気付き
ハルには分かっていた。
結局のところ、この国においてすべての価値は出世であり、それしか生きる道はないということ。
愛とは身分、真実とは身分、自由とは身分。
すべては、あの王の説く壮大な証明のしようのない世界観に支えられているわけだ。
しかし、どうだ。
出世したもの同士の中でも、足の引っ張り合いや告発のしあい・・・。
そこには、愛はすべてすり替えられ、真実は覆い隠され、自由は奴隷の自由だ。
ハルはアンコに言った。
「アンコ・・・いつだったか、オレが辛い思いをしていた時に、そばにいてくれてありがとう。
だけど、オレはオレの道を歩きたいんだ・・・
分かってくれないかもしれない。
誰にもわかってもらえないかもしれない・・・。
でも、オレは独りで進んでいくしかないんだ。」
「言ってることが、よくわからない・・・どういうこと?
私のこと、嫌いってこと?
ハルは、私のことを見捨てるわけ?」
「期待していたのかい?
この身分の男を懐柔させれば、自分の身分も安泰だと・・・?」
「・・・そういうわけじゃ・・・」
「目が泳いでるぜ。」
「許さない・・・。」
「何が?」
「あなたは私を深く傷つけた!」
「あんたが勝手に傷ついているだけだ。
トルテの法にもあったっけな。
すべての現実は、自分が作り出しているって。人のせいじゃないって。」
「・・・都合の良い時だけ、法を都合よく使って・・・そうやって人を裁くのね・・・。」
「この国の支配者たち全員がやってきたことじゃないか。」
「・・・とにかくあなたは、許さない。」
数日後に、再び、ハルはなんだかんだという罪で、裁判官のもとに引っ張られていった。
「・・・こんなことをして、無事ですむとおもうなよ・・・!」
ペペロン・チーノの顔はいつになく、真っ赤で激怒を抑えきれないことが分かった。
シャンディの顔はこの世の終わりのごとく青ざめていた。
「被告人・・・何か言うことはあるか?」
「オレは自由だ!」
ハルは法廷で、胸を張ってこう宣言した。
「ほう・・・そうやって繰り返し繰り返し、トルテの真理に反する重罪を重ねる自由であると。」
「ダイモンの声に従い、善を為すものは、たとえ奴隷であっても自由だ。
しかし、悪人はたとえ支配者であっても王であっても奴隷なのだ!」
「・・・君は何か重大なことを履き違えているね。
ハル、君はとにかく、君が悪であるという自覚があるのかね?」
「周りが何と言おうと、オレはオレの善き〈こころ〉を信じ、それに従って行動する。
誰もそれを拘束することはできない。
たとえ、死しても、そして、暗黒界とやらへ赴くことになろうとも・・・
もっとも今、オレはそんなものを信じてはいないが・・・
オレの善き〈こころ〉に働きかけるダイモンの声に従い、自らにとっての善きことをなし、
自由でありたいのだ。
・・・そう、最後くらいは。」
ハルは自由になった時にもろもろのことを悟った。。
「ああ・・・奴らは本当は威張っているのではない。
恐れている・・・恐れているのだ。
そして、幸福で満足で満ち足りているようでいて、
実のところ、永遠に満たされぬ、来たるべき幸福のために、今を犠牲にし続けているのだ、永遠に。
それは例えば、ふり続ければサイコロの7の目が出ると信じて、それを繰り返すように。
彼らは、ラクダのように権力と恐れとを背負い、幻想の理想郷に向かっているのだ。
証拠に・・・彼らのうちで、心から楽しそうに生きている人はいるだろうか?
今を生き生きと生きている人はいるだろうか?
この人たちは・・・自分のことを本当に愛すると言うことができていないのだ。
愛を高らかに叫び、いかに高尚な愛についての抽象的な議論はできても。
彼らは実のところ、自らのことを憎しみ、恐れている。
しかし、それは、今までの人生、奴らを恐れて従ってきたオレ自身も同じこと・・・。
その鎖を今外すときが来たのだ。
今、オレは獅子のごとく叫ぼう!」
そのことに気が付くと、あれほど自分を恐れさせていたこの国の人々の言動は、馬耳東風、柳に風のように思われた。
続いて、ハルは言った。
「王様は裸だ。
何も着ちゃいないさ。
宇宙皇帝なんていうのも、ザッハ・トルテ法なんていうのも、病的に根プレkk数をを持った人間が生み出した単なる誇大妄想の幻想にしか過ぎない!」
陪審員たちは口々に叫んだ。
怒りのあまり、自分の来ていた服を破り割いたものもいた。
「悪魔!早急に救済せよ!暗黒界に堕ちろ!」