〈救済〉か〈追放〉か
「ところで・・・
私の見たところ、ハル、やはり君は賢い。
王が裸だと知っている。
どうだ。
ここは、私と手を組んで、一緒にトルテ国を支配しないか?
お前に国の半分を任せてもいいぞ?」
ハルは、その提案にどうしても頷くことが出来なかった。
ハルの中のダイモンが、全力で止めにかかっているのである。
「どうだ?
無知で、そして自ら奴隷になることに喜びを感じる臣民から、搾り取るだけ搾り取って、
稼ぐだけ稼いで、そして、組織が持たなくなったら、隠れて引き上げて、別の国でも立ち上げればいい。
他のプラチナやダイヤモンドの者は、皆そうやってその地位にまで上り詰めたがな。」
「いやだ、と言ったら?」
「〈救済〉だな。躊躇いはない。
ただし、私は一切が物質でできており、死ねばそこですべては消えると割り切っている。
人間などは、心も含めて単なる物質であり、人間なんて単なる数だ。
今までも、何百、何万人もの反逆者を処分してきた。
良心など持ち合わせていない私にとっては、何人殺そうがハエを殺したのと変わらん。
死者に感情はない。祟られることもなければ、恐れることもない。」
「〈救済〉の方法は?メイと同じか?」
「メイ・・・ああ、お前の妹か。」
「こんな国で魂を腐らせてまでも生き永らえたくはない。
メイと同じところに行けたら、オレは本望だ。
もう、オレには行く場所なんてどこにもないんだ。」
「〈救済〉が失敗することはよくあることだ。」
「え?」
「何しろ、質の悪い毒ガスなものだからな。
その妹やらの救済がうまくいったか、あるいは失敗したかは私の知るところではないがな。」
「失敗したらどうなる?」
「知らぬ。
生きているものも死んでいるものも、〈亜空間〉に放り出してそれでしまいだ。
重力のない無限の空間だ。
永遠にそこを漂い続けるのかもしれないし、世界のどこかに放り出されるかもしれない。
あるいは亜空間の中で死に絶えていることもありうる。」
「じゃあ、ひょっとしたら、メイは生きているのかもしれないということか?」
「分からぬ。」
何か気配を感じ取ったチーノの態度が変わった。
「お前には、〈救済〉よりも過酷な罰を与える。
お前は今から〈世界〉という名の滅びの地獄に追放される。
この神聖ザッハ・トルテ帝国という地上の楽園から永久に追放され、そこでお前は死ぬまで地をさまよう。それは死よりも残酷なことだ。」
後ろを見ると、遠くには裸のザッハ・トルテ王が疑り深い目でこちらを見ている。
「それから、破門された貴様からは、ザッハ・トルテの護りは永遠にはく奪される。」
チーノがボタンを押すとハルの金の首輪は外れた。
「さあ、外には暗黒の帝王ゴルゴン・ゾーラの使いが待ちかまえている。
大いに恐れおののくがいい。」
ハルがキョトンとしていると、チーノは再び言った。
「大いに恐れおののけ!」
ハルが立ち尽くしているとチーノは、言った。
「貴様は私の言うことも理解できないほどの低級人種なのか?恐れおののけ。」
ハルは、チーノの言わんとしていることが分かったような気がした。
「うわああああああああ!
助けてくれ!
せめて〈救済〉のお慈悲を!
追放されたくはない!」
ハルは演技で泣き叫んだ。
「無駄だ。
貴様の魂は闇に食われ、滅ぶしかないのだ。」
チーノは、ハルだけに見えるように口角をあげていた。
それは事務的にも見えたし、安堵しているようにも思えたがその真意は分かりかねない。
保身のためか、もしくは、ハルの命を救ってもいいのかと思ったのかもしれない。
「時間だ。」
チーノは、無表情であたかも、紙くずを丸めてゴミ箱に捨てるかのように造作なく手元にあるボタンを押した。