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独り



「新しい仲間を紹介する。

ハルや。よろしくな。」


マスターが村人たちにハルを示す。


拍手がパラパラと起こる。


ハルは少しだけ微笑んで、頭を少し下げた。


村人たちはハルに飲み物をつぎ、食べ物を勧めてくる。


「どこから来た?」


ハルはすべてに戸惑っていた。


「どこから来た?」

もう一度聞かれた。


「ザッハ・トルテ王国、です。」


一瞬沈黙が流れた。


「へえ?あのちょっと頭のおかしい王様と変な奴らがいるところね。」


鼻で嗤うように言われた。


「え?マジマジ!?」

ハルと年の近そうな人々まで興味津々で、そして独特の目つきでハルの方を見てくる。


ハルは壁を感じた。


その壁は目には見えなかったし、彼らはほんの近くにいて、話もできる。

だけど、その目に見えない壁は、あの目に見える王国の壁と比するべくもなく分厚く

ハルと彼らを隔絶していた。


まるで、彼ら「普通の人たち」は自分のことを同じ人間として捉えていないような、

何か珍しい動物の見せ物でも見るようなそんな隔絶と憐憫の入り混じった目つき。


ハルの周りからは潮が引くように人が去っていった。

そして、時折、チラチラとこっちを見ながら噂する声が聞こえてくる。


ハルは、胸や腹が何かひっきりなしにちくりちくりと痛むのを覚えた。

息をすることさえ、何か重い気体でも吸い込んでいるかのようであった。

全身が重く灰色に染まっていく。


その場にじっとして落ち着いていられなくなる。


だけど、もし動いたら、、、

もっと自分は好奇の目に晒される。


マスターの仲間の少年少女たちは、旅の中ですっかり出来上がってしまっているようで、どこか幸せに溢れていそうだ。

なので、村人たちと楽しそうに話しているのが聞こえる。


マスターの周りにも競うようにして人だかりができている。



ハルは、自分を紹介したマスターを心の中で少し憎んだ。


「なぜ、、、。

こうなるのがわかっていなかったのか?


この人たちは、そう、純粋でいい人たちなのだ。

苦しみも汚れも孤独も罪も知らずに、人間の善性を素直に信じ、人生を楽しむことのできるおめでたい奴らなんだ。


この人たちに、オレのことなんか絶対にわからない。

オレを救うことはできない。」


しかし、心のどこかに、あの楽しそうな人々の中に交わりたい、受け入れられたい、

そんな気持ちがあった。


「だけど、、、

だけど、ダメだ。

ダメなんだ。

どうしてもダメなんだ。


ここに、オレの居場所はない。

入っていけない。


誰が、、、

誰がオレを理解できよう?


きっと求めても、無駄だ。」



ハルは、しばらく下を向いてじっと座って何も語らずにいたが、そのうち耐えきれなくなって、こっそりと外に出た。


星を眺める。


部屋の中ではみんなでワイワイ盛り上がっているのが聞こえる。


「オレだけ蚊帳の外。

蚊帳の外に出された、というわけじゃない。

オレがこの場所に受け入れられないし、オレもどうもこんな場所は苦手だ。


でも、ただ、オレはこの世界で一人で生きていく自信がない。

仕方がなく、あの人々と同じ集団にいるというだけ。」


ハルはいろんなことを思い出していた。


あの国で受けた仕打ち。

何度も何度も、自分の存在を否定されてきたこと。

誰もが、みんなして自分のことを白い目で見て、見捨て、馬鹿にし裁き、死すら願ったこと。


いや、ひょっとしたら、あの国に逃れてきた人々も、この世界で同じように痛めつけられて、理想郷を求めてきたのかもしれない。


あの目つきは、トルテ王国もこの世界の人々のものもさほど変わりはしない。


そう、人間なんてどこに行ったとて変わりはしない、その本質は。


「あらゆる人間存在は悪だ。

人間とはすべからく悪なのだ。」


ペペロン・チーノの言葉がふと頭をよぎる。


寂寥!


この宴会で誰もが楽しそうにすればするほど、ただ自分だけが狭間に捨て置かれた気がしてきて、どうしようもなくなる。


「独り!

独り!

独り!

ああ、どこに行こうともオレは独り!

独りぼっちなのだ!


運命!

それが人間に定められた運命何だというのか?

そう割り切るしかないのか!


人間は誰しもが同じように独りであるというのか?

このオレのように?


ではなぜ、彼らはあのように楽しそうに笑っていられるのだ。

腕を組み、共に笑い、夢中で語り合い、盛り上がることができるのだ。

なぜあのようにたのしそうにしていられるのだ?」


ハルは、酒を手に取って、一気に飲んだ。

はじめての経験だったもので、その瞬間、とても飲み切れるものではなく、咳き込んだ。


ハルは叫びたかった。

どこに?

誰に?


だけど、それを受け止めてくれそうな存在など見つかりそうもなく、ただ虚空が広がっているだけ。


世界など実質的には無だ。

誰しもが死ぬ。

そしてそれで終わりで、一切は無意味で無価値なのに、なぜ人々はヘラヘラととるに足らないことで笑っていられるのだろう。


いや、むしろ、そうしたことをどこかで薄々は知っていながらも、

それに目を閉ざし、誤魔化すための壮大な仕掛けが必要なのか?


ああ、そしてハルがそんなことを語ろうとも思おうとも、彼の声を受け止めてくれる者など誰もいないのだ。


ハル以外の人々は、この世界でうまくやっていく。

自分を除いた世界で、彼らはそこそこうまくやって、そこそこ幸せに、そこそこ大変な思いをしながらも人生を全うしてゆく。


そして、ああ、こんなことを暗闇の中で考えたところで何の解決にもならず、

そんなものは、海の水の表面を闇雲に掻き回し、ただそれだけ、それだけのことなのだ。



「ハル、、、。」


手を掴むものがあった。

ハルはその声で我にかえった。


「ウミです。

どうしたの?ハル?」





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