闇のうちの光
「・・・オレは本当にここに居ていいのだろうか。
オレの存在は、果たして必要とされているのだろうか。
この世界は、オレを認めず、必要としていないのではないか。」
火が燃え尽きた。
周りには、もはや誰もいなかった。
暗闇の中ささやく者の声は、より近づいてきた。
「そうとも・・・人間存在はすべからく悪だ。
マスターのやつも、そして彼についていった奴らも、結局は同じ穴の狢になるだろうよ。
権力をも求め、争い、仲たがいし、他者を支配し・・・。
その後を継いだ奴らも、次なるザッハ・トルテ王となり、正義のもとに暴力を連鎖させてゆき、自由を奪う。
・・・いや、自由があったって同じさ。もっとひどいことになる。
人間というものは天使のようになろうとしながら、獣のように残酷になれる。
どんなに善になろうとしても、お前も、あいつも、あいつらも、誰もが傷つけ争うことからは逃れられないだろうよ。
それは、すべて『正しいこと』なのだ。
そんなことはない、と言い切れるものか。
いいか。
この世界は、私のものだ。
私が支配するものだ。
何人も、私から逃れることはできぬ。」
「お前は誰だ?」
「今さらなんだ?
君だってよく知っているではないか?
君だけじゃない。
生きとし生けるものすべてのうちに生まれた時から私の息がかかっているというのに。」
目の前に、現れた深淵を見てハルは戦慄した。
世界の汚濁、
とりわけ、ザッハ・トルテ王とその国の人びとも含まれていたが、
それらはみな自分の顔をしていたのだ。
「こいつらは、みな・・・オレか・・・?オレなのか?
オレがすべてを作り出しているというのか?」
「そうだ。お察しの通り。
この世界で苦しむ人々がいるのは、みんなみんなお前のせいだ。
お前が、生まれてきたからだ。
お前が、存在しているから、この世界はこんなに哀しみに満ちているのだ。」
「・・・」
「マスターと、その仲間からは離れろ。」
「うるさい。
これ以上、オレに語りけるな。」
「お前はすべての人から憎まれる。
お前はみんなから嫌われる。
お前は危険な奴だ。
お前は愛を踏みにじる。裏切る。
今までもそうだった。」
「やめろ。」
「私は、親切にただ本当のことをおしえてやっているのだ。
お前は無力、無力、無力。」
ハルは、ふと気が付いたように、呻きながらも静かに歌い始めた。
「暗闇のうちの光よ。
どうか、オレを闇の中にとどまらせないようにしてください。
闇がオレのなかで語ることのないように。
疑いのあるところに、信じる心を・・・。」
そう、ハルが祈るのが先だったのか、マスターが現れるのが先だったのかは分からぬ。
ハルのそばには、マスターが立っていた。
マスターは、「語り掛ける者」に対して、恐ろしい顔をして立ちはだかっていた。
いつも柔和で明るい初めて見るマスターの憤怒の形相。
ハルはその形相をみて、恐れるよりも、深い安心を覚えた。
この自分を守ってくれる者がいるのだ、と。
「・・・ですが、マスター・エッグタルト、この者はですね・・・
あなたの敵になるかもしれませんよ。」
闇は媚びるようになおも語り続けた。
「黙れ!ゴルゴン・ゾーラよ!
私の大切な子どもから出ていけ!」
〈それ〉は雲が掻き消えるように去っていった。
ハルはマスターの服の裾を掴んだ。
マスターは、ハルの頭をやさしく胸に引き寄せた。
「もう大丈夫。
あなたを責めたてる者はいない。
ハル、君のことは何があっても、この私が守る。」