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まなざし

「・・・放っておいてくれ。


バカな群衆と戯れて、寂しさをごまかすくらいなら・・・

ただ独り、ユニコーンの角のように静かに歩みたい。


オレを利用し、支配しようと近づいてくる人間があまりにも多すぎた。

そうして、いつも振り回される。

・・・それは、いや、それこそが、人間の性なのかもしれぬ。


それくらいなら、オレはただ独り、自分のダイモンの声に従い、ユニコーンの角のように静かに行こう。


ああ、オレよ、

後ろ指をさされるがよい。

陰口をたたかれるがよい。

バカにされるがよい。

異常者として笑われるがよい。」


ウミは、ハルが自分に言い聞かせるようにつぶやいたその言葉に丁寧に思いめぐらせた。

ウミは彼の言葉に対して自分の意見や否定を加えることはなく、ただ深く受け止め、咀嚼した。


「お前にオレの気持ちがわかるか・・・」

と言いかけて、ハルはその言葉を飲み込んだ。


なぜ、その言葉が出てこなかったのかとはいえば、彼が単に臆病だったのかもしれない。

いや、その言葉が、必死に寄り添おうとしているウミの心を傷つけること、

そしてさらに自分が孤立して生きていけなくなることをどこかで分かっていたのだ。


この少年は、独りで生きていくことを選ぼうとする一方で、

激しく、誰かに自分の心のすべてを打ち明け告白し、受け止めてもらいたい飢えに似た気持ちで満ちていた。


ハルの心は、一方で一匹狼を装うとしながらも、一方では仲間が欲しくてたまらなかったのだ。


愚かさも罪も醜さも、存在のすべてを受け入れてくれる者、理解してくれる者が彼には欲しかった。

宇宙のはるかかなたにある抽象的な大生命ではない。

具体的に生きた身体を持ち、友となってくれ、自分のことを心から愛してくれる誰かを。


しかし、その望みはほとんど幻想にすぎないということをハルは嫌というほど思い知っていた。


そんなありがたい存在なんてこの世には存在しないのだということを何百万遍でもはっきりと心に刻んでおかねばならないのだ。


「あなたは・・・もう、ひとりじゃない。

ひとりじゃないよ。」


ウミは、ハルの手をにぎり、彼の目を見てストレートにその言葉を放った。

ハルは顔を横に向け、遠くを見つめて言った。


「・・・ありがとう。


だけど、オレはどこまでいっても独りだ。

人は・・・どこまで行っても絶対的に独りなのだ。

そう割り切った方が、自分自身を力強く生きることができるのではないか。

誰しも、誰にも分かち合えぬ、理解できぬ、己だけの孤独と苦悩を引き受けて、癒されぬことのないまま、墓に至るまで歩んで行かねばならないのだ。


君はどんなに優しく清らかであろうとも・・・

いや、いかに君が優しく清らかで純真で穢れを知らねば知らぬほど、

ますます、オレは絶望的な気分になるのだ。


あの国でもオレは誰とも分かりあえることはなかった。

まして、あの国を抜けてからも、途端に異邦にして違法の民のようではないか。


・・・オレは罪人だ。

生き別れた妹を救えず、見捨てたばかりか見殺しにまでしてしまった。


また、正義だと思い込んで、国に反対する人びとの断罪にも加担したことがある。

しかし、今やオレ自身が断罪され、追われる身になってしまった。


オレの中には、憎しみや恨みや呪い、それに恐れが渦巻いている。

許そうと思いたいのだが、それができないのだ。


あの国を牛耳る人々の全員が死んでしまうのをこの目で見るまで気がすまないのだ。

・・・こんなこと・・・

こんなことは思いたくはない。

思いたくはないのだ。

しかし、捨て去ることが出来ない。


今でも、正義の名を借りた復讐、恨みや呪いが、オレのなかで渦巻いている。

そして、そのこと自体がオレを苦しめるのだ。」


ウミはおだやかで、それでいて哀しそうな目でハルを見つめた。

その暖かい目は深い海のようにすべての憂いや哀しみを受け止め、包んでくれるようだった。


「・・・

不思議だ。


誰もが、オレのことを、上から見下ろすような目つきで見ていた。

そして、なんとか引き上げようとした。

『お前のためを思って』と。


その試みが上手くいかぬと知ると、『自己責任』だ。

『この人はこういうところがわるいからそうなった』のだとか、

『この人は望んでこういう環境を選んでいるのだ』だとか。


だけど、君だけは、違う。」


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