自由
マスターの存在は、無限に湧き出る泉そのものだった。
マスターは、行く先々の村や宿で、話をして回った。
ソラはその旅に随行して、横で話を聞く。
いつもの垢ぬけた調子の謎の関西弁だ。
マスターの顔をまっすぐに見ながらうなずく。メモを取る。
マスターの行く先々その場所が、まるで特別な場所になったかのように感じられた。
あまりにも幸せな空間。
もし、マスターが去って何十年経ったとしても、その場所に来ただけで、エネルギーをもらえるのではないかと思われるような空気がそこにとどまっているのだ。
というのも、彼の語る言葉は、「言葉」をこえた何かだったからだ。
単に物事の意味を説明し、納得させる類のものではない。
「へえ」や「なるほど」という驚きのため息は、確かにあった。
しかし、最後には、「まさに」「然り」としか答えようのないひとつの力を持った「宣言」があふれ出してくる。
そして、その「宣言」はまるで天がストレートに語り掛けているようなもので、
圧倒的に一つの現実をクリエイトしていく力を持っていたのだ。
ソラは、思った。
「毎日近くに居ても分からない。
・・・この人は、一体どこで、どのようにこんなパワーを手にしたのだろう。
もし、ぼくがマスターの真似をして、全く同じ内容の言葉を語って伝えたとしても、ほとんど何も伝わらないのではないか。
きっとそれは、影をわずかに掴むことのようなものだ。
ぼくが、あと百年、いや千年かそれ以上生きて、自分を磨き続けることが出来たとしても、この人の境地に達することは叶うまい。
何としてでも、マスターの不思議な秘密を探り当てたい。
すこしでも、あの境地に近付きたい。
・・・あの、どこまでも自由で、愛にあふれ、力に満ちたところに。」
マスターと話をした人々は、すぐに自由になって、天翔けるような喜びに飛び跳ねた。
「これまで生きていて何一つ善いことなどなかった。
希望なんてむなしいだけだ。
何度も何度も、運命に裏切られてきた。」
そんなことをこぼす人びとが、ぞろぞろとマスターのところにやってくる。
「・・・ダメだ。どうやって助けてあげたらいいかわからない。」
そんな人々を見てソラは心の中でつぶやいた。
彼らは、マスターの話を聞く、手に触れる。
そして、大粒の涙をボロボロこぼしながら床にひれ伏す。
その後そばで見ていると、顔色が目に見えて良くなり、目に輝きがあふれ出してくる。
彼らは、スキップをしながら周りに笑顔を振りまき、興奮気味に周りの人にあった出来事を伝える。
彼らは自分が半生を通して何で苦しんでいたのかすら忘れてしまったかのようだった。
マスターは言った。
「私だけが助けたんやないで。
あんた自身があんたをあきらめなかったからやで。
私はその手伝いをしただけや。」
マスターは、人助けはしたが、
崇められたり、依存されることを嫌った。
「崇めたり、依存することそのものがあかんわけやないねん。
問題は、我でつくりあげられた地上の何かを絶対的なものやと思って崇めたり依存してしまう事やな。
そうした瞬間、あんたはあんたとして生きることを放棄して、我に振り回されてしまう。」
「どういうことですか?」
「そのことについては、、、またあとで。
そうやな。
ちょうどいい存在を感じるんや。
はるかあっちの方に、〈ダイモン〉を持った少年がいるはず。
だけど、今は、偽りの主人にとらわれている。」