「何をしている! 主が燃やされておるのだぞ! 直ちに水と回復薬を持ってくるがよい!」
「はい!」
全く想定しなかった。確かに焼き殺すには至らない火属性魔法ではある。だが身じろぎひとつせずその後の凍結魔法を素手で受け止め、斬撃を捌いて迎撃するなどと考えられなかった。
「ふふん、なかなかには惜しかったぞ」
ご令妹さまは水を被せてもらっていた。くそ、息をしようにも肺に空いた穴からひゅーひゅーと空気が漏れていく。呼吸ができない。回復魔法を詠唱できない。
「これはよい薬だな。飲むだけでたちまち全快できる」
軽くではあってもご令妹さまは火傷していた。左手も凍りついていた。そのはずだった。意識が遠のいていく。俺は死ぬのか。
「ふむ、半分ほど余ったな」
意識が薄れゆくなか、唇に人肌の温もりと粘膜が触れる感触がした。口内に液体が流れこんできた。むかし記憶した味だった。
俺は意識が戻るにしたがって、だんだんと状況を把握していった。口のなかに、以前父に飲まされた薬の味がした。
「チョーシにノるのも大概にしろよクソババア!!!!」
頭のなかにあどけない叫び声が響いた。目のまえにはご令妹さまの顔があった。女性のやわらかな腕に抱きかかえられていた。口移しで回復薬を飲まさせられていた。
「どうやら一命をとりとめたようだな」
先ほどまで鬼気迫る顔で対峙していた顔がやわらかく微笑んでいた。衣服がところどころ焼け焦げていた。
「恐縮です」
「なにも恥じることなどない。立てるか?」
「はい」
促されるままその場にたった。ご令妹さまと向かいあう。
「ふむ、悪くはないな。いついかなるときも警戒を怠らぬ臆病さ、淑女の肌を衆人のまえに晒す横暴さ、奇襲か不意打ちの好機以外では絶対に仕掛けてこない卑怯さ、そのどれもが天晴であったぞ」
「惜しむらくは、魔法自体の殺傷能力が十分であれば魔法の一撃だけで事足りたことだがな」
ホメられてるんだか、皮肉なんだか。
「怪訝な顔をしておるが、合格だと言っておるのだ。そうだ、もうひとつ条件を追加しよう」
「条件……、ですか?」
「旅人よ、妾の城に仕えよ。当面は城の掃除からだ」
「尤も、妾の部屋に一歩たりとも足を踏み入れればその場で処刑するがな」
西陽が差しこみ、新たな領主さまを背後から照らした。
俺はその場に跪き、両手を差し出した。
「よいだろう。せいぜい懸命に仕えるがよい。……一生な」
俺は自分の行動を自分で理解できなかった。跪いた相手は、殺されかけ、思い出したくもなかった実家を思い出させた相手だった。
だが、そうせずにはいられなかった。
―― 第三章:自由を生き抜く the end ――




