封建社会の残滓
「俺は強い生き物だ、殺しながらでも生きてやる」
血まみれのなかでそう決意した。
しかしいくら正当防衛とはいっても、もうこの街には居づらいな。もう日がとっぷりと暮れているが出てしまわないといけないだろう。
「旅人さん……」
おずおずと話しかけられた。まさか投獄させられるのか。
「どうしました? これは正当防衛ですよね?」
「いやそういうことではないですが……
その……
あまりこいつを恨まんどいてもらえんですか」
「どういうことですか?」
「こいつは……、ここが好きだったんだよ」
好きな街を食いものにしようとしたのかよ。
「こいつの家は、代々領主さまに仕えてきた。
先代まで、衛兵といえば領主さまの次に位の高い身分だったよ。
われわれ庶民は畏敬の念を抱いておった」
「領主さまはほぼ城から出ることはなかった。
代わりに税の取り立てで城から遣われるのが衛兵だった。
衛兵は城と領主さまのみを護った」
「われわれ庶民は税を支払い続けなければ罰せられ、冬は寒さに凍え、野盗に襲われれば為す術もないなかで細々と糊口をしのいできた。
そのころはその暮らしに何の疑問も持たなかった」
「だが先代の奥方様は、現奥方様をお産みになられた際に急逝なさられた。
世継ぎ不在のなかで婿入りされたのが、奥方様と大学で知り合われた名家の次男の現領主さまだった」
「その後はこいつの話したとおりだ、確かにここは豊かになった。
だが、儂らは目まぐるしい変化に振りまわされ疲れたよ」
「昔は皆なにも考えずただ糊口をしのぎ、それすら叶わぬ不幸があれば土へと還る。それだけだった」
「だがいまは、公営の宿屋で街に旅人とカネを入れ、農業の合間の商売が自由とされた。
商才のある者が私腹を肥やし、そのカネでかつては等しく農奴であった同胞を雇う。
いくら腹いっぱい食えようとも、それがかつての同胞に媚びて施された飯などとは許し難い屈辱だよ」
俺は安いプライドより美味い飯だけどな。
「この男の蛮行も儂は責めきらん、気持ちがわかってしまう。
かつて糊口をしのぐ以上の贅沢は、領主と城に仕える者のみに許された特権だった。それが今は、皆肉を食べ旅芸人に銭を投げ教会で挙式しとる」
「歯痒かったろうな。たとえより厚遇されようとも、かつてはただやつれ果てた姿を見下しながら搾り取るだけだった貧民が活き活きとする姿を命がけで警護させられるなど。
仕事を抜けて酒場でくだを巻く姿が、かつてイジメていた相手に事あるごとにどやされて愚痴りながら畑をいじる息子の姿とだぶったよ」
……要するに不平等な幸福よりも平等な不幸、ってことかな。俺には理解し難いよ。
「お爺さんには悪いですが、僕はいまのこの街とこの街を造った領主さまに感謝していますよ。
なにせ僕は、領主さまの政策に恩恵を受けた『旅人』ですから」
「いや構わんよ。ただ、いまのこの街に関してこう思っとる者も居ると、誰かに話したかっただけだ」
時間とられちゃったな。もう夜更けだし、街の外は真っ暗だろうな。
「兄ちゃん、もう一泊どうだい? 料金なら昨日まとめて貰ったし、朝になれば服屋とあと両替屋も開くよ」
「店主さん、宿屋空けていいの?」
「いいんだ。領主さまの仇取ってくれたんだろ? ちょっとくらいサービスさせろよ」
そんなのあくまでも結果論だよ、そんなつもりなかった。
「ま、その血筋の最後のひとりを殺しちゃったのもお兄ちゃんなんだけどね!」
うるさいな、どうせ隠し子だっただろ。
第三章開幕です。今週は私用により更新頻度が落ちますが、来週からは通常の頻度で更新する予定です。
最後までお付き合いを何卒宜しくお願いします。




