自分のための人生
「これから、、、新しい世界が始まるやろう。
その生命の収穫が欲しい。
そのための仲間が必要やねん。
ダイモンに目覚めた仲間がな。」
「そんな人が、、、向こうにいるというのですか?」
「少し遠くなるけどな。
山と荒野をいくつか越えて歩き続けんとあかんで。
数ヶ月は毎日朝から晩まで歩き通しや。」
「ひええ。」
「ずっと歩いてりゃ慣れる。
それよりも、足の指には何か巻いといた方がいい。
マメができる。
あとは、針と糸と濃い酒。
虫除けの薬も切らしたらあかんで。」
「はいっ」
「荷物は最低限だけでいい。
服も二着だけ。
杖があった方がいい。最初は邪魔かもしれんけどな。
金はいらん。
財布も持つな。」
「マジすか!?」
「大丈夫や。安心しろ。なんとかなる。
すべてうまくいくから信じなさい。」
「はあ。
その先に何があるのですか?」
「ザッハ・トルテという王が君臨するザッハ・トルテ帝国や。」
その会話を聞いていたおじさんが目を丸くして、険しい顔つきに変わった。
「ちょちょ、ちょ、今あんたザッハ・トルテに行くっつったよな。
聞き間違いじゃねえよな。」
「ああ間違いない。」
「狂ってる。
あそこは、ヤバい国だから。
本当にいい噂は聞かない。
やめといた方がいいって。」
ソラは聞いた。
「ヤバいって、、、何が?
実際に行かれたんですか?」
「いや、行ったことはないけれど、
噂だよ、噂。
あそこの国はヤバいってみんな言ってるからなあ。」
「みんな、かあ。
みんなって誰ですか?」
「みんなは、みんなだろーがよ。
みんな言ってるってことはそういうことなんだ。
ま、とにかくヤバい噂のある国だからわざわざそんなところまで行くと危険だよ。」
ソラは胸に何か詰まるものがあったが、それを言葉という形にして吐き出すことができずに、それを飲み込んだ。
消化できる気はしなかったが。
「そうなんですね。
ご忠告ありがとうございます。」
そういうので精一杯だった。
男は、少し離れてから、小さな声で別の村人に話し始めた。
「あいつらもどうも怪しいって感じがするんだよなー。」
その小さな言葉は、まるで後ろからソラの胸に突き刺さる小さなナイフだった。
「誰もが、キツいのを我慢して、土地に縛り付けられ、来る日も来る日も苦労して働いているっつーのに、
あいつらときたら、何もしないで人にたかってばかりじゃねえか。
どうせ人を騙してよからぬことでもたくらんでるんだろう。」
少年は、耳を塞ぎたかったが、そのまま早足で遠くに離れた。
マスターはマイペースで、ソラのあとを追う。
太陽が刺さるように二人に照りつける。
「マスター、マスターは気にならないんですか?あんなこと言われて。」
「あんなことって?」
「だから、嫌な噂立ててるじゃないですか。
いろんな人が影で。」
「・・・」
マスターはキョトンとした顔で、空を見上げていた。
「そんなことは全く気にしたことはねえな。」
「ええ!?」
「それも、偽りの主人やな。
人からどう見られるか、言われるかなんてことを気にして人生を生きてたらどうなる?
結局、誰にも好かれることはないし、
いつのまにか自分自身の人生を生きているとは言えなくなる。
ダイモンの声も聞こえなくなり、
結局、人生を無駄にしてしまう。
一体どれだけの人間がそうして、自分の奥底の望みに蓋をして、嘘をつき続けて、
人生を終えていくのか。」
ソラは、目が覚めたような思いで、前を見上げた。
「人間、右に行けば左から叩かれる。
左に行けば右から叩かれる。
真ん中を行けば右からも左からも叩かれる。
行くのをやめたら、行く者から叩かれる。
そんなもんやで。」
「だったらどうすればいいんですか。」
「そういうもんや。」
「そういうもんですか。」
風が駆け抜けていった。
マスターはどこか遠いところを輝く目で眺めてニヤニヤしていた。
「自由に生きりゃええで。
責任さえ取れたらな。
自分の人生なんやから。
あなたは・・・あなたの中の〈ほんもの〉を生きるんや。
〈あなた自身〉を生きるんや。
自分の軸をもって、な。
根っこを大地に張り、
こころを空に放つように生きるんや。
たった独りでも、そうして生きとると、必ず誰かがあなたを認めて、ともにこころを震わせてくれるやろう。」