ただの杞憂と藪蛇の受難
「衛兵はいないわけじゃないんだけどな、ちょうどその辺について考えがあるんだ。
市場までついてっていいか?」
余計なこと言ったかな。
身支度を終えて店主が付きそいながら市場をまわる。両替屋で金貨を銀貨と銅貨に崩してもらい、服屋でチュニック2着と予備の肌着を買った。
モノを買うときは、値段を聞いてからじゃないとダメだな。
「はい、確かにちょうど。毎度あり! それはそうと、あんたウワサの元衛兵のロクデナシを斃した旅人さんかい?」
「そう……なりますね」
街なかで人目をはばからず殺しあいなんてしたら噂にもなるわな。
「ちょっと座って待っときな。パン屋がビール奢りたいらしいから」
それからほどなくして昨日パンを買ったガタイのいい店主さんがビールを持ってやってきた。
「おはよう、旅人さん! まずこれでも飲みな」
「あ、昨日はパン美味しかったです」
「そう言ってもらえると助かるよ、パン屋始めるまで衛兵だけやってたからな」
「え? なぜパン屋さんに?」
「領主さまが警ら網として、各公共施設に衛兵を配置したんだ。俺はパン屋っていっても、ほとんど街の人たちがこねたパンを焼いてるだけだ。あとは水車の貸し出しと管理。
あんたの横にいる宿屋さんが団長だよ」
「団長さんを……宿屋に、ですか?」
「ああ、『ここは旅人の居心地のいい街にする、そうすれば王都まで往来する際のよい中継地として栄える』ってな。
宿屋は最重要だったんだ」
うん、実際俺が王都からの旅人。森を迂回しても王都までまる1日くらい。
「そしたら近衛兵、みたいなのはどうなってたんですか?」
率直な疑問として、領主さまの警護はどうなってたんだろ。
「新人数名と、教育係の元団長さん。それと街なかの警備を任されていたロクデナシで衛兵全員だ」
現役組は全員街に配置したわけか。結局は内部犯にやられたけど、外部に対しても少々無防備だったんじゃないかな。
「その……ロクデナシは、捕まえなかったんですか?」
「状況証拠はいくらでもあったが、確たる証拠は掴めず尻尾を出すのを待ってた。カッコつけた言い方ならな。
正直信じたくなかった、が一番だ、こいつがそこまでロクデナシだってな」
「現場からは金目のモノ全部と馬車が消え、ロクデナシひとりが残されていた。そのときは『異変に気付き現場に駆けつけたらもう全て手遅れだった』って言ってたな。
本人の自供とあわせると、最後の最後で裏切られてひとり取り残された、ってオチだろうな」
で、最期はカモろうとした旅人に返り討ちにされて終わり、がそいつの人生だったわけね。いろいろとロクデナシだな。
「うっわ~、カッコわるっ」
言ってやるなよ、否定はしないけど。
「これからこの街って領主さま不在で大丈夫ですか?」
「それだ。俺たちじゃ難しい話がまったくわからない。俺たちはただ領主さまの指示に従っていた、ご存命のころはそれで上手くいってたからな」
まずいな。ここは農村だったころと今では勝手が違いすぎるはずだ。
「領主さまのご家族ご親戚とかは?」
「ご令兄さまは、もう家をお継ぎになられたしな……」
「となるとご令妹さまだよな、たぶんまだご実家にいらっしゃるだろうけど……」
「ご令妹さま?」
「ああ、領主さまには歳の離れた妹さんがひとりいらっしゃる。だがな……」
「俺たちふたりとも元は領主さまのご実家つきの衛兵だったからな、その方のことはよく知ってるよ」
「いくら歳が離れているとはいっても、もうそれなりの歳なのにもらい手がつかない理由もな」
ひとクセふたクセありそうだな。でもな……。
「しのごの言っている場合ではないと思いますけどね。僕が野盗なら、探りを入れて領主不在と知るやいなや民家を襲撃しますよ」
「だよな。パン屋、しばらく街任せていいか?」
「ああ、7日くらいみとけばいいか?」
ん?7日?
「ああ、4〜5日で戻れたときは奇跡が起きたと思っててくれ」
「兄ちゃん、悪いが事態の説明のためにご同行ねがう。3日歩く準備をすぐに整えてくれ」
「3日ですか?」
「ああ、3日ぶんでいい。なに、あちらさんも追いかえすにあたって旅支度くらいはさせてくれるさ」
そうだよな、いままで奇跡的に移動距離が少なくて済んだんだ。というかやっぱり余計なこと言っちゃったな。




