悲嘆
四人は、メープル村で学んだ「幸せのルール」を、散らばったメロディーの破片の一つとして、奏でようとした。
それは、そのルールを実際に生きようとすることによって。
それは確かに、彼らを幸せにした。
そして、そのルールが確かなものであることを四人は知った。
もし、誰しもがこのルールにのっとって生きるならば、きっとこの世界は平和になるだろう。
そう誰もが確信したのだった。
彼らは強い意志をもって善き人間になろうとした
・・・はずだった。
しかし、それはほどなくしてすべて挫折に終わった。
何も変わることがないばかりか、結局、すべては落胆に終わった。
なぜ?
一体なぜ?
何があったのだろうか?
「幸せのためのルール」「善き心で生きる」ことは、誰でもできる簡単なことのように思えた。
ああ、たしかにそうだったかもしれない。
その高い生き方の基準を知ってしまうと、他人の足りないところがあまりにも多く見えてしまうのである。
「ウミ、あなた人がみんな一生懸命仕事やってるのに、なんでそんなにちんたらやってるの?
さぼってばっかり。
マスターの弟子っていう自覚が足りないんじゃない?」
「ふええ、ごめんなさい。レイ。
・・・でも、そこまで言わなくても・・・。」
「何?あんたが何回も同じ失敗ばかりするのがいけないんでしょ?
自分が悪いのに?居直るの?
私が悪者?
私、当たり前のこと言ってるだけだよね?ねえ。」
たしかに、今まで語られることはなかったが、ウミ姫のマイペースさは常軌を逸していた。
ソラもハルもはじめはニコニコしながら大目に見てはいたが、あまりにもペースを乱されるので、
次第に顔がこわばってくるのであった。
いよいよ、我慢しきれずに重い口を開いたのがレイなのであった。
「あんた、みんなに迷惑かけてるっていう自覚はあるの!?
可愛いから何でも許されるとか思って調子乗ってるんじゃない?」
「うええ・・・ごめんなさあい。」
「泣いて謝れば済むと思ってるの?」
「まあまあ、レイもちょっとなんでもできるからって仕切りすぎでしょう。」
ソラが割って入る。
「な・・・何よ。」
ウミはしょんぼりして落ち込んでいる。
そんな無数の小さなトゲの刺さるようなやり取りが、互いの間で繰り返されて、互いに疲弊して行った。
四人は、マスターのもとに集まったというだけで、性格も価値観も同じでなかった。
互いに互いの足りないところを指摘し合い、そしてそれは全くただしいことであった。
互いにどうしても譲れないこともあった。
「なんであんな人がマスターのところに来ちゃったのか。」
ということを、互いに互いが内心思いあうようになった。
一方、相手を言葉で追い詰めてしまった方も、言われた側が自分を避けるのを感じ取り、後味の悪いものを感じた。
追い詰められた側も、言い返せないものの、相手を心の中であれこれ言い立ててしまうことをやめられないのだ。
そして、「幸せのルール」に照らし合わせて「やはり相手に非がある」と思いながらも一方で、そのルールに照らし合わせた自分こそが、ルールに従っていないのではと思うようになった。
しかし、それを振り切るように、うまく自分に合わせてルールを解釈するのであった。
そんな自分に負い目を感じ、どうしても好きになりきれなかった。
旅の途中で立ち寄った村で、四人は犯罪人が処刑されているのを見た。
罪を犯した背景を知ると、同情に有り余るほどの悲惨な体験や人間不信を経験してからの世を恨んでの犯行であったという。
「もし・・・運がなければ、あの罪人はオレだった・・・。」
ハルはそう強く感じた。
「オレたちだって、人を憎み、死を願ったことはないのか?」
〈こころ〉だけで見るならば・・・その動機こそが問題なのだ。
〈こころ〉の中だけであれば、ああ、間違いなく自分たちも同じに違いない。
「そうか・・・行いだけでなく、〈こころ〉の中までも、善く正しくなければいけないのか。」
ソラもハルも、道端ですれ違うかわいい女の子を見て、思わず目で追いドキドキしないなどということはなかった。
「ああ、人間って・・・ほかの人の欠点はよくみえるものだけれども、
自分の欠点ってないと思い込んでいるものだね。」
ソラはため息をついた。
「ウミは・・・いつも自分が美しい心であれること、
悪いことをしなかったことを一日の終わりに感謝する習慣があったの。
だけど、そんなものは、たまたまであって、自分が立派だって言うことを〈永遠の君〉に褒められたくて、自慢しようとしてやっていただけかもしれない・・・。」